■暗転 ■家の外観 ■しばらくウェイト ■雀の鳴き声 ■暗転 ■脱力系BGM ■ゆうみの部屋 ■ゆうみ拗ね 「暇すぎる」 ■ジャバウォック呆れ 「なんだよ藪から棒に」  五月五日。  天気もよく、そろそろ夏物に衣替えしようか、といった季節。  すでに春の初々しさもなく、周りの環境も状況も、少しずつ変化していく時期。  そんな中、わたしは今の人生を謳歌しているわけだけれど…… ■ゆうみ怒り 「暇だよ暇だよ暇暇暇――――!!! ゴールデンウィークだよ? 黄金週間だよ? なのにずっと家にいるってどんだけだよ! これじゃ引きこもりのニートだよ!」 ■ジャバウォック突っ込み 「たかが四連休五連休ぐらいでガタガタ抜かすなよ。休みを取れない社会人がどれだけいると思っているんだ」 「そんなの知らないよ! わたしまだ子供だもん学生だもん!」  普通、ゴールデンウィークといえば、友達と何処かに遊びに行くとか、家族一緒に旅行に行くとか(海外も可)、普段取れない休みの間を有意義に過ごさなくちゃいけない筈なのである。  しかし、これはどうだ。する事もなく、やる事もなく、ダラダラと怠惰に過ごし、休日を垂れ流して消費する日々。人生の無駄遣いとはまさにこの事である。 「大体、こういう時こそ衣装作りやらするんじゃねーのかよ。時間があるならそれを有意義に使えばいいってもんだぜ」  そうやってパラパラとわたしが持っている漫画を読みふけるジャバちゃん。前々から思ってあけど、全然読んでいるよね? 暇つぶしとかじゃなくて、もう普通に漫画楽しんでいるよね? ■ゆうみ呆れ 「こんな気分で作る気も起きないよ。 ■ゆうみ怒り こう、ゴールデンウィークなんだから特別な事をしたいんだよ!」 ■ジャバウォック通常 「ってもなー、こんな田舎町の休日じゃ負の感情を持ってるやつを見つけきれないんだよなー、見つけるにしたって第一接触が面倒な事この上ないし。今まで通り、基本休日は感情集めはなしだぜ」 ■振動 ■殴る音 「ちっがーう! そうじゃないのそうじゃないの! わたしが言いたいのはそういう事じゃなくて!」 ■ジャバウォック呆れ 「さっきからギャーギャーうるせぇな。つまるところ、お前は何をしたいんだ?」 ■ゆうみ驚き 「え、えっと、そりゃ…… ■ゆうみ怒り こう、普段しない特別な事だよ、うん!」 「いや全然分からないから。肝心なところ抜けてるから」 ■ゆうみ悲しみ  う。ジャバちゃんのいう事はもっともで何も言い返すことが出来なかった。  ゴールデンウィークという大型連休で何か特別な事をしたいと思っていても、それがなんなのかが実のところ分かっていなかったりする。  曖昧なビジョン……とにかく遊ばなきゃいけない、楽しまなきゃいけないという気持ちはあるのだけれど、何がしたいかまでは出てこない。 ■ジャバウォック突っ込み 「前々から思ってたんだが、人間の特別な事ってなんなんだ? 遊ぶ事か? 何処かに出かける事か? それぐらい、休日じゃなくてもしている事だろう?」 「そ、そりゃどうだけど……どこか遠い場所に旅行とかさ、あるじゃない」 「それなら行きたいって親に言えばいいじゃねーか。まだテメーはガキなんだから一人じゃ駄目だろうがー」 ■ゆうみ拗ねる 「そのくらい、分かってるよ。 ■ゆうみ呆れ  でもね、おかーさんにそれをお願いするのもなんだかあれかなーって思う部分もあったりなかったりするんだよ」 ■ジャバウォック通常 「なんでだよ。別に問題ないじゃねーか」 「いや、やっぱりこういう時っておとーさんにお願いするものでしょ? でもウチおとーさんいないし」 ■ジャバウォック呆れ 「言わんとしている事は分からない訳でもないが、昨今ではそう決めつけるものじゃねーと思うけどな。 ■ジャバウォック突っ込み ってか、その流れで行くとお前は今の今まで家族旅行に行った事って……」 ■ゆうみギャグ泣き 「うん、多分小学二年生ぐらいのが最後だったような気がするんだよ……」  もう、その時の記憶もあやふやである。  多分、遊園地とか、そういう場所であったような気がするのだけれど、どうしたのか、何をやったのかなんて、全然覚えていないのだ。  ざっと五年。そんな昔の事を覚えておけ、というのが無理な話である。  そしてそれぐらい、わたしには家族との思い出がなさ過ぎた。  お父さんが海外に単身赴任してから、お母さんもなんだかんだで忙しいのは分かっていたつもりだった。  別に働いている訳でもなく、専業主婦ではあったけれど、お父さんがいなかった分、とても大変そうだというのはなんとなく感じていた。  だから、何処か遠いところに行きたいとか、遊園地に行きたいとか、そういう事は言い辛かった部分も少なからずあった。 ■ゆうみ呆れ 「大体、おとーさんが悪いんだよ。おとーさんがここに居れば、何の問題にもならなかったし、おかーさんだって大変な思いをしなくて済んだんだよ」 ■ジャバウォック突っ込み 「よくわからねーんだけどよ、お前の父親ってなんでお前達を連れて行かなかったんだ?」 ■ゆうみ驚き 「……え?」 「常識で考えてみろよ。女子供を置いて、一人海外に出るというのは相当勇気と決断がいる事だぜ?」 ■ゆうみ拗ねる 「知らないよ。わたし達と一緒に暮らすのが嫌だったんじゃないの?」 ■ジャバウォック呆れ 「どういう家族環境だったのかは知らんから何とも言えんがな。それでも二人を置いて単身赴任っつーのも、問題アリだよなーその父親」 ■ゆうみ怒り 「そーだよそーだよ! なんか色々、とにかく駄目な父親の典型例だよね、うん!」  結果的にお母さんに苦労を掛けたお父さんを、わたしはあまり好きになれない。  仮に……仮に、今お父さんに会ったとしてもわたしはどのしていいか分からない。  お父さんは手紙を定期的に送ってくれるだけの人で、今はそれ以外の接点はない。  わたしから手紙を送る事はまずないし、コミュニケーションすら成立してない。  そんな人と今更会ったところで……わたしはその人の事を父親と呼べるのだろうか。 ■ジャバウォック通常 「お、ゆうみの中でまた負の感情が増えた」 ■ゆうみ呆れ 「もう、わざわざそんな事報告しなくたっていいよ。 ■ゆうみ拗ね 別にこの事に関してはどうこうしようなんて考えてないよ、どうでもいい事だし」 ■ジャバウォック突っ込み 「ふーん……ま、お前がそういうならオレは何も言わんがな」 ■SE:チャイム 「あれ、誰か来たのかな?」 「ゆうみー! 沙希ちゃんが来たわよー!」 ■ゆうみ驚き 「え? 紗希ちゃんが?」 「アイツ、今日は親と何処か出かけるとか言ってたんじゃなかったか?」 「う、うん。そうだった筈だけど……」  とりあえず、ここで何を言っても仕方がない。わたし達は階段を下りて玄関へと向かうのだった。 ■玄関前 ■紗希笑顔 「こんにちは、ゆうみちゃん」 ■ゆうみ通常 「うん、いらっしゃい紗希ちゃん。 ■ゆうみ困惑 でもどうしたの、紗希ちゃん。今日は奈々美おかーさんとお出かけするんじゃなかったけ?」 ■紗希悲しみ 「うん、お母さん、急用が入ったとかで、キャンセルになっちゃったの」 ■ゆうみ悲しみ 「あ、ごめん……」  紗希ちゃんのお母さんはデザイナーとして働いていて、休日でも顧客との打ち合わせとかで、毎日が大変なようだった。 休みの日でも予定をキャンセルして仕事をしなくちゃいけないような場合もたびたびあって、紗希ちゃんと一緒に過ごす時間がなかなか取れないようだった。 ■紗希笑顔 「気にしないで、ゆうみちゃん。今日は仕方がないけど、もう何回かおかーさんとお出かけとかしたし。それに、今はゆうみちゃんとジャバちゃんもいるから寂しくないもん」 ■ゆうみ照れ ■ジャバウォック照れ 「ば、ばっかじゃねーの? そういう事を衒いもなく言うもんじゃねーんだよ!」 ■紗希驚き 「どうして?」 ■ジャバウォック呆れ 「ど、どうしてって、そりゃ…… ■ジャバウォック突っ込み その、なんだ…… ■ジャバウォック怒り とにかく――」 ■ゆうみ呆れ 「ジャバちゃんってば照れてる?」 ■ジャバウォック照れ 「な、なななななな、なんでオレが照れなきゃいけねーんだよ、ありえねーよ死ね!」 ■ゆうみギャグ泣き 「なんかさりげなく酷い事言われたよ……」 ■紗希笑顔 「ふふっ。ジャバちゃんって可愛いなぁ。 ■紗希通常 それはそうと、今日遊べるかな? もう今更って感じだけど」 ■ゆうみ笑顔 「うんうん、全然オッケーオッケー! わたし達も暇していた所だから大歓迎だよ!」 「明美ちゃんも呼べたらいいのにね」 「そういえば、明美ちゃんは今どうしてるんだろ?」 「うーん、やっぱり部活じゃないかな? よく分からないんだけど……」  明美ちゃんは部活を何にしようか、と考えた末、剣道部に入る事を決めた。  本人曰く、やっぱり竹でも刀を扱うのは楽しい、とかなんとか。  よく分からないけれど、小さい頃からそういう格闘技みたいな事をしていたのだろうか?  それはともかく、一時期一緒に下校する事が殆どだったけれど、明美ちゃんが部活に入ってからはもっぱらわたしと紗希ちゃんの二人だけで下校する事になってしまった。  今は登校時(これは偶然といえば偶然なのだけれど)と昼休みの時ぐらいしか会う機会がなかったりするのだ。  ■ゆうみ通常 「とりあえず、お家に上がって上がって。ここで立っていてもしょうがないしね」 ■紗希通常 「うん。おじゃましまーす」 ■リビング ■はるな私服 「紗希ちゃん、お昼ご飯食べた?」 ■紗希通常 「いえ、まだです。予定って訳じゃないですけど、多分ゆうみちゃんと外で食べるだろうなぁと思ってたから」 ■ゆうみ笑顔 「お、それいいねいいね! でもどこで食べる? 今はゴールデンウィークだから、どこも一杯なんだろうね〜」  黄金週間と呼ばれる期間。その間は何処に行っても外食店は客で埋め尽くされる。  沢山の休みがあり、家族が揃う機会が多い。そうなると、やはり家族で遊びに行くのはともかく、せめて何処かで食事にしよう、という流れになる。 ■ジャバウォック呆れ 「つーかさ、家族ばっかりいる中でお前ら中学生が二人入り込んだら、なんか痛々しいぜ?」 ■ゆうみ拗ね 「そ、そんな事ないよぉ! ■ゆうみ笑顔 ね? 紗希ちゃん!」 ■紗希驚き 「え、あの、 ■紗希苦笑い ど、どうだろうね。よくよく考えたら、なんかそれはとても寂しい気がする……」 ■はるな笑顔 「というか、親の面子丸つぶれって感じかしら?」 ■ジャバウォック呆れ 「はるな、そこ笑うところじゃねぇし、お前がいう台詞でもないぞ?」  まぁ、今の時期に中学生二人がファミレスなんかに入ったら、ほかの人から『親に何処にも連れて行ってもらえない子達』という認識を与えかねないだろうというのは分かる。  要するに、ゴールデンウィークの期間中は子どもだけで何処かに出掛ける、という行為はその認識を自他共に痛感する羽目になってしまうのだ。  自分達は、その空しさに。他人は、その哀れさに。 ■ゆうみギャグ泣き ■SE:殴る音 ■振動(小) 「にゃーにゃー!! おかーさん、一緒にどっか出かけようよ紗希ちゃんも一緒にさぁ!」 ■はるな通常 「何言っているの、出掛けるわよ。ゆうみと紗希ちゃんに都合があるなら無理しなくてもいいけどね」 ■紗希通常 「いえ、私は大丈夫です」 ■ゆうみ笑顔 「何処に行くの、何処に行くの!?」 「鵬帝花公園。ほら、鵬帝峡に行く道があるでしょ、あそこの途中にある、春先町が運営している公園よ」 ■ゆうみ驚き 「え、あんな所まで行くの? 歩いて?」 ■はるな呆れ 「そんな訳ないでしょう? 鳴瀬さんの車でよ」 ■紗希驚き 「あれ、鳴瀬さんって、先生の事ですか?」 ■はるな笑顔 「ええ、そうよ? それがどうかした?」 ■紗希苦笑い ■ゆうみ呆れ ■ジャバウォック呆れ 「……おかーさん、まさかわたし抜きで行くつもりだったの?」 ■はるな困惑 「そんなわけないでしょう? ……あれ? 紗希ちゃんも一緒に行きたいから家に来たんじゃないの?」  なんだか、お母さんの言っている事がよく分からない。  というか、話そのものが噛み合ってない? 「なぁ、はるな。一つ聞きたい。まず、その公園に行くっていう話はいつ決まったんだ?」 ■はるな通常 「一週間前よ? あれ、言ってなかったっけ?」 ■ゆうみ呆れ 「聞いてない聞いてない。徹頭徹尾半端なく聞いてない」 「コイツ、連絡を忘れて仕事で致命的なミスを犯すタイプだな」 「あれー? 紗希ちゃんのところは奈々美さんが出かけるって言っていたから連絡してなかったけど、ゆうみ達には言ってたつもりだったなー?」 ■ゆうみ怒り 「知らないってばぁ! もう、おかーさんそういうの多いよね、ホント!」  何かを忘れていたり、何かを言っていなかったり。そのおかげで土壇場になって大慌てする羽目になるのだ。  娘のわたしでさえ被害にあっているのだから、ジャバちゃんが言うように仕事とかしていたら大変な事になっていたのかもしれない…… ■はるな笑い 「でも大丈夫でしょ、特にゆうみは準備するものなんてないでしょうし、弁当とかは作ってるし」 ■ゆうみ驚き 「馬鹿な事言わないでよ! 桐也さんが来るんでしょ? 変な服で行くわけにはいかないじゃない!」  そうなのだ。桐也さんと会うのは学校……つまりは制服だったから問題はなかった。  けれど、今回はプライベートで会うのだ。教師としてではなく、あくまで個人として来るのならば、わたしもそれ相応の準備をしなきゃいけないのだ。 ■ゆうみ悲しみ 「ううう、どーしよぉ……わたし、大した服なんて持ってないよぉ〜」 ■ジャバウォック突っ込み 「留守番すれば?」 ■ゆうみ怒り 「その選択肢はなしだよ!!」  とはいえ、どうすればいいのやら……  今まで対してファッションなんか気にした事もなかったけど、こんな服じゃ駄目だっていう事ぐらいは分かる。  でも、なら具体的にどうすればいいのか、となるとさっぱり分からないのだ。 ■紗希笑顔 「大丈夫だよ、ゆうみちゃん。私がばっちりコーディネートしてあげるから!」 ■ゆうみ驚き 「……え?」 ■紗希通常 「私、去年辺りからファッション雑誌とかちょくちょく買っていたの。他にするような事もなかったし。でも、おかげでちょっとは詳しくなったかなって思う。ゆうみちゃんが持っている服でも、組合せで断然変わってくると思うよ?」 ■ゆうみ悲しみ 「ほ、ホントかな……」 「うん! 鳴瀬先生がびっくりするぐらい可愛くしてあげる! ジャバちゃんも手伝ってよね!」 ■ジャバウォック通常 「あ、ああ……」  ああやって、ぐいぐいと押されて自分の部屋に連行されるわたし……って、なんか表現がおかしいけど、そういう状態であった。  ジャバちゃんも、紗希ちゃんの勢いにただただ頷く事しか出来ず、紗希ちゃんの指示に従うのであった。 ■ゆうみの部屋 ■紗希通常 「えっと、ここのタンスに服を入れてるんだよね」 ■ゆうみ驚き 「あ、うん、そうなんだけど…… ■ゆうみ照れ やっぱり着替えないと駄目かな?」 ■紗希怒り 「駄目だよ! 鳴瀬先生が来るんだったら、なおの事オシャレしないと!」  とはいっても、今の段になって恥ずかしい気持ちが大きくなってしまっていた。  その、着替える云々より紗希ちゃんに自分の服の種類を見られるのが恥ずかしいのである。  しかも、紗希ちゃんからそれらの服を見てダサいとか、センスがないとか言われてしまったら、多分かなりへこんでしまう……それが恐ろしかったのだ。 「あ、でもゆうみちゃん色々持ってる。うん、大丈夫だよ!」 「そ、それはよかったよ。 ■ゆうみ悲しみ なんていうかさ、自分でどういう着こなしとかそういうの、あんまり分からないんだよね」 ■ジャバウォック呆れ 「テメー人形の服とか普通に作ってるじゃねーか」 ■ゆうみ拗ねる 「それはそれ、これはこれだよ。そもそも着せる対象が違うんだから、人形の衣装のデザインを人の衣装に、その逆にしてもおかしくなっちゃうんだよ」 ■紗希苦笑い 「そこまで分かっているなら、十分ゆうみちゃんはセンスあると思うんだけど……」 ■ゆうみギャグ泣き 「それが出来ないんだってば! なんていうか、自分の事を客観的に捉えられないというか、そんな感じ?」  紗希ちゃんがわたしの服を見ている、という話にも繋がるのだけれど、自分では似合っていると思っている服装でもほかの人から見たら変だ、おかしい、なんて言われる事は、非常につらい事だと思うのだ。 ■紗希困惑 「そういう人っているよね。元はいいのに服装のセンスがよく分かってなくて損する人。 ■紗希怒り でも大丈夫だよ、ゆうみちゃん! 鳴瀬先生が来るまで頑張るよ!」 ■ゆうみ驚き 「う、うん……」  紗希ちゃん、異様に気合いが入っている。 ちょっとその勢いに押されながらも、私のコーディネートが始まるのだった。 ……自分で言うのも変だけど。 ■画面切り替え ■一枚絵:服を合わせる紗希と、それに従うゆうみ、タンスから出してきた服を抱えて飛んでいるジャバウォック 「うーん、これなんてどうかな?」 「これ、もう一年ぐらい着ていない気がするよ。なんか似合わないような気がして」 「そんな事ないと思うな。ゆうみちゃん可愛いから大丈夫だよ」 「これで着れたらお前はこれっぽっちも成長していないことが証明されるな」 ■表情差:ゆうみ呆れ 「ジャバちゃんあのね。そんな事あるわけないでしょ。大体わたしは大き目のやつ買っているから今ぐらいになると丁度ピッタリになる予定なんだよ」 「ゆうみちゃん、それ勿体無いよ。