【かくれんぼ】  わたしの通う小学校は、全校生徒合わせて20人しかいません。  そのせいか、大人達はみんな優しいです。  わたし達の遊び相手になってくれます。  わたし達の住む村はとても田舎で、周りには山ばかりです。  こじんまりとした村ですが、わたしはこの村がとっても好きです。  最近、小学校ではかくれんぼが流行っています。  小さな校舎の中、全校生徒が隠れます。  鬼はいっつも先生達の役目です。  先生達はニコニコしながら、探します。  だから見つかったわたし達も、ニコニコしちゃいます。  かくれんぼはとっても楽しく、夢中になれました。  だから休み時間や、授業が終わった後も、かくれんぼばっかりやっていました。  でもわたしはちょっと複雑な気持ちです。  わたしには多くの兄弟達がいます。  両親の他に、お祖父ちゃんやお祖母ちゃんも一緒に住んでいるので、大家族と言われています。  そんな中、大好きな両親に褒めてもらう為に、わたしは何事も一生懸命頑張るようになりました。  勉強、運動、家のお手伝い、兄弟の面倒を見ること。  おかげで成績は良くなり、良い子と言われ、大人達からは可愛がられるようになりました。  ただちょっと…目立ちたがり屋になってしまったことに、後悔しています。  小学5年生にもなって、でしゃばりと言われるのはちょっとイヤなもんです。  なので控えようと思っても、…なかなか上手くいきません。  それが分かるのは、よりにもよってかくれんぼの時です。  何故か5番目以内には見つかってしまうのですから。  …おかげでわたしには「かくれんぼヘタ」という、不本意な言葉を言われるようになりました。  他のことは器用にできるのに―というオマケ付きで! なのでわたしは今まで以上に、気配を消すことに集中しました。 家の中でも、学校にいる時でも、常に気配を消すことを考えていました。  そして校舎の中をくまなく調べ、見つかりにくい場所と隠れ方を研究しました。  そのおかげで、わたしはだんだんと見つかりにくくなりました。  最後に鬼さんが降参の声をあげるまで、隠れ続けることができるようになりました。  周りからも「かくれんぼ上手!」と言われるようになり、わたしはとっても嬉しかったです。  そんなある日、授業が終わると、先生達がまたかくれんぼをしようと言い出しました。  わたし達、生徒は大喜びで参加します。  隠れる所は校舎の中だけ。  鬼さんが降参と言い出すまでが、隠れる時間。  そうして鬼さん役の先生が、100を数え始めたので、わたし達は校舎の中に散らばりました。  わたしはつい最近見つけた、隠れ場所に駆け足で向かいます。  一階の階段裏には、物置部屋があります。  そこはあんまり使われていなくて、目立たない所です。  わたしは物置部屋に入り、奥に進みます。  そして1メートルの古びた本棚の前で立ち止まります。  本棚と言っても、本は入っていません。  もう古くてボロボロなので、ここに置かれているのです。 「んっしょ」  本棚は見かけによらず、ちょっと力を入れるだけで横にずれます。  すると本棚の後ろには、引き戸が現れます。  引き戸を開け、中に入ります。  中にもイロイロと古い物が置かれていました。  でも部屋いっぱいで、わたしのように子供じゃなければ中には入れません。  中に入って、本棚の後ろを引っ張って、引き戸を隠します。  そして引き戸も閉めて、わたしは物の隙間に隠れました。 「ふふっ。ここなら絶対見つからない!」  気付きにくい物置部屋の中にある、本棚の後ろに隠れている部屋。  例え長年ここにいる先生だって、気付かないでしょう。  隠れてても小さな校舎なので、少しだけみんなの声が聞こえます。  耳を澄ませると、はしゃいだ声やビックリした声が聞こえてきます。  楽しそうな声に、思わずわたしも笑顔になります。  でも部屋の中は静かなので、みんなの声に耳を傾けながら、うとうとしてきてした。  …が、突然の大声に、わたしは目を覚ましました。 きゃーっ! うわああ! 「えっ?」  悲鳴に似た声に、体が固まります。  でも思い出しました。  先生の中には、生徒を驚かせて喜ぶ人がいることを。  きっとその先生が、見つけた生徒達を驚かせているのでしょう。  わたしも何度か驚かされたことがあるので、あんな声を出したことがあります。  ここには窓もないので、外の様子は分かりません。  けど腕時計を見ると、始まりから20分しか経っていませんでした。  先生が降参の声を出すのは、かくれんぼが始まって1時間後と決まっています。  1時間経ったら出てくること、かくれんぼのルールです。 ガッタン ゴトゴトッ 「…ずいぶん騒いでいるのね」  わたしは響き渡る声や音を聞きながら、再びまぶたを閉じました。  そして目を覚ましていた時、何と1時間も寝ちゃっていました。 「ヤバッ! 怒られちゃう!」  慌てて引き戸を開けて、本棚を動かしました。  急いでいても、引き戸を閉めて、本棚を戻すことは忘れません。  見つからなければ、またここに隠れるつもりだからです。  隠れた痕跡を残さないことも、かくれんぼでは大事なことです。  物を動かしたので、洋服が少し汚れました。  服を叩いて、髪型も直します。  手鏡で大丈夫なことを確認して、わたしは物置部屋の扉に手をかけました。  扉を開けると、すでに夕日が窓から差し込んでいました。  廊下は真っ赤に染まっています。 「あちゃっ。みんな、もう帰っちゃったかな?」  それでも職員室に行けば、先生達がいるはずです。  一言謝りに行かないと、先生達はいつまでも探していることでしょう。  前にもあったことです。  1人の生徒が隠れている所でうっかり寝てしまい、先生達どころか、村の大人達まで探しに回ったのです。  …結局、体育倉庫のマットの間に寝ているところを発見され、大事にはならなかったのですが…。  それでも怒られていました。  なので全校生徒達は腕時計か、あるいは携帯電話を持つようになりました。  制限時間を確認する為に。  なのにわたしとしたことが…!  …ところが耳を澄ませて気付いたのですが、物音一つしません。  さっきまで、アレほど騒いでいたのに…。  わたしを呼ぶ声も聞こえません。  もしかして、全員外に行っちゃったんでしょうか?  わたしは慌てて廊下に飛び出しました。  そして…見てしまいました。  廊下に広がる赤は、夕日の色ではありませんでした。  真っ赤な、血の色。 「うぐっ…!」  むせ返るような血の匂いに気付き、頭の中がガンガン鳴り響きます。 「みっみんな…」  血の跡をたどり、わたしは一つの教室の前に来ました。  ゆっくりと扉を開くと…。  そこには重なり合った、生徒達と先生達の死体がありました。 「っ!?」  白目をむき、舌を出し、体からおびただしいほどの血を流し続ける彼等は、すでに人間ではありませんでした。 ただの、 死体、 です。  それを理解したところで、わたしは弾かれたように廊下を走り出しました! 「いっいやっ、いやぁああ!」  叫びながらも走ると、廊下にはまだまだ血が広がっていました。  先生に報告しようと、二階に上がります。  ところが二階にも血の跡や、見知った人達の死体があります。 「せっ先生!」  ガラッと職員室の引き戸を開けると、そこには… 死体が、 いっぱい、 ありました。  机に倒れんでいる先生、床に倒れている先生。  みんな、みんな、血を流しています。  もう、生きた人間はわたししかいないことを、理解してしまいました。  わたしは校舎から逃げ出しました。  荷物も持たず、上履きのままで。  誰かに助けを求めたかったんです。  でも…町の中にも、異変は続いていました。  町の中にも、血を流している人達が倒れていたんです。  わたしは自分の家に向かいました。  無我夢中で走る中、これが夢であるように、覚めるようにと願いながら…。  しかし家の中に入ったわたしは、悪夢が続いていることを知りました。  家族もまた、血を流しながら、倒れていたからです。  …わたしは隠れています。  何もかもが真っ白な部屋の中で。  何日も、何ヶ月も…。 「かくれんぼ、終わったよ!」  と言われるまで、わたしは隠れ続けます。  かくれんぼは、鬼さんが降参するまで、終わることはないのですから。  無理やりここから出されても、わたしはまた隠れます。  例え人に何と言われようが、かくれんぼはわたし達がはじめたことですから。  終わりの声がかかるまで、わたしはずっと隠れ続けます。 ずっと、 ずっと… 待っています。  白い部屋の外では、看護婦達が哀れみに満ちた眼で、少女の病室を見つめていた。  そして2人の刑事が、看護婦達に声をかけた。 「…どうですか? あの女の子の様子は?」 「変わりません…。ずっと部屋の中に『隠れて』います。いえ、見える所にいるんですけど、何を言ってもそこから動かなくて…」 「気をおかしくしてしまったんでしょうね。何せあんな事件現場を見てしまったのですから…」  数ヶ月前、一つの村で起きた殺人事件。  銀行に押し入った5人組のグループが、逃げ場としてとある村に入った。  そこで次々と村人を殺し、金品を奪って逃げた。  しかし視界が悪い山の中で、車ごと崖に転落し、全員命を落とした。  事件の唯一の生き残りは、1人の少女だけだった。  少女はかくれんぼをしていた為、犯人達に見つからなかったのだ。  しかし少女の中の時間は止まったまま…。  かくれんぼが終わるのを、待っている。