○蓮見先輩と透ちゃん「飛びおり続ける女の幽霊」○    ;;背景キャンパス    小さい頃から、死んだものが見える。霊感という奴だ。    生きていないもの。過去となったもの。  誰も気づかない。誰も見えない。そういうものが、見えた。    子どもの頃はよく逃げ惑い、道に迷ったりもした。  外に出るのが怖くて堪らなくなった。  「過去」なのか「現在」なのか。「死んでいる」のか「生きている」のか。  大きくなるにつれて段々区別がつくようになっていった。    それでも、慣れないものはある。  ぎゅっと強く瞼を閉じて心の中で数を数える。    (1…2…3…)    ゆっくりと瞼を開ける。  唾を飲みこんで、上を仰ぐ。    ;;背景屋上    目の前に建つサークル棟の屋上。  普段は立ち入り禁止になっているあの場所は、建築や環境学科の生徒が  利用するスペースがあるため、人気はゼロというわけではない。    今日は来ない。今日は来ない。ぶつぶつと心の中で繰り返す。  さっき腕時計を見ると夕方の四時を過ぎたところだった。    (さっさと帰ってしまおう)    そう思っているのに、足は動かない。  目玉が屋上に固定されている。顔を動かせない。  視線は、屋上。    いやだ、いやだ、いやだ。鳥肌が立つ。目が合う。  屋上の端、フェンスを越えた心許ないスペースに、誰かが立っている。    長い髪が風に弄ばれている。じっとこっちを見下ろしている。  全てに絶望している、仄暗く淀んだ眼差し。    (やめろっ!)    心の中で叫んだと同時に「ソレ」が飛び降りた。  手を伸ばしても、掴めない。指先が空を切るだけ。  嫌に冷たい風が頬を撫でていく。    飛び降りた「ソレ」は、ゴッ、とかバサッ、とか  存外乾いた音を立てて恐ろしい速度で地面にブチ当たった。  血と肉をまき散らして変な方向に曲がった首が  こっちを向いている。    その眼窩から目玉が飛び出ている。濁った目玉は空を睨みつけている。  身体の何処かから赤い塊が溢れ出ている。  散らばった髪の下に、白いものが、    呼吸が止まる。指先が冷えて、震える。  「ソレ」から視線が外れない。呼吸のリズムが崩れていく。  飛び降りた死体は、だんだんと輪郭が薄くなり、  やがて何事もなかったかのように消えて行った。    ;;死体フェードアウト(3秒くらい?)  ;;音楽悲壮な感じ。    何度目だろう。今月に入って、何度見ただろう。  もう嫌だ。見たくない。    見たくないのに、この目は、屋上にいる「アレ」…恐らく彼女を見つける。    飛び降りる時間がわかる。  そして、彼女が飛び降りる所に居合わせてしまう。    まるで、導かれているように。  …一体、何に?  胃の底が、せりあがった。    ここのところほぼ毎日飛び降りを目撃している。  そのせいか、食欲はない。だから嘔吐しても、戻すものはない。  ただ胃液だけ。喉が焼けるだけ。空しくなるだけ。    何も出来ない。ふらっと足が前に出る。  生きていた時の彼女が屋上から飛び降りたのなら、ここに落ちて、  血が染みついて、あの赤い肉がこびりついていたはずだ。  もう何もないけれど。    彼女はそうやって死んだ後も、ずっと飛び降りている。  ずっと、ずっと。    アスファルトに舗装された硬い地面に膝をつく。  手を置けば、掌越しにざらざらとした感触が伝わる。    いつか見た刑事ドラマの主人公の女性は、死体と同じように横たわっていた。  あれをやれば、何かわかるのだろうか。    「おい」    ;;音楽停止和やかなものにゆっくり変わる    その時、トンと背中を押された。    「うわっ」    不意打ちで、そのまま顔から倒れてしまった。額が地面とぶつかる。    「わりぃ」    全然悪くないと思っているのが丸解りの軽い調子で謝られた。  起き上がって肩越しに振り返れば、予想通りの奴が立っている。    「○○(友人名前)」    ;;立ち絵友人(にやついた顔で)    大学に入ってから知り合った友達だ。なんだかんだと構ってくる。  寂しがり屋なのかもしれない。根は悪くない。…良くもないけれど。    ○アドベンチャー形式    「なんだよ」    「いや?お前が不審人物だったから、一応フォローしとこうかと」    「それはどうもアリガトウゴザイマス」    膝についた汚れを払って、立ち上がる。  の顔が、真横にある。少し見上げる。  身長はだいたい同じなのに、  俺が猫背なせいで少し見上げなくてはならない。    「顔、青い」    「そうか?」    「青いっていうか、白い」    頬に手をあてる。そんなに白いだろうか。  朝、鏡を見た時は比較的血色は良かった、はずだ。    「ちゃんと食ってるの?」    