体にピッタリ合う服が一番いいんだよ? 体のラインを出さなきゃいけないって訳じゃないけど、女の子だったら細く見せないと!」 「大丈夫大丈夫。幼児体型だから体のラインも糞もないから」 「ちょ、ジャバちゃんさりげなく酷い事言ってない!?」 「たまにはこっち側で鬱憤晴らしたい気分になってもいいだろう? 散々オレをおもちゃにした罰だ」 「……まぁ、本当は一年前とか、そういう古い服を着るものじゃないけど。今から買い行く時間もないし、早速試着タイムね!」 ■ゆうみ試着タイム1 「こ、これなんてどうかな?」 「ゆうみちゃん、可愛いと思うな!」 「でもよ、もうちょっと着替えてみた方がいいんじゃないか?」 「それもそうかもね」 ■ゆうみ試着タイム2 「これなんてどうかしら!」 「わ、わたしはよく分からないなぁ……」 「まだ候補があるなら着てみればいいんじゃね?」 ■ゆうみ試着タイム3 「あっはっは、これでいいんじゃね!?」 「この服はどこにあったのかしらね?」 「知らないけどとりあえずこれはいやーーーー!!」 ■暗転  そんなこんなで様々な服に着替えた果てに、 ■ゆうみ(私服2)照れ 「こ、これでいいんじゃないかな、うん」 ■紗希笑顔 「うん、ゆうみちゃん可愛い可愛い!  今まで服を買ってもらっても、あまりそれを着る事もなく、タンスに眠っていたものばかりだった。  こんな感じに、何処かに出掛ける為、誰かに見せる為に服を着る、と明確にして服を着るのは初めてかもしれない…… ■ゆうみ移動  少しだけ、歩いてみる。スカートなんて制服ぐらいでしか穿かないから違和感がすごく強い。 ■ゆうみ笑い 「あ、ははは……なんか下がスース―するよ」 ■紗希苦笑い 「何言っているの、ゆうみちゃん。スカートなんて、学校でいつも穿いているじゃない」 ■ゆうみ照れ 「いや、そりゃそうなんだけど、学校の時って大抵体操ズボン穿いてるでしょ? な、なんか違和感があるというか……」 ■紗希通常 「そう? 私は別に気にならないけど……」  そうあっさり言える紗希ちゃんがうらやましいというかなんというか。  やっぱり日常的にスカート穿いてると違うのだろうか? ■ゆうみ微笑 「ジャバちゃんはスカートの下からそのままインナーでしょ? 違和感とかない?」 ■ジャバウォック呆れ 「知るか。そもそも意識した事なんてねーよ」 ■ゆうみ驚き 「な、なんで!? ジャバちゃんいっつも空飛んでいるでしょ? ローアングルだとパンツ丸見えだよ!?」 「誰が見るんだよ誰得だよ」  別にスカートの中が見えても気にならない、とあっさり言い切ったジャバちゃんに対して驚きを禁じ得なかった。  ってか、そもそもスカートの中は女の聖域であって本来人に見られてはいけない部分だし見せてはいけない部分なのである。  最近よく漫画や雑誌でスカートの中が思いっきり見えているのがあるけど、女の子の立場で言わせてもらうと、どうなのかなと思う。  本来下着は人に見せるものではないし(昨今では見せる下着というのもあるらしいけど、まず用途が違う)、見えてしまう域まで来ると、それは色気があるわけではなく下品なだけなのである。  やっぱりその辺が意識的に変わってきているのだろうか、と感じない事もないのである。 ■ジャバウォック突っ込み 「その理屈でいくと、オレはズボン穿いた方がいいんだな、了解した」 「ええええええ!? なんで!?」 「なんでって、そういう事だろ? 別にオレは見せる意図なんてねーけど、状況的に見えてしまう可能性が高いだろうし。ならズボンに穿きかえるべきだろ」 ■ゆうみ怒り 「駄目―! 駄目なのー!!  ■ゆうみギャグ泣き ジャバちゃんはスカートの方がいいの! 着替える時わたしが脱がすの!」 ■ジャバウォック呆れ 「うぉい。なんか言っている事違くね?」 「それはそれ、これはこれー!」  なんていうか、散々言っておいてだけど、こればっかりは譲れない一線なのだ。  ジャバちゃんの着せ替えだけは、何があっても譲る事は出来ない。 それに、ズボンを脱がすよりスカートを脱がす方が萌えるし! ■紗希笑顔 「まぁまぁ。それより、ジャバちゃんも何か着替えたりするの?」 ■ジャバウォック通常 「別に着替える理由がねーだろ。変な理由で着替える理由もねーからな」 ■ゆうみ笑顔 「でもでも、ジャバちゃんの服黒いでしょ? 今日日差し強いし、熱くなると思うよ?」  というか、ジャバちゃんは基本、全身黒だらけである。羽も黒いし、リボンも黒い。  夏、というのは流石に言いすぎだけどカラっと晴れたいい天気。  長時間外にいると日焼けしてしまいそうなくらいには、日が強く照っていた。 ■ジャバウォック通常 「ま、感覚こそあれ、別に日に焼ける事もねーし、脱水症状を起こすわけでもなし、気にする必要はないがな」 ■紗希驚き 「え? 汗とか?かないの?」 「こんなナリしてるが、別に人間と同じ構造をしてる訳じゃねーよ」  そうなの? と思ってしまったけれど、どの辺が違うかがよく分からない。  せいぜい羽が生えていて、ちっちゃいぐらいのものだけど……実際のところどうなのだろう? ■ゆうみ微笑 「ふーん、まぁ、でも一応予備を入れておくね。何かあった時に困るし」  ジャバちゃんの好きにしろ、という言葉を確認した後、ジャバちゃんの衣装を数点、ポシェットに詰め込む。 ■ゆうみ通常 「でも紗希ちゃん。いきなり花公園に行く事になったけど大丈夫なの? 奈々美おかーさんとか心配しない?」 ■紗希苦笑い 「そうだったね…… ■紗希通常 でも、多分連絡したら大丈夫だと思う。ゆうみちゃん達と一緒だし、鳴瀬先生も来るなら許してくれると思うな」 ■ジャバウォック皮肉 「ちょっと前ならそれすらも許してくれなさそうだったがな」 ■ゆうみ怒り 「もう! ジャバちゃん滅多な事言うんじゃないよ!」 ■紗希笑顔 「気にしないで。どうせ昔の事だもの。それに、お母さんは一生懸命だっただけだから。色々あったけど、私も小さい頃の時の事を思い出せたから。ゆうみちゃん達には凄く感謝してもしきれないよ」 ■ゆうみ照れ 「そ、そんな事気にしなくてもいいよぉ……ね、ジャバちゃん」 ■ジャバウォック照れ 「まったくもって同感だぜ。んな事いちいち気にしていたら頭がハゲるぞ」 ■ゆうみ呆れ 「いや、それはないと思う……」  それにしても、紗希ちゃんが言っていた小さい頃の事ってなんなのだろう。少し、好奇心という名の頭が擡げてきた。  小さい頃の事……というのはよく分からないけれど、きっと紗希ちゃんにとってはとても大切な思い出なのだろうな、と漠然と感じ取れた。  だから、わたしもその好奇心を無理矢理抑え込んで、特に言及する事はしなかった。話せる事だったら、いつか話してくれるだろうし。 ■SEチャイム  丁度その時だった。  家のチャイムが台所から鳴り響いているのが分かる。  きっと、桐也さん達が来たのだ。 ■紗希笑い 「鳴瀬先生達が来たのね。ゆうみちゃん、早速その服を見てもらえるよ!」 ■ゆうみ照れ 「う、うん、だ、大丈夫かなこれ……?」 「大丈夫大丈夫、ほらほら行こう?」 ■暗転  そうやって、紗希ちゃんから背中を押されながら……ふと、疑問に思ったことがあった。  紗希ちゃんは、さっき鳴瀬先生達、って言っていた。  お母さんの話は桐也さんの車で、って話しか聞いていないから桐也さんが来るのは間違いないけれど、やっぱり他の人もいるのだろうか?  多分、紗希ちゃんも漠然とそう思っているのだろう。だって、もしわたし達が一緒に行かないとなると、桐也さんとお母さんしか公園に行かない、という形になる。  いくらなんでも、二人だけで出かけたりはしないだろう。デートじゃあるまいし。 ■玄関前 ■はるな通常 「あら、ゆうみ達下りてきたの。 ■はるな驚き ……へぇ、そんな服ゆうみ持ってたっけ?」 ■ゆうみ拗ね 「似合ってなくて悪かったね」 ■はるな笑顔 「そんな事言ってないじゃない。似合ってるわよ、ゆうみ」 ■ゆうみ照れ 「それならいいんだけど」 「ちょっとお母さんは準備が残ってるからそこで待ってて。 ■はるな困惑 ごめんなさい、桐也さん。すぐに終わらせますので」 ■桐也通常 「いえ、お気になさらず」  それだけ言うと、お母さんはリビングへと向かう。  多分、化粧をしているんだろう。もう桐也さん達が来た以上、変に気にする必要はないのに、と思わない事もないのだけれど…… ■セリカ通常 ■明美笑い 「おお、ゆうみどうしたんだその服! 可愛いではないか!」 「え、へへへへ…… ■ゆうみ驚き あの、桐也さ……ん? えっと、そちらの方は?」  桐也さんに自分の服がどうか、尋ねようと思った時だった。  桐也さんの隣に初めて見る女性がいたからだ。  多分、桐也さんと近い年齢だとは思うのだけれど、全然綺麗で、褒め言葉になるかどうかは分からないけれど、人形の様に整った美しさがそこにはあった。 ■桐也苦笑い 「やっぱり忘れちゃってるか」 ■セリカ笑顔 「まだゆうみちゃんが一歳か二歳の頃だったですからね。覚えていないのも無理ないと思います」 ■紗希驚き 「すごい、綺麗な人……」  わたしが言えなかった言葉を、紗希ちゃんが言った。  その声には羨望の色が強い。でも、それはわたしにもよく分かった。  そりゃ、綺麗な人なんてごまんといるだろうし、テレビに出る女優とかもその殆どが美人である。  でも、そういう綺麗な人を生で見てしまうとこうも目を奪われてしまうのかというのを直に思い知った。  だからこそ、セリカさんは間違いなく美人であったし、それもわたしが今まで見た中でも抜きんでていたのは間違いのない事実であった。 ■セリカ笑顔 「ありがとう、ええ……っと」 ■紗希照れ 「あ、ごめんなさい。白石 紗希って言います」 「そう、紗希ちゃんね。よろしく ■セリカ通常 ……それで、気になっていたんだけど、その子は?」  セリカさんがわたしを――いや、わたしの隣を指差した。 ■ジャバウォック困惑  私の隣にいるのは、ジャバちゃん。って、あ。  桐也さんと明美ちゃんはジャバちゃんの事を知っていたけど、セリカさんは知っていたのだろうか? ■桐也呆れ 「何を言っているんだ、セリカ。そいつがジャバウォックだよ」 ■セリカ驚き 「え……?」 「その、セリカ……久々、だな…………」  凄く気まずそうにジャバちゃんが小さな声で呟いた。  それは、まるで独り言のようで、自分で言ったくせにそれを聞かれたくない……そんな感じさせさせた。 「ほ、本当に、ジャバウォックなのですか……?」 ■ゆうみ通常 「はい、この子はジャバちゃんですよ? それがどうかしたんですか?」 ■SEつかむ音 ■一枚絵セリカに抱きしめられて苦しむジャバウォック 「きゃーきゃー! ジャバウォック、久しぶりです! もう、どうしちゃったんですか、前よりももっと可愛くなっちゃって……!」 「テメ、いきなり抱きつくんじゃねーよアホ! 死にてぇのか!」 「ああ、今のジャバウォックに殺されるのなら本望かもしれません!」 「お前相変わらずドMだなおい! あの時もうチョイ酷使してもよかったか!?」 「もうなんでもいいからずっとこうさせてくださいー!」 「テメ、頬を摺り寄せてくるんじゃねぇ! 体が潰れぎゃああああああああああ!?」 ■SE:爆発 ■暗転 ■ゆうみ驚き 「ジャバちゃん、大丈夫?」 ■ジャバウォック涙目 「死ぬ、圧死する圧死する……!」 ■セリカ笑顔 「はぁ〜これだけでご飯三杯いけそうです」  ジャバちゃんに頬擦りするだけでご飯三杯……なんか、凄く分かる。  こんだけ小っちゃい女の子が動いてしゃべっているだけでも罪深いのに頬擦り出来るなんて最早至高の極みだもんね……! ■ゆうみ笑い 「ねぇジャバちゃん。今度はわたしがやっていい?」 ■ジャバウォック怒り 「断る!」 ■紗希通常 「えっと、セリカさん。ジャバちゃんとどういう関係だったんですか? なんだか、親しい仲って感じでしたけど」 「あ、わたしもそれ気になる」  明美ちゃんと桐也さんもジャバちゃんの事を知っているけれど、あんな頬擦りしようとする仲ではない筈だ。  明美ちゃんはジャバちゃんの事を毛嫌いしているし、桐也さんも普通に接しているけどそれ以上の事もしていない気がする。  そんな疑問を、彼女はあっさりと、こう答えるのだった。 「そりゃあ、決まっているじゃないですか。私が元……最初のジャバウォックのパートナーですよ」 ■ゆうみ驚き 「え……?」  この人、セリカさんが、ジャバちゃんの元パートナー……?  もしかして……最初の日にジャバちゃんが言っていた人って、セリカさんの事? ■明美呆れ 「セリカ、その表現は些か違うと思うぞ」 ■セリカ困惑 「そうですか? 私は的確に表現したつもりですけど」 ■桐也通常 「まぁ、過程や表現はともかく、ジャバウォックがオルゴールに封印される前にセリカと共にあったのは本当だよ。今のゆうみちゃんみたいにね」 ■ゆうみ悲しみ 「そう、だったんですか……」  なんだか、喜んでいいのか悲しんでいいのか、どんな表情をすればいいのか私には分からなかった。  ジャバちゃんはわたしよりずっと長く生きているのだから、わたしが知らないジャバちゃんがいても不思議じゃないのに、なんだか胸がモヤモヤしてしまうのだった。 ■はるな笑顔 「ごめんなさいー、今準備終わりました」  丁度その時、お母さんが申し訳なさそうに笑いつつ、玄関に戻ってきた。  なんか、えらく大きな弁当箱……ってか、重箱を持ってきていた。 ■ゆうみ呆れ 「おかーさん、そんなに作ってたの? いつの間に?」 ■はるな通常 「昨日の夜の内から準備していたわよ。ゆうみはジャバウォックと二階で遊んでいたでしょ」 「そりゃそうだけどさ、知らなかったんだから手伝いようもないじゃん。……それにしても、えらく気合い入っているね」  まぁ、流石に中身までここで確認しようと思わないから、何が入っているのかまではよく分からないのだけれど……運動会なんかで用意しているいつもの倍は用意している気がする。 ■明美笑顔 「ゆうみの母上の料理はおいしいから、沢山食べれる方がうれしいぞ!」 ■はるな驚き 「あら、明美ちゃんってわたしの料理食べたことあったっけ?」 ■桐也苦笑い 「この子達は毎日お互いの弁当をお互いにつまんで食べているようですから」  ああ、なるほど、とお母さんは一人納得。  お互いにつまんで、というよりも奪い合って、が正しいのかもしれないけれど、それはそれで構わないと思う。  初日はともかく、紗希ちゃんも積極的におかずの取り合いに参加するようになって昼休みの屋上は大体騒がしくなっている。  別に騒がしくしちゃいけない規則もないので、好き勝手しているんだけど……なんであんな学校の名スポットに誰も来ないのだろう?  全然関係ないのだけれど、ちょっとだけ気になってしまった。 ■セリカ笑い 「なんか、そういう風に食べるのって素敵ですよね。私もそういう事、学校でしたかったなぁ」 ■ジャバウォック呆れ 「行儀は限りなく悪いけどな」 「そんな事はありませんよ、ジャバウォック。マナーも大切ですが、それ以上に食事は楽しむ事に意義があるのですから」 「そんなもんかね」  呆れているような感じでジャバちゃんが呟いているけど、ジャバちゃんも似たようなものでしょうに。  仕方のない事だけど、殆ど素手か爪楊枝で食べてるし。 ■明美拗ねる 「むー、桐也。そろそろ行こう? わたしはお腹空いたぞ……」 ■紗希笑い 「私も、少しお腹空いてきちゃいました」  二人がそういうものだから、わたしもお腹が空いてきた気がした。  時間も昼近いし、当たり前と言えば当たり前なのだけれど、皆がお腹が空いたというと自分もお腹が空いてくるように感じるから不思議だ。 ■桐也通常 「そろそろ、行きましょうか。ここでこれ以上長話するわけにもいきませんし」 ■はるな通常 「そうですね。あの人も待っているでしょうから」 ■紗希驚き 「あれ、あの人って事は、誰かまた来るんですか?」  紗希ちゃんが首を傾げてお母さんに尋ねる。  でもその疑問はもっともだと思った。今いる以上に親しい知り合いとかいただろうか。  美咲おばあちゃんが来るのか、それとも桐也さんの知り合いとか? もしかして、エリスさんが来たりするのだろうか。  そんな紗希ちゃんと、わたしの考えを悉く打ち壊し、更に驚愕を与える言葉を、お母さんはあっさりと吐き出した。 ■はるな笑顔 「うふふふふー、それがね、直哉さんが帰ってくるのー。あ、直哉さんっていうのは、私の旦那ね」 ■紗希驚き 「え、そうな ■SE:爆発音 ■振動 ■家の外見 「うええぇぇぇぇぇぇえええええええぇえぇええええええ!?」  外に響きかねない……というか、思いっきり響くほどの大声を出してしまったわたし。  それは、反射に近いものだったのかもしれない。どちらにしろそれを止めようとも考えなかった。  だって、だって……お、お父さんが帰国してくるなんて!?  これからどうなっちゃうんだよぉ!! ■ジングル ■道路から、公園までの入り口を順序にトランジションさせる。 ■明美笑顔 「おお、ここがその公園なのか! 凄く大きいぞ!」 ■セリカ笑顔 「それはそうですよ。明美さんは普通の公園のイメージがあったみたいですね」 「うん! こんなところにくるのは初めてだからな!」 鵬帝花公園。  山を切り開いた中腹辺りに作られた場所で、年中、季節ごとに変わる花を育てている公園である。  勿論、一般的に言われている公園とは違い、町が運営していて従業員が日々その季節の花を植えたり管理をしたりしている。  おかげでここは基本的に花々が絶えない場所であり、花を愛でる人にとってはここほど素晴らしい環境はないだろう、というぐらいには沢山の種類の花が育てられている。  ただ、それでも人気があるかどうか……となると少し首を傾げざるを得ない。  何しろ、今の時代にこんなところに行って花をわざわざ見に行こう、なんていう人が少ないからだ。  まだ、どこかのアトラクションとか動物園とかの方が、ゴールデンウィークに出掛けるには相応しいスポットになるだろう。  その証拠に、駐車場もかなり空いている状態だった。  とはいえ、まだゴールデンウィークだからましであって、普段はもっと人がいないのかもしれない…… ■ゆうみ拗ねる 「それで、おとーさんはなんで家に帰ってこないでここにいるわけ?」 ■はるな笑顔 「いやね、元々この日に帰ってくるのは知っていたんだけど、鳴瀬さん達と帰国の歓迎会しようって話になったのよ」 「うーん、荷物を持ってここまで来るなんてご苦労様だよ」 ■はるな通常 「荷物は後で郵便で来るようになっているから大丈夫よ。 ■はるな呆れ それにしても、ゆうみどうしたの? もしかしてお父さんに帰ってきてほしくなかった?』  そう言われると、ちょっと弱い。  帰ってきてほしくない、という気持ちは、少なからずある。  今更帰ってきてもわたしはどうしようもないし、どうしていいかも分からないのだから。  けれど反面、帰ってこなかったら帰ってこなかったら、なんで帰ってこないの? という気持ちにもなってしまうだろう。……というか、なっていた。 ■紗希通常 「お父さんと久々に会えるんでしょ、 ■紗希笑い それはとてもいい事だと思うな。私はゆうみちゃんのお父さんがどんな人か、興味あるな」 ■明美笑い 「それは言えているな! 私もゆうみの父上がどんな人か気になるぞ!」  興味を持つだけ時間の無駄だけど、と言おうと思ったけど、流石にお母さんに何か言われるような気がしてやめた。  はぁ、なんで楽しいお出かけが一瞬にして憂鬱なイベントと化してしまうのだろう…… ■鳴瀬通常 「それじゃあ、荷物は自分が運ぶからセリカは先に行って場所を取っていてもらっていいか?」 ■セリカ笑顔 「はい、分かりました」  セリカさんはセリカさんで自分で作ってきたらしい弁当とマットを抱えて先を歩く。  確か、一番奥に広い場所があるからそこに行くのだろう。  人が少ないとはいえ、ゴールデンウィークだ。いつもよりは、人も多いに決まっている。 だからこそ、やっぱり場所の確保が最優先なのには違いなかった。 「それと、はるなさん、その重箱は自分が持ちますよ」 ■はるな驚き 「いいえ、これぐらい自分で持ちますよ。鳴瀬さん、いっぱいいっぱい持ってるじゃないですか」  桐也さんは桐也さんで、大きなバックを抱え、カメラのスタンドを腋に挟み、アイスボックスをからっている状態で、更に今お母さんが持っている重箱を持つとなると、それはもう歩く事さえままならないのでは? というぐらいには既に沢山の、そして重いものを持っていた。 ■明美通常 「桐也、私も何か持つぞ!」 ■紗希驚き 「そうですよ、私達も何かします」 「いや、大丈夫だよこれくらい」 ■ゆうみ拗ねる 「もう、桐也さん皆に気を使いすぎです。こういう時は遠慮しなくていいと思います!」 ■桐也苦笑 「う、うーん、そうかもしれないけど……」 ■明美怒り 「とりゃ! このクーラーボックスを頂いてって ■明美驚き 重っっ!?」 ■振動  明美ちゃんが肩からからっているクーラーボックスに手を掛け、奪い取ろうとしたけれど、予想以上に重かったのか、ゴトン、と大きく落としてしまう。 ■桐也驚き 「明美、大丈夫か!?」 ■明美悲しみ 「……すまん、キリヤ。ヒビが入ってしまった」 ■桐也通常 「そういう事を言っている訳じゃなくて、落とした時に足を怪我してなかったか?」 「それは、ないけど……」 ■桐也笑顔 「ならいいよ。そんなのガムテープでも貼っておけばなんとかなる」  そういって、桐也さんはにこりと笑う。  ただ、明美ちゃんは納得していなさそうだったが、だからと言って言及するのもおかしい、と思ったのだろう。  今度は両手でしっかりと抱えていざ持ち上げようとした時、すっと紗希ちゃんが割って入った。 ■紗希笑顔 「明美ちゃん、一緒に持とう? 二人なら落とす事もないと思うな」 「うん、そうだな……」  そうやって、クーラーボックスの左側を明美ちゃんが、右側に紗希ちゃんが持ち運ぶことになって、二人してゆっくりとした足取りでセリカさんの後を追った。 ■ゆうみ通常 「……わたしは何を持ったらいいかな?」 ■はるな通常 「ゆうみは桐也さんが持っているカメラ一式を運びなさい。それぐらい出来るでしょ」 ■桐也驚き 「柏木さん、でも」 ■はるな笑顔 「いいんですよ、こういう時こそ、こき使ってやらないと! 家でもあんまり手伝わないんだから、ここぐらいできちんとお手伝いしなさい」 ■ゆうみ拗ね 「もう、そういう事を桐也さんの前で言わないでよね!」  そうやって、わたしは桐也さんの腋に挟んで持っていたカメラのスタンドを抜き取るように取り、左肩にかけていたカメラバック一式を滑り落として取った。 「ゆうみちゃん、大丈夫だよ。これぐらい――」 ■ゆうみ笑顔 「いいんです。これぐらいはばっちりやっておきますから!」  桐也さんが言い切る前に両手でしっかりそれを持ち、わたしは紗希ちゃん達に追いつくように小走りに走るのだった。 ■暗転 ■桐也苦笑い ■はるな通常 「鳴瀬さんはなんでも一人でやろうとしすぎですよ」 「うーん、あんまり自覚はないのですけどね……」 「いや、一人で背負いすぎだ、色々な意味でな。ったく、昔からそういう所が変わってないんだな、お前」 ■はるな驚き ■桐也驚き 「お前……!」 ■暗転 ■公園通路 ■明美悲しみ 「はぁ、私ってどうしてこうなのだろうな」 ■紗希通常 「……? どうかしたの、明美ちゃん?」 ■クーラーボックスを明美と紗希が抱えていて、その隣にゆうみがいるシーン 「いやな、キリヤの役に立ちたいって思っていてもいっつも裏目に出て迷惑をかけてしまうのだ……正直、憂鬱になってしまう」  はぁ、と再び深いため息をつく明美ちゃん。  さっきのクーラーボックスを落としたことを言っているのだろう。  物を落とすなんて事、わたしでも沢山したことがある。お皿とかも割ったことがあるし。  でも、それがワザとではないのなら、仕方のない事であると思う。 「でも、確かにヒビは入っているみたいだけど、別に壊れている訳じゃないでしょ? 全然使えるから大丈夫だよ」 「むぅ、そういう問題じゃない。私はキリヤの役に立ちたいのだ。喜ばれたいし、嬉しくなってもらいたいのに……」  しゅん、と項垂れてしまった明美ちゃん。  どうしてそこまで、と思ってしまうのだけれど、それは桐也さんと明美ちゃんの問題なのだろう。  二人は血が繋がっていない兄妹だ。やっぱり、気を遣ったりとか、そういう事があるのかもしれない。  傍から見れば、仲の良い兄妹なんだけどな……あんなに気兼ねなく桐也さんと話が出来るのが正直、羨ましかったりする。 ■一枚絵セリカ付き 「あまり、気にしなくてもいいと思いますよ?」  その時だった。  先を歩いていたセリカさんが、こちらの歩幅に合わせたのか横に並んできた。  そうして、にっこりと微笑んで明美ちゃんを励ますのだった。 「明美さんは、いつも通りしていていいんですよ、気を張る必要はないんです」 「でも、キリヤにはいつも、いつも迷惑ばかりかけているんだ。私にも出来る事があるなら、私はそれをやりたい……」 「なら、笑顔でいてください。桐也さんが一番喜ばれるのは明美さんの笑顔です。そんな顔だと、本当に桐也さんに迷惑をかけてしまいますよ?」 「…………」 ■暗転 ■ジャバウォック突っ込み 「まったく、相も変わらず正論を吐くな、お前」 ■ゆうみ驚き 「あ、ジャバちゃん起きていたの?」  今までわたしのポーチの中で寝ていたジャバちゃんがひょっこりと頭だけ出してそう一人ごちた。  車の乗りこんだ辺りから眠いと言い出して、先までずっと寝ていたジャバちゃんは、まだ寝起きで寝ぼけているのか、その小さな口を一杯に広げてあくびをした。 「ちょっと前からこの中が蒸し暑くなった気がしたからな。……ま、テメーも無駄に落ち込んでも無駄に疲れるだけだ。その呆けた面で適当にヘラヘラ笑っていた方がまだマシだぜ?」  ポーチから出て、明美ちゃんの目の前まで飛んで言った一言。  その言葉は挑発的で、明美ちゃんがそれをどう受け取ったかは彼女の顔を見れば一目瞭然だった。 ■明美怒り 「そんなちんちくりんな格好をした貴様には言われたくないぞ!」 ■ジャバウォック皮肉 「ならもっと言ってやろうか」 「むがー! 紗希、このクーラーボックスをアイツにぶつけるぞ!」 ■紗希驚き 「きゃ、明美ちゃんそんないきなり走り出さないでぇー!」  ジャバちゃんは自分でそれこそ、ヘラヘラと笑いながらその場から逃げ出す。  当然、明美ちゃん(とクーラーボックスを一緒に持っている紗希ちゃん)はその重いものを抱えつつ、ジャバちゃんを追いかけていくのだった。 ■セリカ苦笑い 「ジャバウォックも、変わりましたね。明美さんの為にあんな事をいうなんて、びっくりしました」  いきなりの出来事に置いてけぼりを受けてしまったわたし達は、ポカンとした表情になってしまい、更にセリカさんはクスクスと笑いだした。 ■ゆうみ呆れ 「為っていうか、ジャバちゃんいつもあんな感じですよ? 口が悪いというか、喧嘩吹っかけているというか」 ■セリカ笑い 「でも、おかげで明美さんの落ち込む顔がなくなっちゃいました。それは、とても素敵な事だと思います」  なんというか、驚いてしまった……としか言いようがなかった。  わたしはそんな事これっぽっちも思わなかったし、また明美ちゃんと喧嘩するんだ、ぐらいの認識でしかなかった。  でも、確かに明美ちゃんの表情は先と全然違う。まぁ、だからと言って怒らせるのもどうなのだろうと思うのだけれど、落ち込んでいるのよりは断然いいのかもしれない。 「やっぱり、ゆうみさんと一緒にいるからでしょうか?」 ■ゆうみ驚き 「え……?」 ■セリカ通常 「私と共にいた時のジャバウォックは、あんな事をするような悪魔ではありませんでしたよ? ゆうみさんが隣にいるから影響を受けているんですよ、きっと」 ■ゆうみ呆れ 「うーん、よく分からないです」  影響を受けているというか……ジャバちゃんは最初っからあんな感じであったし、どちらかと言えば、わたしがジャバちゃんの影響を受けている、というのが正しい気がする。  あの時、お母さんと話をしようと決心出来たのもジャバちゃんのおかげだし、紗希ちゃんの時だって、ジャバちゃんのおかげで真正面からあの問題に立ち向かう事が出来たのだから。 ■ゆうみ微笑 「……でも、セリカさんの言うように、ジャバちゃんって実はそうなのかも。冷たい言葉で言っているけど、振り返ってみれば、その一つ一つの言葉が、その人の事考えての事なんだ、って分かるよ」 ■セリカ微笑 「もう少し素直であって欲しいと思いますけどね。その辺は、あまり変わらないようです」  少し行った先で、明美ちゃんの勝ち誇ったような声とジャバウォックの叫び声、そして紗希ちゃんの軽い悲鳴が聞こえてくる。  ……なんというか、もうそれだけであの追いかけっこの結末が容易に想像出来てしまう以上、あの場を収束させる必要があるだろう。多分、紗希ちゃん一人じゃ難しい筈だ。 ■セリカ通常 「さて、いつまでも立ち止まっていないで、早く追いついちゃいましょう。桐也さん達が来た時に荷物が置けなかったら大変です」 ■ゆうみ通常 「そうですね、分かりました」  そうして、わたし達はちょっとだけ小走りになって、明美ちゃん達を追いかけていくのだった。 ■暗転 ■明美拗ねる 「むー、これ、焼けているのか? 火が弱いのではないか?」 ■桐也驚き 「おい、危ないぞ明美。もうちゃんと炭が焼けているから大丈夫だよ。それ以上近づいたら火傷するぞ」 ■一枚絵食事の準備をする 「それにしても、こうして日の下で食事をするなんて、本当に久しぶりだわ」 「そうですね、大人になると、なかなか機会がないですから」 「うーん、大人になったら外でご飯食べる機会なんてない、かぁ……そんなものかな、ジャバちゃん?」 「オレに聞くなよ。まっ、お前らは学生だし、遠足なりなんなりあるだろうからあんまり分からん感覚なのかもな」 「私、山登りは嫌いだけど、こういうのは大好きだけどな」  正午。日も十分に上った状態で、これ以上にないお出かけ日和に外で皆と食事が出来るというのは、とても素晴らしいものなのだと、改めて思い知った。  桐也さんと明美ちゃんは、バーベキューで肉を焼いて、わたし達は隣で紙皿にお母さんが作った料理とセリカさんが作った料理をよそっていた  まぁ、本当は皆が好き勝手取っていくのが一番いいのだけれど、人数が人数だから、わたし達が学校の昼食の時みたいに弁当の取り合いは流石に難しいというのは分かる。  そんな事をしていたら大乱闘の域に達してしまう…… ■紗希悲しみ 「あーあ、お母さんも一緒に来れたらよかったのになぁ」 ■ジャバウォック呆れ 「いや、用事がなかったらお前も出かけていたんだろうが」 「それは、そうなんだけど……」 ■ジャバウォック突っ込み 「それはともかくよ、はるな。お前の夫はいつ来るんだ?」  う。ジャバちゃんがまたその話題を口にしたせいで、少し気持ちが重くなった気がした。  折角忘れかけていたのに、また憂鬱な気分…… ■はるな通常 「携帯のメールにはここに着いたっていうのは来ていたわよ。随分早くだったけど。この場所に私達がいるのを知らないのか、読書に夢中になっているのか。 ■はるな笑顔 そうだ、ゆうみ、お父さんを探してきなさいよ」 ■ゆうみ驚き 「う、ええええええええ!? な、ななな、なんでよぉ!」  どちらかというと、会いたくないという気持ちの方が強いのに、なんでわたしが呼びに行かなくてはならないのかっ!  ある意味……っていうか、完全な嫌がらせでしょこれ! ■明美笑顔 「ゆうみの母上、肉と野菜が少しだけ焼けたぞ!」 ■はるな笑顔 「あら、ありがとう。……わたし達はまだ盛り付けとかしないといけないし、代わりに探してきて」 ■ゆうみギャグ泣き 「別にいいじゃん、おかーさんが行っても! わたしが盛り付けをするよ!」 ■はるな呆れ 「ゆうみ、アンタの盛り付け方酷いから、探してきてって行っているのよ」 ■ジャバウォック呆れ 「まぁ、センスねーわな。確かに」  紙皿に盛られている様々な料理。やっぱりその盛り方も多種多様で、わたし、紗希ちゃん、お母さん、そしてわたしの盛り方は全然違うように見えた。  その中で、わたしの盛り方は………………… ■ゆうみ笑顔 「い、いやぁ、あれだよあれ。胃袋に入ったら全部一緒ってやつだよ、うん」 ■はるな呆れ 「なんで裁縫は全然出来るのに、料理関係になったらてんで駄目になるのかしら。これも雁崎家の血かしらね?」  ほら見なさい、とばかりにお母さんがじとっとした目で見てくる。  まぁ…………自分でも自覚出来るきたなさだから、こればっかりは……うん、どうなんだろうその辺。 「で、でもさぁ、自分で自覚出来ているだけマシだと思うな、うん。自分で盛り付け方がきたないって気づかないより百倍マシだと思う!」 ■ジャバウォック呆れ 「自覚してそのへんてこな盛り方だったら、大概で料理センスないぞお前」 ■ゆうみギャグ泣き 「裁縫は出来るの、裁縫は出来るのぉぉぉぉぉーーー!!」 ■はるな呆れ 「はい、そういうわけで適材適所よ。ゆうみは直哉さんを探しに行きなさい」 ■ゆうみ呆れ 「うううううーーーー!」  なんか、言いたい事はあるけど、反論出来ないわたし。  悶々と腕を組んで、更なる言い訳を考えたけど……結局思いつかなかった。 ■ゆうみギャグ泣き 「ああん、もう! 分かったよ分かったよ! わたしが探しに行くよーー!!」  結局、わたしがお父さんを探しに行く羽目になってしまったのだけれど……まさか、これがある問題を引き起こすきっかけになるとは思いもしなかった。  ……ってか、前といい今回とい、わたしってさりげなくトラブルメイカーだったりするのだろうか? ■ジングル ■ゆうみ呆れ 「んもー、なーんでわたしがこんな事しなきゃいけないのかなぁ……」 ■ジャバウォック呆れ 「それはこっちの台詞だ。なんでオレがゆうみの手伝いしなきゃいけねーんだよ……」  わたしのポーチから首だけ出したジャバちゃんが、ブツブツと文句を言っている。  更にわたしもぶさつく言っているので、傍目から見ればかなりうっとおしく感じるだろう。  実際、周りには誰もいない訳だけど。 ■暗転 ■公園(白黒) ■はるな笑顔 ■ジャバウォック怒り  お父さんの捜索を命じられたわたしだけど、ジャバちゃんもわたしについていくように言われた。  なんでも、ジャバちゃんが一番何もしていないし出来ないのだから、わたしの手伝いぐらいしなさい、という事らしい。  勿論、ジャバちゃんはそんな面倒な事をしたくない、と言ったのだが…… ■セリカ笑顔  セリカさんの『行きなさい』という命令文一言で、ジャバちゃんはブツブツと文句を言いながらもわたしに付いて来たのだった。 ■暗転 ■公園 ■ゆうみ拗ね  ジャバちゃんとセリカさんの関係って、どうだったのだろう。  セリカさんが、ジャバちゃんの元パートナーというのは聞いた。 だから、わたしとジャバちゃんが最初に会った日、『勇気がなくて伝えられなかったヤツ』の事をジャバちゃんが話していたけど、多分それはあの人の事を言っているのだろう、という事も分かった。  最初は単純に会ってみたい、なんて思っていたけど実際こういう状況になると、ドキマギしてしまうというか、なんというか…… ■ジャバウォック通常 「しかし、広いっても三十分もかからずに見回れる程度なんだな」 ■ゆうみ驚き 「…………え? あ、ごめん、聞いてなかった」 ■ジャバウォック呆れ 「ここの公園は言うほど広いか? って聞いているんだよ」 「え、えっと、まぁ、そうだね。 ■ゆうみ通常 とはいえ、それでも大分広い部類には入ると思うけどね」  ここの公園は、適当に花を植えている訳ではなく、並べ方や花の色の違いなのできちんと分けているようだ。  またそこも花公園と言われる由縁で、この花のコントラストが絶景を生み出しているのだった。 ■ジャバウォック通常 「……お前、自分の親父かセリカの事考えていただろ?」 ■ゆうみ驚き 「えっと……う、うん、よく分かるよね、本当」 ■ジャバウォック突っ込み 「この状況下で考え事するなんて、それぐらいしかないだろう。ま、セリカの方は気にするな。別に取って食うようなヤツじゃないし、聞きたい事があればなんでも教えてくれる筈だぜ。 ■ジャバウォック呆れ 少なくともエリスより信頼出来る………って、ん?」 ■ゆうみ通常 「ジャバちゃん、どうかした?」 ■ジャバウォック突っ込み 「いや、目の前のヤツ」 「目の前?」 ■お座りをしているワンタロー  考え事をして、ジャバちゃんとお話をしていたから全く気付かなかったけれど。  わたし達の目の前には、大きな犬が行儀よくお座りをしていた。  かなり、大きな……超大型犬に値する犬だろうという事は分かったのだけれど…… 「この犬、なんて犬?」 「なんだよ、知らねーのか。セントバーナードだよ。世界で一番大きな犬だ」 「へぇ〜、野良かな?」 「んなまさか。野良のセントバーナードなんているかよ。大体、日本は保健所がきちんと対応してるじゃねーか。野良犬って実はそういないもんなんだぜ」 「へ、へぇ……そうなんだ」  尻尾を振っているそのセントバーナードは、こちらをずっと見て動こうともしない。  この子が野良犬じゃないという事は、今日、ここの公園に連れてきた人がいるという事になる。  ……なんだか、無性に触りたくなって仕方がないのだけれど、いいのだろうか……噛まれたり、しないだろうか。 ■公園 ■ジャバウォック呆れ ■ゆうみ照れ ■ワンタロー通常 「さ、触っていいよね、いいよね?」 「知るか。つーかお前の親父探しはどうしたんだよ」 「な、なんかそんな事どうでもいいような気もするんだよ」  ああやって、その犬の隣まで近づくと、わたしはゆっくりとその頭を撫でた。  なでなで。なでなでなでなでなでなで。 ■ゆうみ笑顔 「はわぁぁぁぁぁぁ……! この子おとなしいよ、柔らかいし温かいよジャバちゃん!」 「はいはい、そりゃよかったな」 「………………」  撫で続けて、今度は抱きしめてもいいかな、と更なる欲望が頭を出し始めた。  昔、自分と同じぐらいの人形をぎゅう、と抱きしめた事があったけれど、わたしも結構そういうのが好きな人間だ。  大型犬を抱きしめるのも、凄く気持ちよさそうだし、撫でるのも大丈夫だったのだから、それぐらいしてもいい、よね……? 「…………」 ■ジャバウォック呆れ 「……ん? なんだよ」  その時だった。そのセントバーナードがゆったりとした動作で立ち上がると、わたしに……ではなく、ポーチから顔を出しているジャバちゃんの方に顔を向けた。 ■ゆうみ笑い 「あは、キミ、ジャバちゃんに興味あるの?」  それは、ある意味当然なのかもしれない。  割と人懐っこいような感じがするし、人間とは全然大きさが違う子がいたら、そっちに興味が惹かれてしまうだろう。  案の定、その子はジャバちゃんの臭いを嗅ごうとする。 ■ジャバウォック怒り 「ええい、犬っコロのくせに臭い鼻を近づけるんじゃねぇ!」  ただ、ジャバちゃんはそれが気に食わなかったのか、入り込んでいたポーチから離れて、空を飛んでその犬と距離を置こうとした。  その時だった。 ■SEガブリ ■暗転 「……あ」 「……あ?」  一瞬の出来事で、わたしはただただ目を丸くして事の有り様を呆然と見る事しか出来なかった。  ジャバちゃんも、最初はわたしと同じだったであろう。  けれど、いち早く今の状況に気づいたジャバちゃんは、悲鳴にも罵声にも聞こえる叫び声で、その子に抗議をするのであった。 ■ワンタローに頭より下を食べられてるジャバウォック 「て、ててててて、てめええええええ!! 何オレ喰ってるんだよ、おいこらああああああああ!!」  そうなのだ。このセントバーナードは、ジャバちゃんの頭よりも下を、パクリと食べてしまったのだ。  ジャバちゃんの空を飛ぶ、と言っても大したスピードもない。仮にジャバちゃんが全力で空を飛んだとしても、わたしが強歩で歩いても追いつける程度の速さだ。  それは、この子からすれば虫が飛んでくるような感覚なのかもしれない。 ……なんか、虫とか口で捕えて遊ぶとかなんとか聞いた事がある。残酷な話だけど。 「お、おい、ゆうみ、お前、助けろよおい!」 「あ、うん、ご、ごめん、どうしたらいい? 頭掴んで引っ張ればいいの?」 「なんでもいいから早く助け…… ■ジャバウォック笑い状態 ひゃひゃひゃ、ぎゃっはっはっはっはっは!」 「ど、どうかしたのジャバちゃん!?」  いきなり、怒ってばかりだったジャバちゃんが爆笑しだした。  勿論、わたしには何が起こっているのかは分からない。 「あっひゃっひゃひゃ、 ■ジャバウォック怒り て、テメ、オレの体を舐めるなっ! あれか! 新しい獣姦プレイかーーーー!」 「え、えっと、全然言っている意味分からないんだけど……」  一人で怒ったり笑ったり、また怒ったりとなんだか楽しそうなジャバちゃん。  なんだかよく分かっていないけれど、別に助けなくてもいいんじゃないかなぁ……? ■暗転 「……!? お前、ちょ、何処に行く……ってーーー! ゆうみ、助けろーーー!」  そう思った瞬間だった。そのセントバーナードは、ジャバちゃんを口に咥えたまま踵を返し、何処かへと走って行ってしまった。 ■公園 ■ゆうみ驚き 「……はっ! あ、ジャバちゃん追いかけなくちゃ!」  状況に呑まれて判断が遅れてしまい、今更になってハッとなってしまった。  お父さんを探しに行くってところから脱線しちゃうけど、あのままだとジャバちゃんがどうなるか分からないし、早く追いかけないと……! ■公園→公園通路 ■ゆうみ呆れ 「はぁ、もう、ジャバちゃん何処に行っちゃったんだよ……」  一応、走ったのは走ったのだけれど、勿論犬の足の速さに叶う訳もなく、ただただ闇雲に走る羽目になってしまった。 ■明美通常 「おーい、ゆうみー!」 ■紗希笑い 「あ、ゆうみちゃん、いたいた!」 ■ゆうみ驚き 「え? あれ、二人ともどうしたの?」 ■明美怒り 「どうしたではない、思った以上に遅かったから私達が探しに来たのだ」 ■ゆうみ悲しみ 「ご、ごめん…… ■ゆうみ通常 あれ、でもおとーさんまだ見つけてないけど」 ■紗希苦笑い 「そ、それがゆうみちゃんと入れ違いになって来ちゃったの。だから、ゆうみちゃん達が戻ってくれば全員揃うの」 ■ゆうみ悲しみ 「そ、そーなんだ……ははははは」  お父さんが戻って来ている。それを聞いた途端、胸がズキリと痛んだ。  どうしてか分からないけれど、どうしようもない事だった。 「そういう訳だ。ほら、戻るぞゆうみ! もう皆腹ペコなんだからな!」 ■ゆうみ驚き  ぐい、とわたしの手を引っ張る明美ちゃん。  そう言われ、わたしもお腹が鳴りそうで、片方の手でお腹を押さえた。  もうご飯を食べよう、って時に走ってしまったから、それが余計に感じてしまう。 「あ、う、うん……ちょ、ちょっと待って」  でも、それ以上にジャバちゃんの事が心配である。  わたしは足を踏ん張って明美ちゃんの足を止めると、案の定彼女はこちらを向いて首を傾げるのだった。 「…………? ゆうみ、どうかしたのか?」 ■紗希悲しみ 「やっぱり、お父さんと会うのが嫌なのかな?」 ■ゆうみ呆れ 「いや、そうじゃなくて……いや、それもあるんだけど、そうじゃなくて、ジャバちゃんがね……」 ■暗転  そこで、ようやく事の事情を説明する事が出来た。  一匹のセントバーナード犬に会った事、そして、その犬がジャバちゃんを咥えて何処かへと言ってしまった事……  何処に行ったのか、もう見当がつかないけれど、探さない訳にもいかないのだ。 ■公園 ■明美呆れ 「ああ、そういう事があったのか」 ■紗希悲しみ 「ジャバちゃん、大丈夫かな……やっぱり探しに行った方がいいのかな?」  紗希ちゃんまでオロオロと周囲を見渡す。もしかして、周りにジャバちゃんがいるのでは、と考えたのかもしれないが、結果は変わらない。  更に、明美ちゃんが嘆息を付くと、つまらなそうに口を開くのだった。 ■明美通常 「大丈夫だろ。それぐらいで死ぬようなやつじゃないし。心配するだけ無駄だぞ?」 ■ゆうみ怒り 「そ、それはあんまりだよ明美ちゃん! ■ゆうみ悲しみ ジャバちゃんが行方不明なんだよ? 今頃寂しくて泣いてるよ」 ■紗希苦笑い ■明美呆れ 「いや、それはない」 「それはないと思いますけど」 ■ゆうみギャグ泣き 「ううっ、二人に突っ込まれたああ」  そうだよね、少なくとも寂しくて泣いているような子じゃないもんね、ジャバちゃん。  なんか、それはそれで悲しいような気もするのだけれど……わたしがおかしいのかもしれない。 ■明美通常 「まぁ、冗談はともかく、だ。ジャバウォックなら余程な事がなけりゃ問題はない。それより、お前までいなくなって皆で探す方がよっぽど手間だし面倒になるぞ?」 ■紗希通常 「そう、だね。みんな心配しているし、一度戻ろう? そのあとまた探しに行けばいいよ」 「う、うん、そう、かな……」  何処にいるのか分からないジャバちゃんを闇雲に探しても仕方がないのかもしれない。  それに、元パートナーだったセリカさんに聞けば、ジャバちゃんの見つけ方とか案外あるのかもしれないし……とりあえず、一度戻ろう。  そう決めたわたしは、明美ちゃんが引っ張られるがままに、その場を後にする。  もうちょっとだけ、待ってね、とジャバちゃんに、心の中で言いながら。 ■暗転 ■雀の鳴き声 ■はるな笑い 「はぁ、こんないい天気にビール飲めるなんて、最高ね!」 ■セリカ笑い 「はい、最高ですね! はるなさん、まだまだあるのでガンガン飲んじゃいましょう!」 「当然、飲みまくるわよー!」 ■明美怒り 「むぅ、セリカ駄目だぞ! ビールは一日一本とあれ程キリヤが……!」 ■紗希困惑 「そ、そうですよ、お酒の飲みすぎはよくないんですよ!」 「いいんですいいんです、こういう時に日頃の鬱憤を晴らさないでどうするんですか。はぁ、それにしても紗希さんのお肌、凄くすべすべしていて気持ちよさそうですねー」 ■紗希驚き 「へ……? きゃあ!」 ■SE振動音 ■明美呆れ 「ああ、紗希が酒乱の犠牲に……」 ■はるな笑顔 「じゃあ、わたしは明美ちゃんをいただきますー。うりうりうりうり〜」 ■明美驚き 「ぬあ!? お、落ち着くのだゆうみの母上! って、うわあああ!」 ■ゆうみギャグ泣き 「ああ、とうとう二人とも犠牲になっちゃった……」  ちらり、とスカートのポケットに入れている携帯の時間を覗き込むようにしてみる。  あれから、おおよそ三十分の時間が流れようとしている。 ■暗転  紗希ちゃんと明美ちゃんに連れられ、合流したわたしは、そのまま食事をとらないといけないような流れになって、ジャバちゃんの事が伝える事が出来ずにここまで黙々と昼ご飯を食べている状態になっていた。  お母さんとセリカさんは、食事の前に酒に手を付け、ご覧のようにベロンベロンの状態。お母さんが悪酔いするのは知っているけど、セリカさんもなかなかそれに負けていない。 ■桐也苦笑い  桐也さんも、ああなるとどうにもならないらしく、苦笑いをして、その光景をただ眺めるだけだった。  でも、桐也さんがお手上げなら、この事態を誰が収めるんだろう……いい加減、ジャバちゃんの事を話したいのだけれど……雰囲気がそれを許しそうになかった。  勿論、この場から立って一人離れる、というのもアリなのかもしれない。けれど、またそれも今の私には難しい。なぜなら―――― 「はるな、いつもあんな感じだったか?」 ■ゆうみ拗ねる 「さぁ? おかーさんはあんまり酒飲んだりしないけど、飲んだ時は凄いからね」 ■胡坐をかいてゆうみの方を見る直哉と、居心地悪そうに正座をしてご飯を食べているゆうみ 「ゆうみは酒を飲んだりはしないのか?」 「するわけないじゃん。わたし、未成年だし」 「ま、それはそうなんだが。今どきの子どもは普通に飲むっていうし」 「そんなの知らないよ。少なくともわたしは飲まないってば」 「そうか」  わたしは、父親の相手をしなくてはならなかった。  柏木 直哉。それが、わたしの父の名前だ。三年前まで単身赴任で海外に出て行ったきり、顔も声も聞かなかった人が、今わたしの隣にいた。  だからこそ、わたしは何を言ったらいいのか分からなかったし、どう接していいのかが分からない。  わたしからすれば、自分とお母さんをほったらかしにして海外に出た、という印象が強い。  だから、この人が帰ってくるのを、素直に歓迎する事が出来なかった。 「しかし、ゆうみも中学生か。大きくなったな」 「別に。そんなに変わってないよ。わたし、ここ最近あんまり身長とか色々伸びてないんだよね」 「気にする必要はないだろ。今が丁度成長時だ」 「そんなものかな」 「そんなものだよ」  …………。  ……………………。  …………………………………………。  か、会話が続かないっ……!  い、いや、確かにそれはそうなのだ。  娘と父親の会話ってこんなもの、らしい? のだから、別におかしくもなんともない……のかもしれない?  けど、どちらにしろ堅苦しくて息苦しくて鬱陶しいのには変わりはないのだ。 ■はるな笑顔 「はぁ、やっぱりこの年頃の子は肌がすべすべだわ……!」 ■セリカ笑顔 「まったくもってうらやましい限りですわ、ヒック」 ■明美紗希驚き 「ひいいいいいいいぃぃ……!」  相変わらずあっちはあっちでとんでもない事になっているし、わたしの今の状況を助け出す人は皆無であった。  桐也さんは桐也さんで、あの四人に入り込む勇気はないし、わたし達を親子の邪魔をしてはいけない、といった感じもあり、何処となく手持無沙汰のような感じだった。  はぁ、こういう時にジャバちゃんがいてくれたら、全然違うのに…… ■直哉通常 「ところでゆうみ。……確か、ジャバウォックとか言ったか? その子は、何処にいるんだ?」 ■ゆうみ拗ね 「え? ジャバちゃん? あー、ジャバちゃんは…… ■ゆうみ驚き って、なんでジャバちゃんの事を知ってるの!?」  父から、何気もなしにその名前が出てきたので、気づくのが遅れてしまったが、どうしてジャバちゃんの事を知っているのだろうか? 「知ってるも何も、お母さんから聞いたんだよ。写メを添付したメールがその日のうちに送られてきたけど」 「へ、へぇ、そうなんだ。 ■ゆうみ拗ね でも、よくジャバちゃんの事で驚かないね? お母さんもそうだったけど」 「まぁ、似たようなのと昔会った事があったし。ここの地域で、俺達のような年代だったら、さして驚きもしないと思うが」  ……そういえば、お母さんも似たような事を言っていたようなきがする。  確か、天使がいたとかなんとか……? ■ゆうみ驚き 「って、そんな事言っている場合じゃなかった。おとーさん、ジャバちゃんの事を知ってるなら話は早いよ。今ジャバちゃん、行方不明なんだよね」  話が脱線しそうになったところでようやく、その話を切り出す事が出来た。  お父さんがジャバちゃんの事を知らなければ、わたしもその話をする事が出来ない。しかも、周りの状態が状態だけに、そちらに言う事も出来なかった。  けれど、お父さんがジャバちゃんの事を知っているなら話は別。  とりあえず、入れ違いでわたし達がお父さんを探しに行った時の顛末をかいつまんで話した。 ■直哉呆れ 「それで、そのセントバーナードを探せばいいわけか」 ■ゆうみ通常 「うん、食われたままどっか行っちゃったから、皆目見当もつかないわけなんだけど……」 ■直哉通常 「……多分、あれの事じゃないのか?」 ■ゆうみ驚き 「……え?」 ■暗転 ■ワンタローと、ジャバウォックで遊ぶ香苗  お父さんが指差した先……ちょうどわたし達が座っているところの五メートルも離れていない距離。  そこを歩きながら、わたしが見たセントバーナードはいた。けれど、それだけじゃなかった。  その隣には、まだ幼稚園に通うぐらいの年齢であろう子がいたのだ。 「おぃ、いい加減離せよこの糞ガキ!」 「やーだー、もうお人形さんはあたしのものなの! ね、ワンタロー?」 「…………」  そして、その子にあれこれ弄られているジャバちゃん。髪の毛を引っ張られたり、服を引っ張られたりして、完全におもちゃと化している。 「……どういう状態なんだろ」 「分かるわけがないだろう。とりあえず、困ってるようだし助けたらどうだ?」 「う、うん……」  なんか、流れ的にジャバちゃんの取り合いになりそうな気もするけど、そんな事も言ってられないので立ち上がり、その子の元へと駆け寄るのだった。 ■暗転 ■ゆうみ呆れ 「ジャバちゃん、何やってるんだよ?」 ■ジャバウォック涙目 「おお、遅いじゃねーか馬鹿野郎! 別に助けてほしいなんて言ってないんだからな!」 「はいはい、分かったよ」 ■香苗 「……おねえちゃん、だぁれ?」  その小さな女の子は、セントバーナードに身を寄せ、訝しげにこちらを覗き込んでいる。  その瞳は、純粋な警戒心の色があった。 ■ゆうみ笑い 「えーっと、わたしは柏木 ゆうみって言うんだけど」 ■香苗 「……? ゆうみおねえちゃん?」 「うん。それでね、えーっと、その子はウチの子なんだよね……」  そこまで言って、その次の言葉が言えなかった。  だから、返して? と言ってもこの子を悲しませる、あるいは泣かせる事にしかならない気がするからだ。  そりゃあ、この子から無理矢理ジャバちゃんを取り返すのは簡単だと思う。 それぐらい、この子は幼いし、わたしは大人に近い。いくらなんでも力の差は歴然なのだから。  でも、それをしたらいけないというのは誰にでも分かる事だった。 ■香苗悲しみ 「でもこの子、ワンタローが拾ってくれてあたしにくれたよ?」 ■ジャバウォック呆れ 「おい、誰が拾った、だ。勝手にこいつがオレを咥えて来たんだろうが」 「……? そうなの、ワンタロー?」 「…………」  その子がワンタローと呼んだセントバーナードは、彼女の問いかけに特に反応する事無く、ゆったりとした動作で伏せてリラックスモード。  いや、そもそも犬に聞いても確認のしようがないと思うんだけど……その辺はやはり幼い子ども、といったところなのかもしれない。 「そっか、違うんだ。じゃあ、はい」  …………とか思っていたのに、なんか話が通じていたっぽい。原理とかよく分からないけど。そのワンタローって犬も、ワンも何も言っていないような気がしたけど。 ■ジャバウォックギャグ泣き 「うおおおおお! ゆうみー! 死ぬかと思ったー!」 ■ゆうみ呆れ 「はいはい、お帰りなさい…… ■ゆうみ驚き って、臭い! ジャバちゃん変な臭いがする!」 ■ジャバウォック通常 「だって、あの犬っコロに咥えられてから体洗う暇がなかったし」 ■ゆうみ拗ね 「そこに洗面所あるから、洗いに行きなよ」 ■ジャバウォック皮肉 「おう、そうだな。あと、お前のポーチに入っているオレの予備の服貰うぜ」 ■ゆうみ呆れ 「はいはい………… ■ゆうみ驚き はっ! 着せ替えるチャンスが!」 ■ジャバウォック皮肉 「ひひひ、遅いぜ!じゃあなー!」  わたしの肩にからっているポーチから、わたしが念のために準備しておいた衣装をひったくる様に取ると、一目散に洗面所の方へと向かっていった。  本当は、本当の本当は追いかけたいところだけど、この子も放っておけないので、腰をかがめてその子と同じ目線で話しかける事にした。 ■ゆうみ笑顔 「えっと、そういえば、あなたのお名前は、なあに?」 ■香苗笑顔 「かなえ! よんさい!」  元気にそういって、右手で親指だけまげて、4を示した香苗ちゃん。  ジャバちゃんを手放した事がちょっとショックだったのかも、なんて思ったが、そんな感じではなかったので、ちょっと安心してしまった。 「そっかー、香苗ちゃんかー、そういえば、パパとママはいないの?」  それは、別段意識もしなかった質問だった。こんな小さな子が一人で山の中にあるこの公園に来ることはすごく難しい事だと思うし、わたしだって一人だったらわざわざ行こうとも思わない。  ゴールデンウィークの連休で、家族連れでやってきた、という感じなのだろう。 ■香苗驚き 「え? パパと、ママ?」 「うん、そうそう。パパとママはどこにいるの?」 ■香苗通常 「あっちの方。あそこでご飯食べてる」  香苗ちゃんが指を指すが、どの辺りかはよく分からない。とりあえず、あの指を指す辺りにいるんだろうな、と納得するしかなかった。 ■ワンタロー通常  その時、ワンタローがむくり、と起き上がると、ぐるぐると香苗ちゃんとわたしの間を回っていく。  単にそれは遊んでほしいというこの子のなりの表現なのかどうかは分からないけど、香苗ちゃんはそう捉えたそうだった。香苗ちゃんはワンタローの頭を撫でると、にっこりと笑うのだった。 「えへへ、ワンタローが、全然遊び足りないって!」  暗に、わたしと一緒に遊ぼう、と言っているようだったので、わたしはそれに頷く事で答えるのだった 「うん、いいよ。じゃあ、お姉ちゃんと遊びに行こうか!」 ■明美、紗希ギャグ泣き 「私達も連れて行ってーーー!!」  その時、まるで雪崩れ込むように二人がわたしの背中に抱きついてきた。  あまりにも激しい勢いだったので、そのまま倒れそうになったけれど、なんとか踏みとどまる。 ■ゆうみ驚き 「おおおお、ど、どうしたの二人とも!」 「もう私はここに居たくないのだ! 喰われる、喰われてしまう!」 「このままじゃお嫁にいけない体にされちゃいます……!」 ■ゆうみ呆れ  ……一体何があったし。  いや、お母さんとセリカさんに絡まれているのは見てたけどさ、生憎とその光景は見ていないので、彼女達がどのような体験を味わったのかは分からない。  ただ、ロクな目にはあっていないのは間違いないようで、二人とも心底怯えている。 ■セリカ笑顔はるな笑顔  しかし、酔っ払いが二人に増えると本当にとんでもない空間になるんだね。 ■桐也直哉呆れ  紗希ちゃんと明美ちゃんがいなくなって、白羽の矢が立った男二人に酔っ払いが迫る。  勿論、助ける気なんて起きない。運が悪かったのだ。仕方がない。 ■香苗笑顔 「お姉ちゃん達も、一緒に遊ぶの?」 ■明美笑顔 「うむ、人数は多い方が楽しいぞ?」 ■紗希笑顔 「そうそう、でもここは危険だからあっちの方にいきましょう、さささ」 ■香苗驚き 「えうう……? 香苗、一人で歩けるよ?」 「気にするな」 「この場に留まり続けるのは百害あって一利なしだよ、うん」  そうやって、紗希ちゃんも明美ちゃんも、香苗ちゃんの背を押して、その場から離れようと奥にある小さな遊具場へと向かう。  よっぽど、この場には居たくないらしい。というか、また二人に捕まるのが怖いのだろうな、と漠然と考える。 ■ゆうみ笑顔 「それじゃ、行こうかワンタロー?」 「…………」  ジャバちゃんは着替えたっきりでいないけど、わたしの居場所は分かるようだし来るときは勝手に来るだろう。 ■ゆうみ通常 「おかーさん! ちょっとそこまで遊んでくるよー?」 ■はるな笑顔 「はいはい、気を付けてね怪我しないでねー?」  カラカラと笑ってこちらに手を振るお母さん。明日は間違いなく二日酔いだね、うん。 「そういえば、香苗ちゃんの両親に、この事言わなくてもいいのかなぁ」  いくら公園内に親がいるとはいえ、こんな小さな子が一人でいるとなると、どうなのだろう、と思わない事もない。 「ま、とりあえずはいっか」  ただ、行ったところで両親が誰だか分からないし、わたし一人ではどうにもならない事だった。  幸い、三人が向かった場所は、ここからでも十分に見えるし、何かあれば桐也さんが駆けつけてくれると思う。  そうやって、自分の中で不安を取り除くと、ワンタローと一緒に三人の元へと走り出すのであった。 ■ジングル  ここが遊び場といっても、随分と規模が小さいのは紛れもない事実だった。  そもそも、ここは花公園であって、そういう遊び場……例えば、ブランコとか、上り棒とか、鉄棒とか、わたり棒とか。そういう遊具がまったく見られなかった。  とりあえず、大きいものを一つ準備すれば見れるだろう、と言った感が丸見えで、この点に関してはどの公園よりもつまらなく感じてしまうだろう。  しかし、そう考えること自体が、大した事ではなかったと実感するのだった。 ■香苗驚き 「うわぁ、明美おねーちゃん動かしたらダメー!」 ■明美笑顔 「何をいう、これは元々足場が動くようになっているのだろう? という事は思う存分動かしていい、という事だ。ほらほら、早くこっちに来ないとおーちーちゃーうーぞー」 そうやって、明美ちゃんはその橋を両手で動かし、香苗ちゃんが今渡ろうとしている動く橋を、意図的に揺らしていく。  勿論、明美ちゃんのいうように元々そういう構造であり、安全も考慮して、橋のサイドは人が落ちないようにきちんとされている。  そもそも、明美ちゃんが言っている以上に揺れている訳でもない。  案の定、苦戦しながらも、泣く事なく香苗ちゃんは見事に橋を渡りきった。 ■香苗笑顔 「渡れた! 香苗すごい!」 ■紗希笑顔 「うん、凄い凄い! ああ、本当にこの頃の子って可愛いなぁ……!」  こちら側にたどり着いた香苗ちゃんを迎えたのは、紗希ちゃん。  抱きかかえるような感じで彼女を抱きしめる。  今や、香苗ちゃんはわたし達の妹のような存在となってしまっていた。  わたしも紗希ちゃんも明美ちゃんも妹がおらず、更に歳の離れた、となるとちょっとした憧れがあったりするのだ。  特に、この頃の年頃は、可愛い。感じる、とかじゃなくて、本当に可愛いのだ。  それは単純にその無垢な笑顔に魅せられるからなのか、自分達も一度は経験した過去に憧れを持ってしまうのかどうかは分からない。  でも、まったく血の繋がっていない、しかもさっき会ったばかりの女の子が愛おしくて堪らなかったりするのだ。  ああ、わたしに妹とかいたら、絶対に甘やかすんだろうなぁ…… ■明美笑顔 「お、ワンタローも来るぞ?」  香苗ちゃんの後を追いかけるように、ワンタローもトタトタとのんびりとした歩きでこちらへとやってくる。  当然というかなんというか、明美ちゃんは香苗ちゃんの時と同様に揺れ動く橋のところで橋を動かし、ぐらぐらと揺らす。  しかし、そんな事にも歯牙にもかけず、とっとと渡りきるワンタロー。  うん、やっぱりこれぐらいじゃあ、なんともないんだろうね。 ■香苗笑顔 「ワンタロー、ワンタロー!」  紗希ちゃんの腕を解いて、ワンタローと呼ばれるセントバーナードに駆け寄る香苗ちゃん。  それと一緒に、わたし達もワンタローに近づいて撫でたり触ったりするのだった。  この犬も、わたし達に大人気だった。これまたわたし達はペットを飼っている訳でもないし、しかも触っても大丈夫だと分かると、この犬に心を奪われてしまうのは、当然の事だった。  ここまで来ると、香苗ちゃんやワンタローと一緒に遊んでいる、ではなく、香苗ちゃんとワンタローに遊んでもらっている、というのが最早適当な表現なのかもしれない。 ■香苗笑顔  香苗ちゃんは、その場所に付けられていた網上に編まれたロープに気づき、面白がって降り始める。  落下するかも、なんて心配してしまい、ちょっと慌ててしまったがよくよく見ると、非常に滑らかな傾斜で、手を滑ってもそのまま転がり地面に落ちないようになっている。  昔、こういう遊び場で遊んだ事はあったけれど、実はそういう配慮がされている事に今改めて気づく。  子どもの事を考えた作りを。実際にわたし達消費者や利用者にはまったく気づかないところでも、作る側の人達は、本当の色々な事を考えているのである。 「明美さーん、紗希さーん、ゆうみさーん!」  その時だった。向こう側から声がわたし達を呼ぶ声が聞こえてきた。  誰だろう、と思って振り返ってみると、 ■セリカ通常 ジャバウォック通常  そこにはセリカさんとジャバウォックがいた。 ■紗希笑顔 「あ、ジャバちゃんがお着替えしてる、可愛い!」 ■明美呆れ 「何処がだ? 服はともかく、あいつが似合ってないだろ」  まったくもって意見の分かれる二人。  特に明美ちゃんのは、服の感想ではなくジャバちゃんに対してのものである。  よく分からないんだけど、なんで二人ともこんなにも仲が悪いのかなぁ。聞いても二人とも話してくれないし。 「え? え? お人形さんお着替えしたの? あたしも見たい、あたしも見たい!」  さっきまで降りようとした香苗ちゃんだけど、わたし達の言葉を聞いて、慌てて登り始める。 ■香苗通常 「お人形さんどこ? お人形さんどこ?」 ■ゆうみ笑顔 「あそこだよ、ほら」 「あ、本当だ! お着替えしてる!」  ジャバちゃんの姿を確認した香苗ちゃんは、ぴょんぴょんと飛び跳ねてそちらに手を振っている。  対してジャバちゃんはウゼェ……と言わんばかりの表情で、しかしこちらへと向かって飛んでくる。本当、素直じゃないと思う。 ■香苗笑顔 「その服、とっっても似合っているよ!」 ■ジャバウォック呆れ 「あ、そーかよ。別にオレは好きでこれに着替えたわけじゃねーんだよタコ」 ■香苗通常 「タコ? なんでタコなの?」 「別に。なんでもねーよ」 ■ゆうみ通常 「それよりジャバちゃん、どうかしたの?  ■ゆうみ笑顔 あ、ジャバちゃんも遊びに来たの?」 「んなわけあるか。……おい、ガキんちょ。お前の親が迎えに来てるぞ?」  くい、と親指を後ろにやると、セリカさんよりちょっと離れた位置で、こちらを見ている一組の夫婦がいた。  多分、あちらの二人が、香苗ちゃんの両親なのだろう。  当たり前、といえば当たり前なんだろうけど、遠目から見ても凄く若々しい格好をしている。  少なくとも、うちの両親よりは全然若いだろう。何故か、それがちょっぴりうらやましく感じてしまうのは何故だろうか。 ■香苗笑顔 「あ、パパ、ママー!」  香苗ちゃんも二人に気づき、ぶんぶんと小さな手を一生懸命に振っている。  そうして、わき目も振らずに揺れる橋をさっさと渡り、地面へと降り立つ。 ■紗希笑顔 「通る時は凄く怖がっていたのに、ぜんぜんへっちゃらみたい」 ■明美通常 「私が揺らした、というのもあるだろうが、親を見た安心と比べたら、この程度の恐怖なんてないも同然だろう」 ■ゆうみ通常 「そんなもの?」 ■明美通常 「良くも悪くも、親しか見えないっていう事だろうな。それだけ、親の存在は大きいものだ。ゆうみも紗希もそうではないか?」  そう、明美ちゃんに言われてわたし達は顔を見合わせる。  小さい、幼い頃の事なんて、あんまり覚えていないし、どうだったのだろう?  少なくとも、お父さんの後ろはついて言ってないと思う。うん、てかそうだったらなんか嫌だ。 ■紗希通常 「うん、多分、そうだったと思う。やっぱり外は怖いもん。お母さんにぴったりくっついていたと思うよ?」 「わたしはよく分かんないや。あんまり昔の事って覚えてないんだよねー」  あははは、と笑いながら、なんで昔の事を覚えてないんだろう、とちょっと疑問に思った。  わたしはここ三年間父親が不在でこそあったが、両親は健在である。それに対して、紗希ちゃんはお父さんを早くに亡くし、明美ちゃんは両親が誰かも分からない状態である。  その二人に比べて、わたしはずっと恵まれてるはずなのに。二人の語る両親像が、わたしのモノよりずっとずっと、優れているような気がする。  もっと突き詰めて言うと。親に対する想いが違う。  それは、羨望もあるだろう。願望もあるだろう。誇張されている部分もあるだろう。 けれど、それを含めて二人の両親はとっても素敵な人なんだというのが、直接会わなくても、会う機会が永遠になくとも感じ取れる。  それが、まるで自分が親に対して何も思っていないような気さえさせて…… ■明美通常 「ほら、私達も早く降りよう。セリカが待ってる」 ■紗希笑顔 「そうだね、ゆうみちゃんも早く!」 ■ゆうみ驚き 「あ、うん、そうだね…… ■ゆうみ悲しみ ねぇ、紗希ちゃん。ちょっと聞いていいかな?」  歩きながら、どうしても気になる事があって紗希ちゃんに声をかけた。  勿論、彼女は特に気にすることなく、いいよ、と言ってくれた。  ……それに対して、断ってくれた方がよかったのに、なんて矛盾した事を思いながら、わたしは口を開く。 「紗希ちゃんはね、おかーさんの事……もし生きていたら、おとーさんの事、好きだったと思う?」 ■紗希驚き 「え……? どうして?」 ■ゆうみ笑顔 「あ、あはははは、ごめん、変な事聞いたね。ごめん、特に理由はないんだよ。 ■ゆうみ悲しみ ただ、さ……』  なんかもう、自分自身が何を言っているのかが分からなくなってきていた。  どうしてか、胸がモヤモヤする。罪悪感? それとも、別の何か。  本当に、本当に分からないから、質問する内容すら自分で分かってない。 ■紗希笑顔 「そうだね……私は、好きだよ。お母さんと喧嘩する事もあったけど、お母さんの事は好き。それは間違いないし、お父さんだって、もし生きていたなら好きに決まっているよ。だって、お父さんだもん」 ■ゆうみ微笑 「そっか……そうだよ、ね」  家族だから、大好き。  それは、とっても当たり前だと思うのに。  どうして、わたしの中で当てはまらないんだろう?  お母さんは、そんな事はない。そりゃ、紗希ちゃんが言っていたように喧嘩でもする。言い合いもする。でも、好きだ。だって、お母さんだから。  でも、お父さんは……駄目だ。その辺りから、ノイズが走る。  何かが駄目なのだ。何かが、何かが。  これが単に自分の反抗期ってやつなら、ありがたいのだけれど、実際はどうなのだろうか…… ■紗希笑顔 「ゆうみちゃん、お父さんの事で悩んでるの?」 ■ゆうみ笑顔 「ん、まぁ、そんなとこ。そりゃいきなり帰ってきて父親面はないと思うんだよね、わたし的には」 ■紗希悲しみ 「…………」 「ま、気にしないでいいよ。どーにかなるものじゃないしね」  それより、早く行こう、とそのアスレチックから飛び降りるようにして地面に落ちた。  別に、一メートルぐらいの段差程度なら訳ない。ただ、紗希ちゃんは流石に怖かったのか、きちんと段差を下りてやってくる。 ■セリカ笑顔 「もうそろそろ、帰る準備するらしいですよ? 何か忘れものとかしてませんか?」  迎えに来てくれたセリカさんが、にっこりと微笑んでいる。あれ、確かビール飲んでいるんじゃなかったっけ?  あの時、あれだけギャーギャーお母さんと騒いでいたのに、頬も赤くなってないし、呂律は回っているし、足はしっかりしているし。 ■明美呆れ 「何故か知らんが、セリカが酔うのは一時間もないんだ。その後は、素面みたいにケロッとしてるんだ」  その答えを、明美ちゃんが答えてくれた。なんでも、アルコール系を摂取するとすぐに酔うのだけれど、代わりにこれまたすぐに酔いが冷めるとか。  しかも、それのおかげか二日酔いを一度も体験したことがないらしい。それってすごいよね。ってか、人の構造上それってありえるのかが疑問だよ。 ■紗希ギャグ泣き  ほら、今追いついてきた紗希ちゃんもセリカさんが近くにいるだけでこの有り様だよ。 ■ゆうみ苦笑い 「ああ、ほらほらよしよし。 ■ゆうみ通常 セリカさん、わたし達は特に忘れ物なんてしてませんよ?」 ■ジャバウォック突っ込み 「そういう事を言うやつほど、忘れ物をするんだよ。お前はフラグ一級建築士か」 ■ゆうみ呆れ 「そんなわけないじゃん…… ■ゆうみ悲しみ えっと、うん、っと、大丈夫、かな?」  ジャバちゃんがそういう事を言ってくるので、無性に気になってしまい、ポートの中を漁る。  うん、特に問題なし。ポケットの中も……携帯あるし、鍵はあるし、問題ない。 ■ゆうみ拗ねる 「ほら、忘れてるものなんてないじゃない」 ■ジャバウォック呆れ 「お前、オレが言わなかったら確認しようともしなかっただろうが」  う。なんかそこを突かれると弱い……  ああまで言われて不安を覚えて確認する、という事は、自分で大丈夫とか言いつつ、全然大丈夫じゃないって事だもんね。以後気を付けよう…… ■セリカ笑顔 「ほらほら、皆もお片付け手伝ってくださいね? 働かざる者は食うべからず、です。 ……もう食べ終わっちゃった後ですけどね〜」  ほにゃ、と笑うセリカさん。笑う所ではあるんだろうけど、それ以前にこの人、お母さんと歳近いんだよね? なんか全然そんな雰囲気を感じさせない。  やっぱり、性格なんだろうか。うーん、わたしも大人になったら参考にしようかな…… 「やだやだやだやだー! 連れて帰るのー!」  その時だった。近くで、女の子の……香苗ちゃんの声が聞こえてきた。 ■裕二通常 ■郁恵呆れ ■香苗駄々  香苗ちゃんのご両親と、喧嘩でもしているのだろうか?  香苗ちゃんはワンタローを首から抱きついて、離さないという風に誇示している。  対するワンタローはされるがままなのだけれど、どういう状況なんだろう? 「香苗、我儘を言わないの。美奈お姉ちゃんが、犬が駄目って知っているでしょう?」 「やだやだやだ!」 「それに、その犬には飼い主がいるだろう? だから、駄目だ」 「やだやだやだやだやだやだ! ワンタローも一緒だもん!」 ■ゆうみ驚き 「えっと、どうなってるんだろ?」 ■明美呆れ 「さぁ、喧嘩しているのは分かるが……」 ■紗希 「行ってみよう?」 ■セリカ困惑 「うーん、そう言われましても……」  ちらり、とセリカさんは桐也さん達の方を見る。  もうすぐ帰る、といった手前だし、香苗ちゃん達の問題に首を突っ込んでいいのかと考えあぐねている様だった。  ただ、あっちの方も香苗ちゃんの騒ぎに気付いたのか、……何故かは分からないけど、お父さんがこっちにやってきた。 ■直哉通常 「……どうかしました?」 ■セリカ通常 「あ、いえ、なんと言ったらいいのか……」 「ワンタロー飼うの! 香苗がお世話するの!!」 「……あの犬はあの子が飼っているんじゃないのか?」  お父さんが怪訝な表情でわたし達を見る。  そう言われても、まぁ、確かに香苗ちゃんとワンタローの仲よさげな雰囲気を見れば、誰でも彼女が飼っている、と思うだろう。  でもでも、一番最初にワンタローと出会った時、この犬は野良じゃないのかとか、ジャバちゃんと話していたような気が…… ■ジャバウォック呆れ 「まぁ、オレも後で気づいたんだが、あの犬っころ、首輪がないぜ? お前が野良じゃないのかって言ったのも、あながち外れてないかもしれないな」 ■ゆうみ驚き 「え? そうなの?」  改めて、香苗ちゃんに抱きしめられているワンタローの方を見る。  ……流石に、ここからじゃどうなのか分からない。というより、毛がふさふさしているセントバーナードが首輪をしているかどうかなんて、パッと見、分からない。  その時、香苗ちゃんの両親と目があった。二人とも、見苦しいものを見せてしまった、と言わんばかりに苦笑いをして、こちら側に向かって軽く会釈する。  そんな事されて、ああそうですか、それではまた、という訳にもいかないだろう。  少なくとも、お父さんはそう思ったようだ。少し腰を低くして、香苗ちゃん一家の方へと足を向かわせる。  勿論、わたし達もその後追った。 ■直哉通常 「あの、どうかなさいましたか?」 ■郁恵笑顔 「あ、いえ……この子が知らない犬を連れて帰る、と言っているもので……」  香苗ちゃんのお母さんが笑顔で、でも、困惑した様子で香苗ちゃんとワンタローの方を見下ろす。  香苗ちゃんは、絶対に離すものか、としっかりと抱きついている。大して、ワンタローは平然とした表情で口をくわっと大きく開けて欠伸している。  緊張感がないというかなんというか……犬だから仕方がないんだろうけど。 ■ゆうみ通常 「あの、この子はそちらで飼っているんじゃないんですか? さっきまで香苗ちゃんと一緒に遊んでいましたけど、とても仲がよさそうでしたよ?」 ■裕二苦笑い 「いや、ウチは動物なんて飼ってないんだよ。むしろ、御宅のペットなのかと思いましたが……」 ■直哉通常 「いえ、我が家では動物は飼っていません……よな、ゆうみ」 ■ゆうみ呆れ 「……そーだね、うん。飼ってないよ」  まだ家にも帰ってないのに、よくもまぁ家で動物を飼ってないなんてすぐに言えるものだと、ある意味感心してしまう。  三年間、家を空けたお父さんがその事実を知るわけがないのに、即答したのが何故か気に入らなかった。また、それがその通りだったのも、わたしを苛立たせる要因にもなっていた。 ■明美悲しみ 「私達も飼っていないぞ……なぁ、セリカ」 ■セリカ通常 「そうですわね。アパートはペットを飼うのが禁止されていますし」 ■紗希悲しみ 「私のところも、飼っていませんよ……?」  その答えも、分かりきっている事。だって、ここに来るときにワンタローがいたわけがないのだから。  しかし、その答えに香苗ちゃんの両親はより一層苦慮する事になる。 ■裕二通常 「……という事は、この犬は他の人のペットなんですかね?」 ■郁恵通常 「そうだとしても、ここの管理者にこの犬を引きってもらわないと」 ■香苗泣き 「やだーーー! ワンタローも一緒ー!」  香苗ちゃんの癇癪に、二人とも我慢するように、必死に説得するが、辟易しているのがよく分かる。 ■ゆうみ通常 「ねぇ、香苗ちゃん、一つ聞いていい?」 ■香苗悲しみ 「何、おねえちゃん……」  その眼は、疑いの目。自分とワンタローを引き離す為に何か企んではいないだろうか、という、そういう目だった。  そう思うのも仕方のない事なのかもしれない。今の香苗ちゃんは、敵愾心でいっぱいだ。  そして、それほどまでに、ワンタローと一緒に居たいという想いが強いのだ。  だからこそ、わたしは言葉に注意しつつ、ゆっくりと口を開く。 「大丈夫だよ、ちょっと聞きたい事があるだけだから。あのね、香苗ちゃんとワンタローはどこで知り合ったのかな?」  わたしにとって、ここが一番疑問だった。  香苗ちゃんとワンタローが仲良くしているのは、短い間だけで、わたし達がよく知っている。そう、まるで飼い主とそのペットのように。  香苗ちゃんの両親が把握していないだけで、実は香苗ちゃんとワンタローは随分と前から会っていたのではないだろうか。  仮にワンタローが本当に捨て犬だったとしても、香苗ちゃんがこっそり世話をする機会があったのかもしれない。  だからなんだ、と言われたらそれまでだけど、もしそういう事ならば、今更香苗ちゃんとワンタローを引き離したりするのはどうなのだろう、と思ったのだ。 「ううん、今日会ったんだよ? それでね、名前が分からなかったら、香苗が名前を付けてあげたの!」  しかし、香苗ちゃんがあっさりとそう答えた事で、その可能性もなくなってしまう。 ■明美呆れ 「とりあえず、連絡したほうがいいんじゃないのか? この子に元々の飼い主がいたら心配するだろう?」 ■紗希困惑 「そうだよね……きっと、飼い主も心配していると思う」  紗希ちゃんが、そう言いながらワンタローの頭を撫でてやる。 そこには、香苗ちゃんには申し訳ないけど、一度届けだすべき、という結論が如実に出ていた。 勿論、それは紗希ちゃんだけではない。香苗ちゃんを除く、全員がそんな雰囲気をまとっていた。 ■香苗不安げ 「…………?」  香苗ちゃんも、その雰囲気を感じ取ったのだろう。  わたし達はもとより、自分の両親にさえ、怯えているような表情を浮かべる。 ■裕二通常 「お姉ちゃん達の言う通りだぞ、香苗。この犬に飼い主がいたら、今頃心配している。いや、この犬だって、本当は心細い筈だぞ?」 「……そうなの? ワンタロー?」  ずっと抱きしめ続けていたワンタローをようやく離し、恐る恐る、といった態で香苗ちゃんが尋ねる。  けれど、ワンタローに聞いたところで、分かる筈もない。ただただ、香苗ちゃんの目を写しているだけだった。 「…………お家の人が、ワンタローがいなくなって悲しんでいたら、嫌だもん」  そうやって、名残惜しそうにワンタローの頭を撫でる香苗ちゃん。 別れたくないけど、というのが顔に出ているけれど、駄々をこねる事もなくなった。 だから、わたしを含めた皆が、ようやく胸を撫で下す事が出来た。 ■ゆうみ笑顔 「大丈夫だよ、香苗ちゃん。もし、家が近いなら遊びに行けばいいんだよ。ね?」 ■香苗悲しみ 「……うん」  ようやく香苗ちゃん達を説得する事とに成功したわたし達は、急いで桐也さん達のところへと戻り、自分達の片づけに向かうのだった。 ■ジングル ■公園入口 ■はるな悲しみ 「うー、あったまいたい〜」 ■直哉呆れ 「あれだけ飲めば、当たり前だろう? まったく、酒は飲んでも飲まれるなと昔から言ってるのに……」  バーベキュー後片付けがようやく終わり、さて帰ろうか、という頃だった。  一人、お母さんだけ完全に酔いにやられたせいで、少し離れたベンチで横になっていた。  その横で、お父さんがバーベキューの火を起こしたうちわでパタパタと仰いでやっている。 ■セリカ笑顔  同じぐらい飲んでいたはずなのに、本当にセリカさんはケロっとしている。ここまで差がつくとなると、体質云々より、日ごろの行いの違いと言われても大して驚かない。 ■明美笑顔  明美ちゃんは、今度は一人でヒビの入ったクーラーボックスをからい、上機嫌に鼻歌を歌っている。 ■紗希笑顔  紗希ちゃんも似たようなものだった。  携帯で電話――多分、お母さんに今から帰る連絡をしていて、楽しかった、とか色々な話をしているようだった。本当、奈々美おばさんも来れたらよかったんだけど、仕方がないよね。 ■ジャバウォック皮肉  そして、思った以上に満足しているのがジャバちゃん。  よくよく考えてみれば、ジャバちゃんがこういうイベントに対しては、めんどくせーとか言いそうなんだけど、そんな事はなかった。  まぁ、理由はストレス発散に来た家族連れが多いから、追随して食える負の感情も沢山あった、との事。  理由はともかく、ジャバちゃんにとってもそれは有意義であったらしい。  そして、わたしは…………ん。 ■直哉通常 「…………? ゆうみ、どうかしたか?」 ■ゆうみ驚き 「な、なんでもないよ」 ■ゆうみ悲しみ  今日は、楽しかった。皆と遊びに行って、香苗ちゃんとワンタローに短い間だけど会えたし、ジャバちゃんがかわいい服来てくれたし、バーベキューはおいしかったし…… 「はぁ……」  それでも、ため息が出てしまう。楽しかったのに、出てしまう。  これは疲れたからとかそういう事じゃなくて、なんというか…… ■ジャバウォック突っ込み 「親父がいるのが気にくわない、か?」 ■ゆうみ驚き 「ぎにゃあああ!? お、おおお驚かせないでよジャバちゃん!」 「別に驚かせたつもりはねーよ。で、俺が言ってるのは図星だろ?」 ■ゆうみ拗ねる 「む……」  何と言っていいのか分からない。分からないのだけれど、それで正しいのか分からないのだけれど、多分、そうなのだろう、と思う。  別に、お父さんが帰ってきただけなのに。ただ、それだけの話。  自分でも、自分の気持ちに整理が出来ないというか、なんというか。  とにかく、とにかくとにかく……分からないのである。 ■ゆうみ悲しみ 「まぁ、そういう事にしておいてよ」  もうその話はしたくなかったので、わたしも皆に倣ってゴミ袋を両手に持つと、車に戻ろうとする桐也さん達の後を追いかける。  チラリ、と後ろの方を見ると、酔っぱらったお母さんを、お父さんが背負っていた。どうやら、お母さんは歩けないぐらいにベロンベロンらしい。 「はぁ……」  ため息が止まらない。家に帰ったら、お父さんはお母さんを寝かしつけるだろう。  そうなったら、起きているのはお父さんとわたしだけ、つまり家の中で二人きりという事になる。  ジャバちゃんは勿論いるわけだけど……やっぱりお父さんという不安要素がついて回る事実は変わらない。  というか、それは今日からずっと続く事なのだ。正直、ずっと海外に居てくれた方が気が楽だったのに、と思わずにはいられない。 ■明美通常 ■紗希通常 「ゆうみ、どうかしたか?」 「顔色悪いけど、大丈夫?」 ■ゆうみ驚き 「え、あ、いや、 ■ゆうみ笑顔 なんでもないよ、大丈夫大丈夫!」  そんなわたしの表情から何かを感じ取ったのか、紗希ちゃんと明美ちゃんがこちらへとやってくる。  勿論、自分でも分からない気持ちを、言葉に出来るわけなんかがない。だから、わたしはなんでもないよ、と答える事しか出来なかった。 ■ゆうみ通常 「あ、そうそう、明日、紗希ちゃんと明美ちゃんって暇?」  そして、それに対して詰問されてもやはり答えようもないので、わたしから話を切り出した。  明日は五月六日、ゴールデンウィークの最後の日。  ちなみに、どーでもいい事なんだけど、水曜日で初めての振り替え休日なんだって。本当にどうでもいいね。  それはともかく、今日は今日で遊んだんだけど、ゴールデンウィーク最後の日を無駄にしたくない、という気持ちがあった。  出来るだけ、家にいたくない――なんて気持ちもあったのは、否定しない。 ■紗希通常 「明日? ごめんね、明日が最後のゴールデンウィークでしょ? 家の掃除とか色々しなきゃいけないの」 ■明美悲しみ 「すまん。明日は部活があるから駄目なんだ」 ■ゆうみ悲しみ 「そっかー、それじゃあ、仕方がないよね」 ■ジャバウォック呆れ 「ってか、全員疲れて帰るっていうのに、よく次の日遊べるかどうか聞けるよな」 ■ゆうみ拗ねる 「べ、べっつに。なんでもないもん」  なんだか、ジャバちゃんには自分でもよく分かっていないわたしの気持ちが見透かされているようで、わたしはその場から逃げるようにして立ち去る。 ■暗転  もう、自分でも逃げている、と分かっているぐらいに、速足で公園の入り口へと向かう。  先頭を歩いていた桐也さんとセリカさんを追い抜いて、最初の券売り場へとたどり着いた。 ■公園入口 ■ゆうみ悲しみ 「あ、そうだ。確かゴミはあっちで引き取ってくれるんだったよね」  ゴミは持ち帰りだと思っていたのだけれど、ここではゴミを引き取ってくれるらしい。 「あの、このゴミってどこに持っていけばいいですか?」 「はい、あちらの管理棟の横にあるゴミ入れにお願いします」  券売り場を担当していた職員に話を聞き、指し示されたところへと進む。 ■暗転  それにしても、良心的だなぁ、と思う。  こんなに多いゴミを引き取ってくれるところなんて、そうそうない。  遊園地や動物園とかは、普通にゴミ箱とか置いたりしている訳だけど、こういう公園での利用はピクニックとか、バーベキュー目的が強い。  そうなると、ゴミの量も必然的に多くなる。それを引き取ってくれるとなると、かなり良心的である。  とはいえ、ここの運営が町である以上、税金によって賄われているのだろう……それを考えると、実際は微妙なところなのかもしれない。 ■物を置く音 「ふう、これでよしっと」  そこは学校にあるゴミ入れ場と似たような建物だった。  入り口を開けると、そのすぐ手前の方に入れて、扉を閉める。  いや、本当はきちんと中に入ってゴミ袋を奥に置くのが当たり前なんだけど、ゴミ袋を持っていたせいで、手が油でベトベトになってしまったのだ。  その気持ち悪い感触から、すぐに離れたいという気持ちが、正直あった。 ■公園  運が良い事に、管理棟と呼ばれた(正直、棟というか、ただの小屋であるけど)横に、蛇口がつけられていた。 ■ゆうみ笑顔 「あ、手がベタベタだったから助かるー」  これ幸いと、わたしは水を流して手を洗う。 ちょっと捻っただけで勢いよく水が流れ、跳ねた水が袖を濡らすけど、あまり気にならなかった。 ……けど、ちょっとだけ、思いだしたことがある。 ■ゆうみ悲しみ 「そーいえば、昔っからおとーさんに言われたっけなぁ。手を洗うときはちゃんと腕まくりしなさいって」  とても、当たり前の話なのだが……幼稚園だった頃、長袖の服を着ていて手を洗う時、いちいちそうするのが面倒くさかったのか、腕をまくらずに手をよく洗っていた。  勿論、そんな事をすれば袖が濡れる。小さい頃の私は、よく袖をびしょびしょにしていた。  そして、お父さんによく注意された。みっともないよ、とか、怒るのではなく、注意された。  というか、わたしはお父さんが怒っている所を見たことがないのかもしれない。咎める事はあっても、怒られた、怒った記憶がない。  それぐらい、優しいお父さんだったのに、どうして自分はここまで毛嫌いしているんだろう? 「……そりゃ、勝手にいなくなりゃ怒って当然だよ」  ああ、言葉にすると思いだす。  あれは、三年前だ。 ■暗転  わたしが小学二年生の頃……もうすぐ三年生に進級も近い時期。とある事故で約一か月近く病院で養生していた時の事だった。  自分でもよく覚えていないのだけれど……多分、転んだか何かしたのだろう――頭は包帯でぐるぐる巻きにされて、あちこちにガーゼを貼っていて傍目重症にしか見えないわたしは、暇で暇で仕方がなかった。 ■病院・廊下  怪我こそしているものの、その痛さは我慢が出来るもので、どうして病院に入院しているかがよく分からなかった。  まだ、和樹っちと喧嘩した時の方が痛かった気がする。でも、あの時は入院なんかしなかったし、怪我もひと月ぐらいしたら痕なんて、残りもしなかった。 ■病院・個室  病院の中なんて、退屈……ベッドに寝ていてもつまらないし、お医者さんから色々な質問をされるけど、つまらない。変なアンケートみたいなものを書くのもつまらなかったし、遊びに似て似つかないパズルのようなものをされても、やはりつまらなかった。 ■直哉笑顔  唯一の楽しみといえば、お父さんがお見舞いに作ったケーキを食べる事だった。  正直、ウチのお父さんはお母さんより料理を作るのもデザートを作るのも上手い。  これは、お母さん自身も言っている事だから間違いないだろうし、言いはしなかったけど、わたしも分かっていた事だった。  小さい頃からそういうものを作る機会があった、とか言っていたけど、それにしたって手が込みすぎていたのはよく覚えている。 ■暗転  わたしの誕生日の時とか、和樹っちと彩ちゃんを迎えたパーティもなんかよく分からなかったけど、凄い料理の数々で、凄くおいしかった。それは、あの二人も言っていたから間違いないだろう。  ……だから、わたしがお父さんの事をきらいになるようそなんて、どこにも、ない筈なのだ。  でも、その考えが変わったのは……嫌いになってしまったのは。  わたしが退院したすぐに、お父さんが、突然いなくなってしまったからだ。  突然、と言ってその時わたしもいたわけだけど……時間にして、五分もあったかどうかわからなかったけど。 ■自宅リビング ■直哉通常  退院した直後だった。家に大きな旅行鞄がいくつもあって、お父さんがスーツ姿で何かの準備をしていた。  そして、おもむろに立ち上がると、そのまま家を出ようとするのだ。  嫌な予感しかしなかった。もっと小さい頃、熱を出して入院したことが一、二度あるけど、その時退院した時、お父さんはいつも台所にいて、退院祝いに何かの料理を作ってくれていた。  でも、その時はそんな事をしている様子なんかなかった。それだけでも、わたしが不安に覚えるには十分だったのだ。 ■ゆうみ(幼少)不安 「おとーさん……? どっか、行っちゃうの?」 ■直哉通常 「…………ああ。会社の都合でね。転勤ってやつだよ」 「何処に行くの? すぐに帰ってこないの?」  残業とか休日出勤でもなんでもなく、転勤。お父さんは準備をしているけど、お母さんは何もしてないから、引っ越しじゃないっていうのは分かっていたけど、それはあまりにも突然だった。 「ああ、前々からウチの会社も海外進出を狙っていてね。そこの部署に配属される事になった。いつ戻るかは、目処がつけば戻れるだろうけど、今はまだ、分からない……」 ■ゆうみ(幼少)怒り 「そんなのやだ! おとーさん、家に居てよ!」 ■はるな悲しみ 「ゆうみ、分かってあげて。パパは私達の為に、」 「そんなの知らない! おとーさんがいなくなるなんて嫌だ!」  嫌だ嫌だと駄々をこね続けた。凄く、怖かった。  家族三人いつも一緒にいる筈なのに、いきなりお父さんがいなくなるなんて、信じられなかった。 ■直哉通常 「はるな、ゆうみの事を頼む。暫く、美咲さんが来てくれるそうだから困った事があったら遠慮なく頼れ。あと、桐也にもお願いしている」 ■はるな通常 「うん、分かった。そっちも無理だけはしないでね」 ■直哉悲しみ 「…………軽蔑してもいいんだぞ。俺は最低な親不孝者であり、最低な子不幸者だ」 ■はるな悲しみ 「馬鹿ね。そんな事思う訳ないじゃない。直哉さんが散々苦しんで選んだ選択だもの。妻が応援しなくて誰が応援するのよ」 ■直哉伏せ 「……すまない。母さんの問題は、出来るだけ早く片づける」 ■暗転  その時、わたしは嫌だ嫌だと言い続けていたから、お父さんとお母さんが何を話しているのかはさっぱりだった。  でも、どちらにしろ、お父さんがいなくなる事実が変わった訳ではなかった。なら、もうそれだけで十分だった。 ■玄関 ■ゆうみ(幼少)泣き 「行かないで……行かないでよ……! なんでそんなにいきなりなの!?」 ■はるな悲しみ 「ゆうみ、我儘言わないで」 「わたしが退院したら、ハイ転勤だね、いってらっしゃいって言えるわけがないんだよ!」  まだ、退院祝いでご馳走作ってくれてないよ?  もうすぐ、彩ちゃんの誕生日だよ……去年はお父さんの手作りケーキ持って行って、凄く喜んでくれたんだよ?  今年は、何を持っていけばいいんだよ……お父さんの作ったパンプキンシフォン、凄く、凄く大好きだったのに、もう食べられないの?  あのケーキがあったから、わたし、かぼちゃが食べれるようになったんだよ……?  でも、まだわたし、苦手な野菜が沢山あるの。お父さんがその味のケーキを作ってくれたら、その野菜が好きになるかもしれないよ?  だから、いなく、ならないでよぉ…………!  パパが居てくれないと寂しい……! ■ゆうみ(幼少)泣き叫び 「仕事なんかどーでもいいよ、今の仕事なんか辞めちゃってよ! 仕事なくて貧乏でもなんでもいいよ、パパが、家族が一緒じゃないと嫌だ!」 ■暗転 「ゆうみ……」 「………………時間だ。行ってくる」  間が空いたのは、ほんの数秒だった。  お父さんは自分のキャリーケースとバックをからうと、あっさりとわたしとお母さんに対して背を向けた。  まるで、いつもみたいに、当たり前のように出かけようとするお父さんを見て、わたしの悲しみは、確実に怒りに変わっていた。 ■ゆうみ(幼少)泣き叫び 「何さ! 馬鹿! ばかばかばか! ばかばかばかばかばかばか!!」  だんだん、とあまりにも悔しくて地団太を踏んでしまう。  それでも、お父さんは無視をした。玄関の扉を開けて、最後にわたし達の姿を見る事もせず、後ろ手で扉を閉めたのだ。 「う……、ばかぁ……ばかあああああぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁあ!!」 ■暗転  そうして、わたしは『いってらっしゃい』の一言もなく、お父さんが出ていくのを見ている事しか出来なかった。 ■公園 ■SE:水が流れる音 「…………」 「………ゆうみ、何呆けてるんだ?」 ■ゆうみ驚き 「え……?」 ■直哉通常 「どうかしたのか? 頭が痛むのか?」  ぼーっとしていた時、後ろから声が掛ってきた。  振り向くと、そこには、あの時とあまり変わらない、お父さんの姿。 ■ゆうみ拗ねる 「おかーさんは?」 「もう車に載せてる。お前が来ないから探しに来たんだよ」  そう言われて、わたしは携帯を取り出す。ゴミ捨てに向かってから、ざっと十分は経過している。  それまで、わたしはずっとここで考え事をしていた事になる。  自分でも驚く。人は考え事をしていたら時間を忘れる、というけれど、まさかそんな時間までこうして手を水に濡らしているとは思ってもみなかった。 ■直哉苦笑い 「まだ、その癖直ってないのか?」 ■ゆうみ驚き 「え……?」 「その、袖を伸ばしっぱなしにして濡らしている事だよ」  あ。  最初は軽く洗うぐらいだから、なんて考えていたけど、ずっとその状態で呆けていた為、袖がびしょびしょに濡れてしまっていた。  まるで、小さい頃のわたしの様に。 ■ゆうみ拗ねる 「た、たまたまだよ……ちょっと考え事をしていただけだから勘違いしないでよね」 ■直哉通常 「分かったよ。……それより、早く行こう。皆を待たせてる」 ■SE:空を飛ぶ音 ■ジャバウォック突っ込み 「おーい、そこにゆうみいたかー?」  丁度その時、ジャバちゃんがふわふわと空を飛んでこちらへとやってくる。  ああ、丁度よかったと胸を撫で下ろす。 このままお父さんと二人きりの空気は体によくない。 そう考えると、家に帰ってからやっぱり不安だけど、ジャバちゃんがいるだけで精神的に大分違う、と実感した。 ■ゆうみ驚き 「あ、ジャバちゃん。 ■ゆうみ笑顔 ジャバちゃんも探しに来てくれたの?」 ■ジャバウォック拗ねる 「べっつに。オレ的には野たれ死んだってもよかったんだがなー?」 ■ゆうみ拗ねる 「失礼だねジャバちゃん。わたしはそう簡単に死にはしませーんだ!」 ■直哉呆れ 「ほら、喧嘩する前に早く車に戻りなさい。皆を待たせているんだからな?」 「分かったよ……ジャバちゃん、いこ!」 ■ジャバウォック驚き 「お、おい……!」 ■暗転  わたしはお父さんを無視してさっさと駐車場へと向かう。  ジャバちゃんはジャバちゃんで、どっちに付いて行ったらいいのか逡巡したようだけど、わたしの肩に乗る事に決めたようだった。  わたし的にはどっちでもよかったんだけど……まぁ、とりあえず感謝する事にする。言いはしないけれど。 ■公園入口 ■ジャバウォック呆れ 「にしてもよぉ、なんでお前、そんなに父親にツンケンしてるんだ?」  丁度公園入口へと戻ってきたところで、ジャバちゃんはそんな事を私の耳元で呟きだした。  後ろからついてくるお父さんに聞かれないように、という配慮だったのかもしれないけれど、わたし的には全然配慮していない。 ■ゆうみ拗ねる 「ねぇ、ジャバちゃん。分かっていて、言っているでしょ?」 「タコ。分からねーから聞いているんだよ。お前、父親がいなくて寂しかったんだろ? 戻ってきたならいいじゃねーか」 ■ゆうみ怒り 「別に戻って来てほしいなんて思ってないよ! ■ゆうみ拗ねる それに、戻ってきたって、どうすりゃいいのか分からないし」  いきなり出て行って、いきなり帰ってきて、そんな自分勝手な父親に対して、何を話せばいいのか。  今までほったらかしにした分を謝れとか、土下座しろー、とか?  いや、困る。本当にされてしまったら、わたしがどうしていいのか分からない。 ■ジャバウォック呆れ 「うわーコイツ、ちょーメンドクセーな」 「余計なお世話ですっ! 前にも言ったけど、この事に関しては、どうこうしようなんて思ってないんだからね?」 「わーってるよ、聞いただけじゃねーか」 「ふん、だ」  今日だけで、お父さんの話題を何回した事か。  それが気にくわず、歩き方もずんずん、と、まるで地面を踏み締めるような歩き方になってしまう。  でも、それがまるで当たり前のように、その時、自分でもそうしている事に気づかないぐらい、自然にそんな歩き方になっていた。 「ワンタロー殺しちゃうの? ワンタロー死んじゃうの? やだやだやだやさ!」  だからこそ、まるで私と同じように足を踏み鳴らす音が聞こえたら、そちらの方を向いてしまうのもまた自然な事だった。 ■ジャバウォック呆れ 「あれ、あいつらまだ帰ってなかったのかよ」  入り口の管理棟の扉は常に解放されていて、誰でもその様子をうかがい知る事が出来る。  それは、最初ここに来る時から知っている。 ■ジャバウォック踊り木  その部屋の中に、香苗ちゃんと、その両親、ワンタローがいて、職員さんらしき人達が数人、困惑気味に立っていた。 「あいつ、いきなりどうしたんだ? なんかすごい負の感情が見えるが……」 ■ゆうみ驚き 「え……? 香苗ちゃん?」 ■ジャバウォック通常 「ああ……あれぐらい幼いガキなら、どんな負の感情でもデカくなる傾向にある。精神的にも成長してないしな」  幼いと、些細な事でも不安になったりする事がある。赤ん坊が突然泣き出すのと似ている。  痛ければ素直に痛いと泣くし、不安に限界が来ると、やはり泣いてしまうだろう。それぐらい、まだまだ子供だな、と自覚しているわたしでも分かる。 ■ジャバウォック突っ込み 「逆に言ってしまえば、解決させる手段も単純になる。大体ガキがそうなるのは寂しさや恐怖が殆どだからだ」  ……つまり、親の存在で、それらはすべて解決する。  子どもは親に依存する。自分の最も心を許せる相手。最も安心できる存在。  だからこそ、不安になれば両親の事を呼ぼうとするだろうし、その場に親がいれば、泣いてすがりつくだろう。  それぐらい、子は親にとって大切で、重要な存在なのである。 「とはいえ、なーんか、違うんだよなぁ……」 「違うって、何が?」 「いや、よく分からねーけどよ」  何それ、と言いたくもなったが、香苗ちゃんの悲痛の叫びを聞くだけで、あの子が辛く、苦しい目にあっているのはよく分かった。  でも、一体どうしたのというのだろう? ワンタローが死ぬとか言っていたけれど…… ■香苗驚き 「……あ、お姉ちゃん!」  その時、ふと香苗ちゃんと目があった。  わたしは一瞬どうしようかと迷ったけれど、こちらが動く前に、香苗ちゃんの方が私の方へと駆け出してきた。 「お姉ちゃん! ワンタローを助けて、ワンタローを助けて!」 ■ゆうみ驚き 「ええ、えっと、香苗ちゃん、どういう事なのかな?」  確か、あの時別れる時、ワンタローは飼い主と逸れたのかも、という話になって、ここの施設の人に連絡を付けた、という事になっていたはずだ。  実際、わたし達が自分達の片づけをしている時も公園内にいるであろうワンタローの飼い主を呼び出す放送をしていた。 ■郁恵悲しみ 「香苗、こら、駄目でしょう?」 ■香苗泣き 「お姉ちゃん、ワンタローを助けて、助けて!」 ■ゆうみ悲しみ 「え、えーっと、うーん……」  話の要領を得ないわたしは何と返事していいのか分からない。  安直に大丈夫だよ、という訳にもいかないし、どうしたらいいのか…… ■直哉通常 「佐藤さん、どうかしましたか?」  丁度その時、お父さんが追いついてきた。  今の状態がどういうのか分からないけど、何か問題があった、というのは分かったらしい。 ■裕二苦笑い 「あ、柏木さん……いえ、ちょっとですね、」 ■香苗泣き 「なんでワンタローが死ななきゃいけなの? それなら香苗がワンタロー飼うもん!」 ■郁恵悲しみ 「そういう訳にもいかないでしょう? お姉ちゃんが動物が駄目なのを知っているでしょう?」 「お姉ちゃんは関係ないもん! 香苗が飼うから関係ないもん!」  とにかく、香苗ちゃんは必至だった。  わたしのスカートの端をしっかりと握って、それでも郁恵おばさんに噛みついていた。  どうしてワンタローが死んじゃう、という事になるのだろう?  奥の管理棟の方を見ると、普通にワンタローはのんきに座っている。職員さんも隣にいて、皿を床に置いて……ここからだとよく見えないけれど、多分食べ物類――を置いていた。  率直な意見でいうと、とても死んでしまうような危機的状況にあるようには思えない。 ■裕二通常 「あの犬、野良犬みたいなんです」 ■直哉通常 「野良犬、ですか……」  野良犬。読んで字の如く、野良の犬。つまり、飼い主がいない犬を指す。  わたしは、ジャバちゃんの方を見る。確か、セントバーナードの野良なんて普通いないとか言っていたし。 ■ジャバウォック呆れ 「う……、 ■ジャバウォック突っ込み ま、まぁ、決してないともいえないというかなんというか……」  言い訳してる言い訳してる。何も言ってないのに言い訳してる。  大事な事なので三回言いました。 ■ゆうみ怒り 「そ、それはともかく! ワンタローが野良犬だったら、どうなるんです?」 ■郁恵通常 「先程、職員の人が保健所へ連絡してくれました。もう少ししたら来てくれると思います」 ■ゆうみ驚き 「え……」  割と、思った以上にあっさりと答えが返ってきた。  いや、その、なんといったらいいのだろう?  思った以上に、その言葉があっさり過ぎた事に、驚いた。 ■香苗泣き 「ワンタローを殺さないで、殺さないで!」  香苗ちゃんが泣き叫んでいる意味が、ようやく分かった。  まだ幼い香苗ちゃんが、どうしてその事を知っているのかは、分からない。  たまたま知っていたのかもしれないし、おじさんやおばさんが説明したからかもしれない。  保健所に連れて行かれた飼い主のいない犬は、殺処分にされる。  その現実が、まさか自分の目の前で迫ってくるとは、わたしも思いもしなかった。 ■ゆうみ微笑 「え、えっと、ほ、本当に飼い主はいないんですか?」 ■郁恵通常 「もう何度も放送してもらっていますし……首輪もないですし、野良であってもそうでなくとも、保健所に連絡すべきなの」 ■ゆうみ悲しみ 「そ、そりゃ、えっと……ジャバちゃん……」 ■ジャバウォック通常 「オレを見られてもな……ま、確かに誰が世話するかって話になって誰もいないのなら、保健所行きは確定だろうな」 「そんな……」 「元々、あの犬っコロは野良じゃないかって話になっていた。確かに犬種としてセントバーナードの野良がいるっていうのは珍しいかもしれんが、野良犬を捕獲して処分するって考えたのは、お前達人間だぜ?」  そんなの、知らない。  だって、そんな法律があったとしても、わたしの生まれる前の事だろうし、見知った犬が捕まえられて殺されてしまうのだ、というのを考えると、それだけで恐ろしくなってしまう。  本当に、自分と同じ人間が決めたルールなのかと思うと、鳥肌が立つ。 ■直哉通常 「ゆうみ、そろそろ戻らないと皆に迷惑をかけるぞ?」 ■ゆうみ驚き 「ちょ、ちょっと待ってよ! ワンタローどうするんだよ!」 「仕方がないだろう。俺達にどうこう出来るような問題じゃない。むしろ、ここで騒ぎ立てる方が皆の迷惑になるんだぞ?」 ■裕二通常 「そうだぞ、香苗。ほら、早く帰らないとお姉ちゃんも心配するぞ?」 ■香苗泣き 「うー! ワンタロー!」 ■郁恵通常 「ほら、もうこれ以上わがまま言わないの」  郁恵おばさんも、香苗ちゃんの我儘にこれ以上付き合うつもりはないのだろう。  わたしのスカートを掴んでいる香苗ちゃんの手を離させ、抱き上げてしまう。 「ワンタロー、ワンタローを助けてよぉ!」  でも、それは、我儘なのだろうか……?  確かに、保健所に行ったら必ず処分されるとは限らない。  あまり詳しく知らないけれど、一週間近くぐらいは保健所で保護されて、新たな飼い主が見つかれば引き取られるという。  でも、その確率って、一体どのくらいなのだろう……?  ペットが欲しい、と言って保健所へと足を運ぶ人が何人いるのだろう? ■ゆうみ悲しみ 「お、おとーさん、ウチじゃワンタローを飼えないの?」 ■直哉呆れ 「……いきなり何を言い出すんだ」 「だ、だってさ、いくらなんでも、その、」  可哀想過ぎる、と続けるつもりだったけれど、その前にお父さんが口を開く方が早かった。 「仕方ない事だ。ゆうみの言いたい気持ちは分からない事もない。けどな、そんな安直な理由で動物は飼ってはいけない」 ■ゆうみ怒り 「な、なんでさ!」 「お前はペットを飼うという意味を履き違いている。死なせたくないからウチで飼う、というのはズレた考えだ」 ■ゆうみ悲しみ 「う……」 ■直哉通常 「それに、お前が学校にいる間は誰が世話をする? 誰がエサ代を買うんだ? 誰が散歩に連れて行くんだ?」 ■暗転  わたしは、ぐぅの音も出なかった。完全に、お父さんの言い分が正しかった。腹が立つぐらいに、理屈が通っていた。  でも、目の前で殺されるかもしれない子がいて、それで『ああ、それは仕方がないね』ってあっさり言える神経だけは絶対に正しいとは思えない。  この場にいる大人は、全員そうだった。保健所に連れて行くって、あっさりと言われた。  結果、どうなるかを知っていて、何も感じず、そう言ってのけた。  一つの命が奪われる可能性が目の前にあって、どうしてこうも無神経にそんな事が言えるのか……! ■直哉通常 ■ゆうみ悲しみ  でも、そんな事を言ったところで、多分通用しない。  それが通用するのなら、そもそも断るわけがないのだから。  ……だから、わたしが出来る事と言えば、 ■ゆうみ怒り 「……ジャバちゃん。ワンタロー、逃がす事って出来ないかな?」  誰にも聞こえないぐらいの独白だったけれど、すぐ横にいるジャバちゃんに聞いてもらう為、呟いた。  わたしに出来るのは、こんな事をジャバちゃんに提案する事だけ。  だって、わたしが何を言ったところで結果は変わらないし、香苗ちゃんが泣いたところで結果が変わっていないのだ。  でも、ワンタローが死んでしまうという事は避けたい気持ちは、香苗ちゃんと同じだった。 ■ジャバウォック呆れ 「出来ねーか、と言われてもな……オレがあの犬っコロを逃げるようにけしかけるとかか?」 ■ゆうみ驚き 「あ、いや、そこまで具体的には考えてなかったけど……」 「まぁ、別に閉じ込められている訳でも、繋がれている訳でもねーから無理じゃないと思うぜ?」  ワンタローの方を見ると、相変わらず緊張感のない顔で、のんびりと伏せている。  既に職員から与えられていた食べ物は平らげたらしく、このまま寝てしまいそうな雰囲気さえあった。  ここの緊張感と、あそこの雰囲気はあまりにもかけ離れて過ぎて、そのギャップはむしろ失笑を誘ってしまう勢いがある。  でも、仕方がないのだ。ワンタローは、自分がこれからどうなってしまうかなんて、分かるわけがないのだから。  そして、自分がどうか分かる間もなく、処分される……それは、あまりにも悲しい事。 「もし出来るなら……出来るかな?」 「ま、やるだけやってやるよ。お前は親達を引きつけとけ。つーか、もう車に戻る様に仕向けた方がいいだろ。オレがその間にあの犬っコロに接触してやる」 ■ゆうみ悲しみ 「ジャバちゃんはその後どうするの?」  その状態だと、ジャバちゃんを置いて帰ってしまう事になる。  あんまりわたしとジャバちゃんとの距離が離れてしまうとよくないとか聞いたけれど……大丈夫なのだろうか? 「別に問題ないだろ。お前達が出発するまでにはあの犬っコロをけしかけるさ。それか、お前がオレがいなくなったと言い出せばいい」 ■ゆうみ悲しみ 「う、うん……分かった。そ、その、ありがと、ジャバちゃん」 ■ジャバウォック突っ込み 「……別に感謝されるような事じゃない。やればお前とあのガキの負の感情も喰えそうだからやるんだよ」  それだけ言うと、わたしの背中からするするとジャバちゃんが降りていく。  飛んでいくと、すぐにばれてしまう。だから、歩いていくつもりなんだろう。  とはいえ、こんなアスファルトでお人形サイズの子が平然と歩いていたら、あっさり気づかれてしまう。  ……幸い、周りにはわたし達しかいない。  管理棟にいる職員さんも、ワンタローがもう逃げないと思っているのか、少なくともこの位置からは見えない。  あと、わたしが皆の気を引けばいい。……よし、やろう。 ■ゆうみ通常 「香苗ちゃん、大丈夫だよ、ワンタローは、大丈夫だよ?」 ■香苗泣き 「大丈夫じゃないもん、オジサンが言ってた! このままだとワンタローが死んじゃうって!」 「……そんな事ないよ、保健所に連れていかれても、ワンタローに会おうと思えばすぐに会わせてもらえるんだよ?」  ですよね? とわたしは香苗ちゃんの両親に話しかける。 いきなり話しかけたものだから、二人は戸惑っているようにも見えたが、わたしが意図している事が分かったらしく、首肯するように頷いてくれた。  ……とはいえ、わたしが真に意図している所は別なんだけど。 ■裕二通常 「そうだぞ、ワンタローに会おうと思えばいつでも会う事が出来るから。 ■郁恵笑顔 「そうよ。とりあえず、今日は帰りましょう? ……あ、そうだわ。帰りに、可愛い犬のぬいぐるみを買ってあげる。前に香苗、大きいぬいぐるみが欲しいって言っていたでしょう?」  名案だわ、と手を合わせて香苗ちゃんに微笑む郁恵おばさん。  それを聞いて、香苗ちゃんは少し戸惑ったようだった。  さっきまでワンタローの命の危機がある、と思っていたけれど、わたし達……特にわたしがそれを否定した事で、その不安がなくなったのが大きいのだろう。  彼女からすれば、保健所に連れて行かれる動物達がどうなるかなんて、明確に知っている訳がないのだから。 ■暗転  あれ……?  じゃあ、香苗ちゃんは、どうやってその事実を知ったのだろう?  さっき、オジサンとか言っていたけど……一体、誰の事なのだろうか。  ここの職員さん? ないわけじゃないと思うんだけど、小さい子にそんな無神経な話をするかなぁ……? ■香苗不満 「うん、分かった……」  そんな事を考えている内に、両親の説得に、香苗ちゃんはしぶしぶ、納得したようだ。  ワンタローの代わりに犬のぬいぐるみを買ってあげる、というのも効果があったに違いない。  香苗ちゃんは本来、ワンタローを飼いたい……突き詰めてしまうと犬、動物を飼いたいという欲求から来ていた。  そういう物欲(動物を物扱いするのはおかしい話だけど、現状そうらしい。司法では動物の殺害は器物破損扱いになっている)は、代替欲求によって満たされる場合もある。  香苗ちゃんは本物の犬の代わりに、犬のぬいぐるみでも自分の欲求を満たせるのだ。  それでも、香苗ちゃんはワンタローの事が心配なのだろう。ちらちらとワンタローの方見ている。  ちょっと、その時ドキリとしたけど、ワンタローの方へと向かったジャバちゃんの姿はなかった。  もうワンタローの方にたどり着いたのか、それとも隠れて様子を窺っているのか分からないけれど、とりあえず見つからずに一安心した。  ここでジャバちゃんが見つかってしまったら、全てが台無しだ。 ■直哉通常 「ほら、ゆうみ。そろそろ行くぞ。もう大分待たせてる」 ■ゆうみ驚き 「あ、う、うん」  もう問題は解決した、と言わんばかりにお父さんは踵を返してさっさと歩きだしている。  ちょっとそのあっさりな感じが納得いかなかったが、我慢してついていく。  後ろを振り向くと、香苗ちゃん達もわたし達の方……つまり、出口へと向かっていた。  とりあえず、ジャバちゃんが見つからずに良かった。あとは、ジャバちゃんに任せるしかない。 ■暗転  香苗ちゃんが泣き叫んで訴えた事は、凄くよく分かる。  このまま殺されるなんて、あんまりだ。  ……そりゃ、ここで逃がしたとしても、これからどうなるのかは分からない。  また違う所で捕まってしまう事もあるかもしれない。  それでも、自由を与えられる機会があるのなら、そのチャンスは与えるべきなのだ。  人間だって、そうやって平等と言う名の自由を求めて、今の時代を作り上げていった筈なのだから。 それが人間以外に認められないなんて事は、絶対にないと思う。 ■駐車場  そうやって、わたしとお父さんは桐也さんの車へと向かっていた。 手前の方に車を置いていたらしく、そこで香苗ちゃん達とは少し前に別れた。 だから、こうして二人で歩いている訳だけど、 ■ゆうみ拗ねる (う……空気が重い)  やっぱり、二人きりになると駄目だ。  どうもわたしにとって、三年と言う時間はあまりにも大きすぎるものだったらしい。  そうじゃなかったら、わたしはこうしておとうさんの後ろを後から付いていくような事はしない。  本当の親子なら、横に並ぶのが自然なのかもしれないけれど……なんだかそれすら億劫で仕方がなかった。 ■直哉通常 「……? ゆうみ、どうかしたか?」 ■ゆうみ驚き 「え……!? ■ゆうみ拗ねる べ、別に。何にもないし……」  いきなりお父さんが後ろを振り向くものだから、わたしは大きく後ろに仰け反ってしまう。  ってか、いきなり話しかけるのは反則だと思う。せめて体ごとこっち向くとかしてもらった方が……いや、それはそれで困るかも。 ■直哉呆れ 「あのな。それが何もないという反応か? ……まぁいい。にしても、いきなり物分りがよくなったが、どうかしたのか?」 ■ゆうみ呆れ 「はぁ? 一体何の話だよ」 「さっきの犬の話だ。最初、自分で飼うとか言ってたくせに、いきなりあの子を説得しだしたり。……何か企んでいるんじゃないだろうな?」 ■ゆうみ驚き  ギクリ。  そんな擬音語が、自分の中で鳴ったのが、はっきりとわかった。 ■直哉通常 「お前、どちらかと言わずとも、自分の我儘を突き通す方だったろ。違和感を覚えなかったわけでもないんだが」 ■ゆうみ怒り 「あのね。あれから何年経ったと思ってるんだよ。あの時みたいに子どもじゃないもん!」  相も変わらず自分を子ども扱い……それも、当時のわたしの話をしているようで、腹が立った。  ……勿論、まさしくそうだったから、それを見透かられるのが嫌で半ば逆切れに近い反応、と言われても否定出来ないものがあった。 「それに、ジャバウォックとか言ったか。その子は何処に行ったんだ? さっきまで一緒にいただろう?」 ■ゆうみ驚き 「え、えっと……」  お父さんは色々と痛い所を突いてくる。  お父さんにはもうジャバちゃんを隠す必要がないという事が分かってから、わたしも隠そうとしなかったし、ジャバちゃんも隠れようとはしなかった。  そして、お父さんはさっきまでわたしと一緒にジャバちゃんがいる事を見ていた。 ■直哉呆れ 「…………」 ■ゆうみ悲しみ 「う………… ■ゆうみ笑顔 あ、いや、あ、ホントだね、ジャバちゃんいつの間にかいなくなってるね、ちょっとわたし探しに……』 ■直哉呆れ 「ゆ・う・み!」 ■ゆうみ拗ねる 「むぅ……」  何を言っても、お父さんを誤魔化せそうになかった。  これは、大きな誤算だ。わたしとしては、乗り込む時にわたし自身が気付いたふりをして騒ぐつもりだったのに、先にお父さんに気づかれたら意味がないではないか。 ■直哉通常 「お前、もしかして……ん?」  お父さんが更にわたしに言いかけた時だった。私から視線を外し、上……いや、わたしより後ろを見ていた。  わたしも気になって、後ろを振り返る。すると…… ■一枚絵 走ってくるワンタローと、しがみ付くジャバウォック 「うおおおおおおおおおお!? どけどけどけーってかスピード下げろよぉぉぉぉぉぉ!」  こちらに向かってくるワンタローと、ワンタローの頭にしがみ付いているジャバちゃんの姿があった。  ジャバちゃんがワンタローのところにたどり着いて、逃がしてくれた何よりの証だった。  ……もう少し人目の着かないところに逃げてほしいという気持ちはあったけど。  それはともかく、それを見て安心した。これでワンタローは殺される事はないのだろうと思っただけでも、安心してしまった。 ■暗転  でも、なんか、ワンタローってこっちに向かって思いっきり直進しているのは気のせいだろうか? ■一枚絵 「うおおおおお! お前らどけぇぇぇぇぇぇぇ!!」 「え、ちょ、えええええええ!?」  止まる気配がまるでしない。ここのまま、ぶつかっちゃう!?  実際に犬にぶつかった事なんてないんだけど、セントバーナードという大型犬から突進されたらただじゃ済まないって事ぐらい、わたしにも分かる……! ■暗転  本当にぶつかる、と思った時だった。  後ろからぐい、と腕を引っ張られるような感覚。  あまりにも突然な事だったので、わたしは何の反応も出来なかった。ただ腕を引っ張られるままにされ、なすがままにされる。 「ゆうみ、大丈夫か?」  後ろから……すぐに後ろから聞こえてくるお父さんの声。 ■一枚絵直哉がゆうみを抱きとめているよう(にみえる)状態 「へ…………」  走ってくるワンタローにぶつかりそうになった時、お父さんが後ろから手を引っ張ってくれた。うん、そこまでは理解出来る。  けど、何がどうなったらこういう状態になってしまうんだろうか?  なんていうか、まるで、わたしが後ろから抱きとめられているようにも見えるっていうか、傍目そうにしか見えないんですけどーーー!? ■差分ゆうみ:照れ 「ゆうみ、大丈夫か?」 「ちょ、ちょっとちょっとちょっと! おとーさん……!」 「もしかして怪我をしてるのか?」  ちっがーう! 誰もそんな事言ってなーい!!  何がどうなったらこういう状態になってるかって聞きたいんだよぉー! 「も、もう大丈夫だから、もう大丈夫だから離して離して!」 「ああ、そうだな」 ■暗転  そうやって、お父さんはあっさりと手を放してくれた。  あまりにもあっさりすぎて、逆に拍子抜けた感もあったけれど、とりあえず、わたしもお父さんから少し離れる。 ■直哉通常 「怪我は本当にないんだな?」 ■ゆうみ照れ 「な、ないよ、ぶつかってないもん。怪我するわけないじゃん……」 「ならいい」  くそう、いまだドキドキしているわたしはきっとどうかしている。  イライラの元凶である父親の存在が、いきなり大きくなってしまったから、不覚にもドキリとしてしまった。  なんか、三年のギャップが思いっきり出てきているのだ。悪い意味でも……いい意味でも。 ■ゆうみ怒り (落ち着け、落ち着くのよ柏木 ゆうみ! こういう時こそ頭を三回捻ってクールになれって言えばいいのよ!) ■直哉通常 「ところでゆうみ」 ■ゆうみ照れ 「ひゃあああ!? い、いきなり話しかけないでよ!」 ■直哉呆れ 「そう言われてもな……その子、そのままでいいのか?」 ■ゆうみ驚き 「へ……? あ、ジャバちゃん!」  お父さんが指差す先に、ジャバちゃんがいた。地べたに大の字になって倒れていた。  慌ててジャバちゃんをつまんで右手に乗せると、ジャバちゃんはうるうると目を潤ませるのだった。 ■ジャバウォックギャグ泣き 「うおおおおおおお! ