ざわつく宿屋に隣接する食堂で、一際異彩を放つ一組があった。  町の人間は元より、宿に泊まっている冒険者や旅人までもがその二人組みを横目に見ては、何がしかを囁いている。 「……なんや、落ち着かんなぁ」  そんな視線を流しきることも出来なかった二人組のうちの少年の方が、自分達へ向けられる視線と、決して好意的ではない囁きに軽く眉を顰め、ため息混じりに呟いた。 「メシくらいゆっくり食わせてもらいたいわ」  そう言って手にしていたフォークを口にくわえたまま、ぶらぶらと所在なさげに頬杖を突いた。行儀の悪いその仕草に、正面に座っていた女性がそれを諌める。 「ナジャ、お行儀が悪いわよ」 「そない言うても、こないな状況でメシなんて食えへん。なんや見せもんみたいで嫌や」  そう言って、少年は頬杖を通り越して顎を机の上に乗せた。  目の前の皿には美味しそうな肉に、付け合せの野菜がどちらもたっぷりと乗っている。いつもなら軽く完食してしまいそうなそれも、今の少年の目にはちっとも美味しそうには写っていなかった。目の前に在る好物を見ても、口から零れるのはため息ばかり。  異国訛りのある言葉を話すその少年は、『ヒト』の子ではない。  髪色こそ濃い金髪と普通の色だったが、よく見れば髪の間から覗くのは明らかに毛足の長い『獣』の耳で、瞳も金色に輝く猫のような瞳。そしてその背には、人外であることを表す決定的な『長い尾』がついている。それはこの世界で『獣人(じゅうじん)』と呼ばれる稀有な存在であることの証明だった。  神の使徒と言われながらも、その圧倒的な戦闘能力と好戦的な気質のせいで、何百年も前から『人間』に追われ、今ではその姿を見ることすら稀な種族。そんな『獣人』であるというそれだけでも目立つというのに、対する人物もまったく別の意味で異彩を放っていた。  透けるような銀色の長い髪に、深い翠の瞳。そのたおやかな所作に似合う、細く華奢な身体。その服装は異国の様式なのか、襟元を交差して羽織るような長い着物を腰で結わき止める形の衣で、ゆったりとした袖は長く、この辺りではあまり目にしない珍しいものだった。その服装の珍しさを差し引いても、少年と向かい合って食事を摂る姿も美しく、男女問わず誰もが見惚れるような、まさに『絶世の美女』という表現が適切な女性だった。  そんな二人が決して治安が良いとは言えない場末の宿で向かい合って食事を摂っていれば、必然的に視線を集めてしまうのは仕方が無い。  長く共に旅をしてきて、連れの少年の杞憂も分からないでもない女性は小さく息を吐いて、手にしていた食器を机の上へ静かに置いた。 「気持ちは分かるけれど、いい加減になさい」  女性とは対極の位置で、机の上に顎を乗せたままぼやく獣人の少年に、美女は眉を顰めたまま、その目の前にある頭をぺしりと叩いた。 「貴方の仕事はぼやくことだったかしら?」 「へぇへぇ、分かっとりますー。オレのオシゴトはあんたの補佐ー」 「分かっているなら結構。いいから早く食事を済ませてしまいなさいな。多少の事は我慢なさい」