「……最近、食欲なくて」    苦笑交じりに答えれば、友人は盛大に溜息をついた。  お前は俺のかーちゃんか。    「で?」    「あ?」    友人は真剣な顔をしていた。    「また見たのか?」    「あ、うん。ここんところ、毎日」    あまりにも真剣な顔をしていたので、素直に答えてしまった。  こいつは、俺が「見えないもの」を「見る」ことを知っている  数少ない人間の一人だ。    と言っても、付き合いは大学から入ってからで、そんなに長くない。    「見えるってわかってるんだから、   ここに近寄らないようにすればいいだろ?」    「もっともだけど……なんか、出来ないんだよ……」    声が震える。  さっきの光景が脳裏に蘇った。    寒気がする。  視界にノイズが混じる。  怖い。悲しい。つらい。  俺には、何も出来ない。    「おいっ」    肩を掴まれた。    「……悪い」    さっきから頭痛が酷い。  頭を抑えて、このまましゃがみ込みたい。    「ホラ、あのオカ研の変わり者の会長、知ってるんだろ?」    「え、ああ、蓮見先輩?」    入学してから、いや、「サークル勧誘」であの先輩に遭遇してからというもの、  事ある毎に「ウチに入らないか?」と嫌に熱心に誘われている。  それ以外にも、何故か顔を合わせる機会が多い。  いい先輩だ。ちょっと変だけれども。スキンシップ過多だけれども。    「でも、蓮見先輩がいくらオカ研の会長だからって」    「何かしら知識は持ってるだろ。   話でもしてみりゃあいいんじゃない?」    それはその通りだ。  けれど、こういう話をするのは、出来れば避けたい。    顔を俯ける。頭痛はまだ続いている。  早く帰って、寝てしまいたい。  友人には悪いが、蓮見先輩に会いに行く振りをして、帰ってしまおう。    「じゃ、行ってくるよ」    「ちゃんと行けよ」    「え」    ドキリとした。  考えを見透かされた気がする。  友人は何も言わず、笑みを浮かべてみる。  この無言が、怖い。    「い、行くよ……」    俺は、そう返すしかなかった。    ○アドベンチャー形式終わり    嘘をついてもすぐにばれるのは、俺が顔に出してしまうからなのか。  あいつに嘘をついても、すぐにばれる。  溜息をついて、重い足取りで、俺は蓮見先輩がいるオカルト研究会へと向かった。    ;;背景廊下  ;;背景「オカルト研究会」と書かれた札    サークル棟の一階、運動部の部室のドアを全部通り過ぎた一番隅っこ、  そこにひっそりある、維持費の困窮っぷりをそのまま形にしたようなボロボロの鉄扉。  真っ白の板にマジックで書かれたカクカクの「オカルト研究会」の文字を、しばし見つめる。    ノックをするか、しないか。    数分くらい考えて考えて、ドアの前に立っている。  脳裏には、ずっと飛び降り続ける女の残像がこびりついている。  ぐしゃっと肉と骨がぶつかって崩れる音。血なまぐさい匂い。  アスファルトの地面に沁み込む血。こびりついた脂肪と脳漿と内臓。  桃色、濁った赤と黄色、生理的な嫌悪を催す映像。  目を閉じていても、目を閉じていなくても、思い出す。    そして、曖昧になる。過去と現在の境界線が。    不意に、ドアノブが回った。    ○アドベンチャー形式    「あ」    軋んだ音を立てて、扉が開いた。    ;;立ち絵先輩(真顔→苦笑)    「透ちゃん、待たせすぎ」    「え、あ、ご、ごめんなさい……?」    あれ?なんで、俺、謝ってるの?    ○アドベンチャー形式おわり    ;;背景サークルの部屋  ;;立ち絵先輩(微笑み)    先輩は体を横にどけて、手で俺を促した。観念して、サークル室に入る。  質素な内装。テーブルにパイプ椅子が二つ。小さいテレビと本棚。  棚に並ぶ本のジャンルは、オカルト研究会の部室にふさわしいものもあれば、  恋愛小説、漫画、雑誌、いかがわしい実用書、と雑食だ。多様とも言う。    カーテンは黒で、いつもきっちりと閉じている。照明はほのかについている程度。  初めてこの部屋に入った時に「演出だよ」と先輩は言っていた。  薄暗いと不安を覚えるものだが、この部屋に関しては何故か不安を覚えなかった。  むしろ安心する。頭痛は治まっていた。    ある程度の不調は、この部屋に来ると消えてしまう。  その理由を考えると凹むので、あまり深くは考えないことにする。    ○アドベンチャー形式    「まあ座りなさいよ」    「ありがとうございます」    「何か飲む?」    「水で」    「もっと贅沢言いなさいって」    「……じゃあ、コーヒーで」    「オッケー」    先輩は、なんだか嬉しそうだ。  ○アドベンチャー形式おわり    この部屋に来れば、だいたいいつでも先輩に会える。