高校での予習復習、予備校の宿題、自習勉強を終えたら深夜になっていた。そのため、常に睡眠不足である。朝は時々目をこすり、それでも毎日、朝早く起きて高校に行く。無茶な受験生活かもしれない。でもそうでないと奴らに勝てない。わたしはトップを行く。東大に入り、上位の官僚になって……国を動かす。  わたしが教室に入ってきても誰ともあいさつをしなかった。する相手がいなかった。女子たちはすばやくグループを作り終え、男子と仲良くするわけにいかないし、そもそもどうやって仲良くするのかわからない。暇な時間が怖いから、朝のホームルームになるまで机の棚にノートや教科書をきっちり揃えてみたり、ブックカバーのある文庫本を読んだり、それにも疲れたら窓際に行って外の風をあびていた。いまは真冬。厳しい冷たい風が綾乃の頬をかすめ通り、熱を帯びた頬を乾燥させ、赤くほてらせていた。  クラスは大きく2分していた。推薦で受かった組、一般入試組と。ちなみにわたしは東大狙いなので、一般入試組だが、それでもやはり1人だった。ここは進学校。多くは一般入試組み。黒く重たい煙が天井付近にもやもやと浮かんでいる。  そんな中、話したこともない女子がわたしの隣にきて窓から外へ身を乗り出してきた。 「庄司さんって頭よさそうだよね」 孤独に本なんて読んでるから、そう感じたんだろう。確かに本当に成績はいい。しかし学校生活の掟でこう答えなくてはいけない。 「えー。読むのはライトノベルばかりで、家でもあんまり勉強しないよ」 そういうだましあいっこをして、学生は生きていくのである。  今日はセンター試験の日。試験会場にもなっている東大の門をくぐった時。突然呼吸が荒くなりうずくまったのだ。呼吸は何度もしているのに、なぜか苦しい。ひどい病気なのだろうか? まさかここで死んでしまうんじゃないだろうか、そんな気がした。そんなわたしの前を受験生たちは目に留めることもなく通りすぎていく。これが現実である。脱落者は多い方がいい。そんなもんである。  後日わたしは総合病院に行くと、さまざまな診療科をたらい回しにされ、行きつく先は精神科だった。 「ストレス性の過呼吸症候群ですね」 「はぁ」 わたしはうなづく。 「頓服も出しますが、過呼吸が起こったら必ずペーパーバッグを口にあて、体内の酸素の量を調節してください」 そして頓服薬を処方され、2週間後に来てくださいということになった。 「何でわたしが精神科なのよ」 ゴミ箱に薬とペーパーバックを思いっきり捨ててやった。  東大入試の日だった。わたしの学校からは3人受験することになっている。1人は男子で、もう1人は女子であった。こういう場合、親しくしてもいなかった女子が妙に親しげに話しかけてくるのがお決まりのパターンだ。敵同士でありながら。 「庄司さんよね? 覚えてる? 2年の時一緒だった有坂美由紀」 残念ながら覚えていなかった。ただ派手なグループに所属していた人の1人だろう。いまは黒髪だけれど、ふっと見えるピアスの跡がその証拠だ。 「クラスでは庄司さんのこと、結構心配してたのよ。でも庄司さん無口なタイプだから、ハミリみたいになっちゃったけど。わたしのグループは派手だったから居づらかっただろうし」 「なんて偽善的な言葉なんだろう」そう思った綾乃はふたたび倒れ込んだ。過呼吸発作だ。 「大丈夫? 庄司さん」  そこで予鈴がなった。 「有坂さ……ん、先……に、行ってて……ください」 それを聞いた美由紀は、 「そんなことできるわけないじゃない! ここで1人苦しんでいる人がいるのに」 美由紀は彼女なりに背中をさすりながら、 「担当の先生呼んでくる」 美由紀は試験の関係者を呼び、無事助かることができたが、試験は2人とも後日ということになった。 「ごめんね。追試験になっちゃって」 わたしは言う。 「しょうがないよ。病気じゃね」 美由紀は当たり前でないことを当たり前のように言う。 「庄司さんさ、あたしに偏見持ってたでしょ?」 何を言うのかとわたしはびっくりしていた。 「派手な人は馬鹿、派手な人は自己中、派手な人はダサい人が嫌い」 図星だったため、わたしは冷や汗を垂らすことしかできなかった。 「人間見た目じゃないんだよ。服装とかそういうものでもないんだよ」 美由紀はそれだけを言い、去っていった。  正直受かってるなんて思えない。そんな受験番号を探すためにわたしは美由紀と一緒に東大へ向かった。おしゃべりな美由紀は精一杯話をして、場をなごませようとしていた。  掲示板に貼り出された番号表をながめてみる余裕なんてなくて、ただ下を向いていた。 「あった!」 美由紀は自分の合格への切符を勝ち取ったのである。 「庄司さんは?」 「……見たくない」 すると綾乃の受験票をぱっと奪い、美由紀は勝手に彼女の番号を探しだした。 「えーっと、えーっと……」  もしやの不安が当たってしまった。わたしの受験番号がない。わたしも美由紀も固まってしまった。 「滑り止め受けた?」 美由紀は言う。 「……東大一筋だから」  わたしは涙を流さないように必死で耐えていた。 「何我慢してるの、泣けばいいじゃない」 その言葉に心動かされてうわーっと泣いてしまった。 「来年来ればいいじゃない。あたし待ってるから」 わたしは少し横たわっていたいと思った。わたしを見つめなおすために。この世を見つめなおすために。