先輩と話すのは好きだ。  人付き合いは苦手なほうだけれど、先輩の隣は気が楽だ。何故だろう。  インスタントのコーヒーでも先輩が淹れると美味しい。  ポットからお湯をとぽとぽ注げば、香ばしいアメリカンコーヒーの匂いで  部屋中が満たされる。    ○アドベンチャー形式    「どうぞ」    「ありがとうございます」    頭を下げる。  ぷっと吹き出す笑い声が聞こえた。  顔を上げて首を傾げれば、先輩は口を手で覆い、  ニヤニヤとした目でこっちを見ている。    「なんですか?」    「いやぁ〜… 透ちゃんかわいいなーって」    「……そういうのは」    「かわいいものをかわいいって愛でてるだけよー?」    先輩はときどき喋りにオネエ言葉が入る。  変わっている人だとつくづく思う。    先輩とは学部が違うようで、一緒の講義を受けたことがなかった。  講義が無い時は、ここで時間を潰しているらしい。    社交的なようで、そうでもないみたいだった。  話題の引き出しはたくさん持っているのに、  誰かと一緒にいる所を、俺は見たことがない。    「透ちゃん?」    「あ、いや……」    「話があって来たんじゃないの?」    「先輩は、なんでもお見通しですね」    「透ちゃんがわかりやすいんだよ」    「そうですか?」    「そうです。で、どうしたの?」    頬杖をついて尋ねる先輩。  いつだってこの人は、俺に優しい笑顔を向ける。    「……毎日、見るんです」    「うん」    「毎日、女の人が、屋上から……っ」    思い出すだけで、首の後ろに寒気が走る。  悪寒が蘇る。ただ、怖い。  カップを両手で掴んでいるのに、  ちっとも暖かさが伝わってこない。      「飛び降りるんです」    「飛び降り?」    「……見たくないのに、何度も何度も何度も何度も見るんです。   嫌なのに。もう、嫌なのに。   どうして飛び降りるんだ?   飛び降りたくないのに、飛び降りたくないのにっ!」    頭が、痛い。  こめかみの脈が、ドクン、ドクンと動いている。  絞めつけられるような痛さ。圧迫されている。血管が、切れそうだ。    視界が、ぐらりと揺れる。眩暈、  感覚が、なくなっていく。  自分が、なくなっていく。ふわりと体が浮く。    「透ちゃん!」    「あ……」    「違うよ。透ちゃんじゃない。   透ちゃんは、俺のところにいるでしょ。そこは、屋上じゃないよ」    先輩の声が聞こえた。耳元から。    熱い。肩が、くすぐったい。  先輩は、俺を抱きしめていた。    ;;スチル先輩が透ちゃんを抱きしめる。    「あ、す、すいませんっ」    離れようと先輩の肩に手を置けば、先輩はすぐに俺から離れてくれた。    ;;背景教室  ;;立ち絵先輩(微笑み)    「透ちゃん」    宥めるような優しい言葉に、俺は俯いてしまう。  真っ直ぐ目を見られない。    「今の状況は、透ちゃんに良くない。それは、わかってるね?」    「……はい」    「どうにかしないとね」    「……はい」    「コレをどうにかしたくて来たんだね?」    「そうです」    *repeat_return    「どうしようか?」    「そうですね……」    csel "屋上に行く",*badend_1,"聞きこみに行く",*trueend_1,"いや、俺は帰ります!帰るったら帰ります!",*repeat  --------------------------------------------------  ◆ 屋上に行く  --------------------------------------------------    飛び降りた。    彼女の背中が、消えた。  耳鳴りのように、何かが鳴り続ける。  鳴っている。笑い声のようだ。嘲笑だ。    「透ちゃんっ」    俺はフェンスを飛び越える。後ろを振り返らず。  だって、もういいだろ?見たくないんだ。  誰かが飛び降りるところなんか見たくないんだ。    いいじゃないか。もうこんな苦しまなくったって。  なあ、そうだろ。何でお前が飛び降り続けなきゃいけないんだ。  もういいだろ。もういいんだよ。  柵を飛び超える。    「透ちゃん!透ちゃん、透ちゃん!透ちゃん透ちゃん!   やめろ!戻ってこい!やめろ!やめろぉ…!」    誰かの悲鳴が聞こえる。  いいんだよ。もう、泣かなくていいんだよ。    「兄ちゃんが、一緒だから」    「馬鹿、お前は 一人 だよ」    ぐちゃ。  --------------------------------------------------  ◆ 俺は帰ります  --------------------------------------------------  選択肢@3 いや、俺は帰ります! 帰るったら帰ります!  ;;音楽 おちゃらけた感じ    「いや、俺はやっぱり帰ります!」    「あ?」    先輩の声が、ものすごい重低音に変わった。  あと、顔が怖くなった。眉間に皺が寄って、目が冷たい。    「俺に任せといて、自分は帰るって?」    「いや、だって……怖いじゃないっすか」    「怖いって!何なの可愛いなもう!   じゃなくってそれをどうにかするために   動くんでしょうが!」    「えっあっ確かに…でも…」    「ほら、いいから!どうすんの!」    「えー…」    どうやら、帰るのは駄目らしい……    goto *repeat_return  --------------------------------------------------  ◆ 聞きこみに行く(真相ED)  --------------------------------------------------  @2聞きこみに行く  ;;音楽探偵が推理する時に流れているような。    「彼女がどうして飛び降りたのか……今も飛び降り続けるのか。   それが解かれば、俺にも出来る事があると思うんです」    「うん、そうだな。それを調べるには聞きこみかな」    「なんだか、探偵みたいですね」    「そうだねえ。   幽霊について調べるんだから、幽霊探偵かな」    「中二病?」    「透ちゃん、爽やかな笑顔で   鋭い突っ込みしないで下さい」    よよよ、と嘘泣きする先輩を放っておいて、  俺は人が多く集まるカフェテラスへ向かった。    ○アドベンチャー形式おわり    ;;背景外(カフェテラス)    キャンパス内に残っている大学生が集まる場所といえば、  カフェテラス、図書館、購買と様々だ。  その中でも人が多く集まるのは、カフェテラス。    この大学は調理学部もあって、提携している企業が  チェーンレストランを経営しているおかげで  キャンパス内にカフェがある。  丸い白テーブルに猫足の椅子はお洒落で女子に人気があり、  カップルが多く使っている。  何より食事の質も高いため、ランチに利用する生徒も多い。  …カフェテラスの中に自分が行くと、どうしても  浮いているように思えてしまう。    「透ちゃん、手分けして聞き込みしよう」    「はい」    後ろから付いて来ていた先輩は、俺の肩を軽く叩くと  『俺あっちね』と勝手に決めて人混みの中に踏み込んで行った。    「おーい、花松!」    ;;立ち絵須黒さん    「あ、須黒さん!」    ごった返すカフェの中で、こっちこっち、と手を振ってくれる  見知った顔を見つけてほっとする。  須黒さん。  講義がいくつか被っていて、良くノートの貸し借りをする仲間だ。  さっぱりとした性格だけど女子には敵が多い。  ;曲者な彼氏についてノロケを聞くのが日課になっている。    「もう帰るの?」    「え、いや……あ、丁度よかった。 須黒さんに、話があって」    「なあに? あ、座ろうか」    「うん」    手ごろな席に腰かけて、俺は須黒さんに話を切り出した。    「屋上でさ、飛び降りあったよね?」    須黒さんは顔色を変えずに頷いた。    「ああ、先月に女子生徒がサークル棟から落ちたって奴?   ちょっと前までキャンパス中その話題でもちきりだったよね。   花松って、そういうの気にしないタイプかと思ってたけど」    「え、ああ、ちょっと事情があって」    もごもごと誤魔化すと、須黒さんは「ふーん」と言うだけで  それ以上の事情に踏み込んで聞いてこようとはしなかった。  須黒さんは、他人の事情に干渉しないほうだ。  周囲に無関心というより、自分に影響が及ぼさない限り腰を上げない。    「で? 何が聞きたいの?」    「飛び降りた人について詳しく……自殺の動機とか」    「うーん」    須黒さんは腕を組んで唸った。ぶつぶつと口の中で何事か呟いている。  一見かなり怪しいが、須黒さんが考え事を始めた時の癖だ。  こうすると考え事を綺麗にまとめられるらしい。……一見怪しいけれど。    「彼氏と別れたから自殺したっていう噂はあったよ。   でも、詳しくはわからないな……」    「そうですか……」    「あ、ちょっと待って」    須黒さんはそう言って、二つ折りの携帯を取り出した。  彼女らしいシルバーのメタリックカラー。ストラップは食玩のチョコレート。  綺麗な細い指が発信ボタンを押す。誰かに電話が繋がる。  須黒さんは、暫く話すと携帯電話をこっちに差し出した。    「え」    「その、飛び降りした子の友達。同じゼミの生徒だから。   多分あたしよりも詳しいと思うよ」    「あ、ありがとうございます」    ○アドベンチャー形式  俺は、携帯電話を持った。  妙な緊張感を覚えつつ、口を開く。    「も、もしもし?」    「有希について聞きたいのって、君?」    有希。そうか、彼女の名前は有希っていうんだ。  忘れないように、声に出さずに何度か口の中で呟く。  通話口から聞こえた声は、線の細い儚そうなものだった。  俺はついつい緊張して、ドキドキしてしまう。    「は、はい。あの、有希さんが自殺した、事件のこと…   理由とか、ご存知ですか……?」    一瞬の間があった。答えてくれるだろうか?    「……有希、自殺する前に、彼氏と別れたんだ。   だから、それで自殺したんじゃないかって。ばかな子だよ」    ばかな子。彼女はそう言ったけれど、  声の端々から遣る瀬無さが感じられる。    「そうですか…… えっと、有希さんってどんな人でしたか?」    「え?うーん。ぶっちゃけちゃえば、痛い子……だったなぁ」    「痛い子?」    「うん。霊感があるって言ってた。 そういうの私達からすれば   見えないじゃない? 本当かどうかもわかんないし。   遊び半分で構ってた子もだんだん気味悪がるようになってたし」    「霊感……」    「そう。彼氏にも、気味悪がられて振られたって。   ……思い出した。あの子、事件の少し前に電話してきたんだ。   振られたって。お化けが見えるからだって。   こんな目いらないって泣いてた」    「……それで、飛び降りた……?」    「本当かどうかはわからないけど。   あの子、遺書も残さなかったから」    「あの、有希さんと話したのは……貴方が最後ですか?   他に誰か……」    「ううん、そこまでは解んない。   あの子の携帯の着信履歴とか見れば解るんだろうけど、   見付かってないんだって警察の人も言ってた」    「そうですか……ありがとうございました」    「いいよ。今、ちょうど暇してたし」    「じゃ、失礼します」    「うん」    少し間を置いて通話を切る。  彼女の声は寂しそうだった。    ○アドベンチャー形式終わり    「どう?」    「他に、有希さんを知っている方を教えて貰えますか?」    「いいよー」    そのあと、須黒さんにメモしてもらった何人かの所へ回った。  俺一人だけでは不審に思われるだろうからと、  須黒さんにもついてきてもらった。  紹介された人の中には、警察に事情聴取されたという人もいたけど  期待するほど有力な情報は出てこなかった。    須黒さんとカフェテラスへ戻ってきた時には、時計の針が七時を指していた。  俺が一人で出来る事はこの程度だ。なのに先輩と合流しようにも見当たらない。  あの人は今どこで何をしているんだろう。  電話をかけようと携帯を取り出したところで、  先輩は携帯を持ってないんだったと思い出した。    須黒さんにお礼を言って、先輩を探さないと。    「付き合って貰ってありがとうございます」    「ううん。いいよ」    「透ちゃーん!」    須黒さんの背中越し、人の少なくなったカフェの向こう側に  陽気に手を振りながら立っている先輩が見えた。    「あ、じゃ、俺はこれで」    「おう。今度なんか奢れよ」    「はい」    椅子から立ち上がって、先輩のところへ走って行く。  途中で立ち止まって、須黒さんのほうを振り返ると、  彼女はぼーっとテーブルに肘をつきながらこっちを見ていた。  手を振れば気付いてくれた。  須黒さんも手を振ってくれた。    「透ちゃん」    「あ、はい」    ;;立ち絵先輩(真剣な顔)    手を振るのを止めて、先輩の隣に立つ。先輩は真剣な顔をして尋ねてきた。    「収穫は?」    「ありました。屋上から飛び降りた女性……えっと、有希さんは、   霊感があったと言っていたそうです。   自殺の理由も、彼氏に振られたからじゃないかと」    「ふーん」    「ゼミ生の中でも、自称霊感がある、お化けが見える子ってことで、   ちょっとした有名人だったそうです。会った人みんな、それが原因で   彼氏に振られて自殺したんじゃないかって言ってましたね」    「筋は通ってるね。俺が聞いたのも似たような話だったし」    うんうんと頷いた先輩は、立ち止まった。  先輩はサークル棟の屋上を見上げている。俺は、見上げられなかった。  飛び降り自殺した人間が、再び飛び降りる事はない。  幾ら上を見上げても、この時間に彼女が飛び降りることはない。  そんな事は、解っている。けど、見上げられなかった。    「先輩」    手を引っ張る。    「うん」    先輩は頷いた。二人並んで、サークル棟に入る。  点滅している蛍光灯、夕暮れを過ぎて不気味な雰囲気を醸し出す廊下。  薄暗い廊下を歩く。真っ白な壁に沁みがあるように見えて、  咄嗟に視線を逸らした。    「透ちゃん?」    「……何でもないです」    笑みを乗せて、首を横に振った。先輩は何か言いたそうだったけれど、  何も聞いてこなかった。助かった。心の中で、すみませんと謝った。    ;;背景オカ研サークルの室内    オカルト研究会の部屋に戻ってきて、  俺達は腰を落ち着けて話をまとめることにした。    ;;背景ルーズリーフ    ルーズリーフを一枚取り出して、そこに解った事を箇条書きで纏めていく。  屋上に飛び降りた女性の名前は「有希」。  ゼミ生や友人の間では、霊感があると云う事でちょっとした有名人だった。  自殺の原因は、彼氏に振られたこと。振られた原因は、彼女の霊感。    「どう思った?」    先輩に問われて、ルーズリーフに書いた文章を見つめる。    「…霊感があった、って本当なんでしょうか」    「俺には解らないなあ。透ちゃんはどっちだと思う?   そういう妄想とか、注目を集めたくて言っちゃう人とか確かにいるけど」    先輩の言葉を一つ一つ拾い上げて、頭の中で有希さんの人物像を作り上げていく。  ちょっと不思議で、彼氏に振られて泣いている、それでいて…    「待ってください」    「どうしたの」    「妄想も、注目を浴びたくてつく嘘も、自分の為の嘘でしかないんです。   自分にとって得になるからやる。有希さんにその必要があったんですかね。   もし嘘だとしたら、有希さんが彼氏に振られてまでそんな嘘つくのは   ちょっとおかしいんですよ」    「言われてみれば確かに。じゃあ、マジで見えるって前提で…   本当に自殺だと思う?」    「うーん……不審な点はないんですよね。 事情聴取されたって人の話でも、   警察の見解は自殺で、他の理由も思い当たらない」    「恋人に振られた女性が化けて出る原因といえば……?」    「そりゃやっぱり、その彼氏が忘れられないんじゃ……」    ……何かが胸に引っかかった。  そうなんだろうか?彼女は、未だに彼氏が大好きで、彼氏に気付いて欲しくて  何度も何度も飛び降りているんだろうか?    「先輩」    「ん?」    「死んだ人の思いは、幽霊になったら、変わってしまうんでしょうか?」    「……どうして?」    言っていいものか。躊躇う。幽霊の話題を出すのは、勇気がいる。  いつでも、どこでも監視されている気がする。俺には死んだ人が見えて、  そのことを言うと、必ず俺の周りで悪い事が起こる。  言ってはいけないのだと青ざめた時には、もう遅い。  膝に置いた手を、ぎゅっと握る。痛い。  でも、他の人に痛い思いをされるのは、もっと嫌だ。  黙りこんでいると、ぐいっと腕を引っ張られた。    「えっ」    びっくりした。先輩が俺を抱きしめている。  先輩に抱きしめられるのはこれで二度目だ。  恥ずかしい。男どころか、女の子に抱きしめられることも、滅多にないのに。    「せ、先輩っ!?」    「いや、泣きそうな顔しているから。慰めようと思って」    「だ、だからって、なんで……っ!」    「ん?」    「……先輩って、恥ずかしい人ですよね」    「そう?」    「スキンシップ過多っていうか……」    ごにょごにょ言い続けていると、先輩の腕に力が入った。    「透ちゃん」    低い声が耳朶を打つ。うなじを、先輩の冷たい指先が通って行く。  背筋にぞわぞわと寒気のようなものが走った。    ○アドベンチャー形式    「先輩……?」    「幽霊はね、思いに縛られるんだよ」    俺は、その時、この言葉を聞かなきゃ、と思った。  何が何でも、ちゃんと聞いて、忘れちゃいけない、そう思った。  じっと先輩を見つめると、先輩は口元をふにゃりと緩めて、  俺の肩に額を擦りつけた。髪が首に触れて、くすぐったい。    「死んでも、ずっと、忘れられない記憶とか、想いとかあると、   透ちゃんが言うように地縛霊になっちゃうんだよ」    「縛られるのは、苦しくないんでしょうか」    「苦しいと思うよ。でも、忘れられないから。余計、縛られる」    「……有希さんも、忘れられないんでしょうか?」    「透ちゃんは、」    先輩が離れていく。真正面から見つめられる。    「何に引っ掛かってる?」    引っ掛かっていること。    それは、有希さんが今でも飛び降り自殺をしていることだ。何度も、何度も。  飛び降りる瞬間を思い出しそうになる。顔を手で覆い、静かに深呼吸する。  先輩に、惨めな姿は見せたくない。もう、見せているんだけど。    「俺は、どうしてもわからないんです」    手をどけて、先輩の色素の薄い瞳を見つめる。俺は、言葉を続ける。    「有希さんが、彼氏の事を忘れられないのなら、飛び降りる必要はないと思うんです」    「うん」    「有希さんが、まだ彼氏を好きなら、屋上じゃなく、   彼氏の傍、そうじゃなくても、思い出と関係する場所に出るんじゃないかって」    「そうだね」    なのに、どうして、有希さんは屋上に縛られているのか。    「屋上に有希さんを縛るものがあるんじゃないかって、俺、思うんです」    「確かに。幽霊モノの定石のパターンだね」    本当なら屋上には行きたくない。まだ、有希さんは飛び降り続けている。そんな気がするから。  屋上に行けば、有希さんは飛び降りている。俺は、それをもう見たくない。  そう、見たくない。  もう、あの地獄のようなループを、終わりにしてあげたい。    「だから、屋上に行って確かめたい」    「屋上に行くの?」    「行きます」    「行きたくないんじゃない?」    先輩の言葉が胸にぐさりと来た。    「……行きたくないけど、行かなきゃ、   有希さんはずっと飛び降り続けます」    屋上に立って、フェンスから手を離して、  硬くて冷たい地面へ落ちて行く。  何回も。何回も。何回も。何回も。  気が狂うほど。    そんなこと、死んだ後も  ずっと繰り返しているのは、可哀想だ。  俺はもう、そう決めた。    「透ちゃんは、優しいね」    「え」    先輩はいきなりそんな事を言って、立ち上がった。    「じゃあ、行こうか」    「はい」    ○アドベンチャー形式終わり    部室を出て階段を上り、屋上へ向かう。上着を着込まないと肌寒かった。  ぞわぞわと普通じゃない悪寒が背筋を撫でてくる。  俺は、そぉっと先輩の傍から離れずに階段を上っていく。  ギシギシと軋む扉のノブを掴む。力を入れて押し開く。    びゅううううう。    冷たい風が頬を突き刺した。寒い。手に熱い息を吐き付けて、前に進む。  先輩を盾にしながら歩いているのは、しょうがない。  あと、先輩の腕を申し訳程度に掴んでいるのも、しょうがない。  俺のことをそっとしておいてくれる先輩は優しい。    「寒いな〜」    上着も何も着ずに来た先輩は軽い調子で言うと、俺の手をぎゅっと握った。  大の男二人が、寒空の屋上で手を繋いでいる。寂しい図だ。    「とりあえず……透ちゃんの推理通りなら此処に何かあるんだよね」    「うん」    先輩の体温は、低かった。でもあたたかい。繋いでいると安心した。  屋上は不気味で、寂しくて、風の唸り声は迷子の鳴き声に聞こえて、  耳をふさぎたくなる。    身体の奥底から来るような震えをぐっと押さえ込んで、  屋上中を歩き回る。    (何かが、あるはずなんだ、ここに)    フェンスに指を引っ掛けて、金網の向こうの地上を見下ろす。  有希さん、有希さん、貴方はここでいったい、なにを 考えて、    その時、微かに、何かの音が聞こえたような気がした。    ;;背景屋上  ;;立ち絵有希さん(影みたいな)    目の前に、彼女が現れた。  息を飲みこむのに、上手く吐けない。喉に何かが詰まってるみたいだ。  有希さんの背中が金網の向こう、すぐ先にある。  長い髪が、フェンスの向こうで風にはためく。  寒い。    「ゆ、き……さ、ん……」    「透ちゃん?」    誰かに肩を揺さぶられる。  冷たい手。肩を掴む手。広くて硬い、手。  その感触に背筋がぞっと凍るような気がした。    「……飛び降りる」    「え?」    頭の奥に笑い声が響いて、頭が殴られたように痛む。  どこかで見覚えのある、地面に吸い込まれていく脆い人間の身体。  足が地面を離れる、リアルな感覚。一瞬の無重力で髪が宙に散らばる。  スカートの裾がふわりと翻る。    ブレる視界の中で、有希さんと誰かの影が重なる。    (あの子を助けないと、俺が)    助けないと、じゃないと、じゃないと、あの子は    「飛び降りる飛び降りる飛び降りる飛び降りる   飛び降りる飛び降りる飛び降りる飛び降りる   飛び降りる飛び降りる飛び降りる飛び降りる   飛び降りる飛び降りる飛び降りる飛び降りるとびおり、」    飛び降りた。  細い背中が、消えた。  耳鳴りのように、何かが鳴り続ける。鳴っている。  笑い声のような、嘲笑のような。    「透ちゃんっ!」    耳元で大きく、強く、先輩の声が聞こえた。  笑い声が掻き消えて風の吹く寂しい音が戻ってくる。  視線をやると、必死な顔の先輩が俺の肩を強く掴んでいた。  暑くないのにこめかみから汗が流れている。    「透ちゃん!!」    もう一度、先輩が俺の名前を呼ぶ。  火照った身体に水が沁み渡るように、  昂ったものがだんだんと落ち着いてくる。  なんだか、ふわふわしている。    「先輩。聞こえませんか?この音…」    喉がカラカラに渇いている。  視界の端にはゆらゆらと、有希さんが、また立っている。  俯いて、両手で耳を塞いでいるように見える。    「……もしかして、有希さんにも……聞こえてる?」    先輩も、有希さんの方をじっと見ている。    「この音、何か聞き覚えが……」    「ですね。なんか、携帯の……」    「……!」    俺と先輩は、顔を見合わせた。  有希さんをなるべく視界に入れないようにして、屋上を這うように進む。  その間にも有希さんはまた飛び降りる。その姿も見ないようにした。  ただ、音の出所を探す事だけに集中する。  先輩の手を握っているからなのか、少し安心出来た。    「あ」    声が零れた。    ;;背景携帯電話  ;;音楽メールの着信音    屋上に設置された室外機の下に、それは転がっていた。    緑色のランプを明滅させて、着信メロディを流している携帯電話。  パステル調の水色で、クマのぬいぐるみのストラップがついている。  それを慎重に拾い上げる。    誰のものか、はっきりした確証は無い。  でもきっと有希さんのものだ。そうに違いない。そう思った。  フェンスの向こうで苦しんでいる彼女を見る限り、  とても無関係な落し物には見えない。    掌に収まった携帯は今も鳴り続けている。  先輩と目配せをして、いっせーの、で携帯を開く。    「うわっ……!!」    思わず声を上げてしまった。  可愛らしい壁紙の待ち受けに、新着メール通知がポップアップしている。  その件数が、尋常じゃない。三桁を超えている。そして今も、増えている。  気持ち悪かった。    「せ、先輩…これ、なんなんですかね…」    「きっと有希さんが死んだ事を知らない誰かが心配して安否確認を……って   言って、透ちゃんソレ信じる……?」    「どう考えたって、おかしいですよコレ…」    先輩も青白い顔をしている。悲痛な目で、携帯を見下ろしている。  まだまだ増え続けるメール。異常だった。  メールの数が悪意に思えてしょうがなかった。  有希さんはもう死んでいるのに。    俺は意を決し、受信フォルダを開いた。  大量に並ぶタイトル無題の未読メール。その中から一番新しいメールを開く。    「え……?」    一目見ただけじゃ理解できなかった。  これは、何?  メールには全て写真が添付されていた。他のメールも開く。  理解出来ない。    「なんだ、これ……」    異様すぎる。    ;;背景黒画面で血だまりみたいな    写真には、血と青痣まみれの顔を苦痛に歪めている有希さんがいた。  沢山の腕に抑えられて、泣き叫んでいる。前歯がない。折られたんだ。  古いものから未読のものを遡ってみる。    「これ……」    「……秒単位で届いてるね」    一番新しいのは男の大きな腕に腕や脚を抑えられた、傷だらけの有希さんが泣き叫ぶ写真。  赤い引きつれのある太い腕が、有希さんの口を押さえつけたり、腕を捻り上げたりしている。  ムービーもあったけど、恐ろしくて俺には開けなかった。    今も、暴行された写真を添付したメールは増えている。悪質な嫌がらせ。しかも、犯罪だ。  腹の底が熱いのか冷たいのかわからない。ただ、このメールの送り先に対する憤りが、  俺の中で酷く冷たいものになっている。  送り主が目の前にいたら、めちゃくちゃに殴ってやりたい程。  俺は、有希さんが立っている場所を見た。  彼女はいた。今も、そこに、立っている。数えきれないほど、そこから飛び降りている。    メールの着信音から逃げる度に。  男たちに暴行された記憶から逃げるために。    こんなこと、友達にも、俺にも、誰にだって知られたくなかったはずだ。  有希さんはちょっと不思議なところがある女の子でよかったはずなんだ。  ガコ、カコガコ、ピッ、ピッ。  ボタンを操作して、受信フォルダにあるメールを一個ずつ、全て削除した。    「先輩……いいですよね」    「うん、いいんじゃないかな」    視線を合わせる。先輩は、優しい顔をしていた。  これで、有希さんが安らかに眠れますように。  携帯の電源ボタンを長押しして、元の場所にゆっくりと置いておく。  携帯が見付かっても、何も心配することなんかないはずだ。    「有希さん、おやすみなさい」    有希さんが、振り返る。  沢山流した涙で瞼が腫れている。  首に、治りかけの黄色い鬱血の痕が浮いている。  傷だらけの歪んだ顔を不器用に動かして、彼女は笑った。  輪郭は、夕暮れに綺麗に消えていった。    携帯はもう鳴らない。  それから、二度とサークル棟の前で彼女に会う事はなかった。 END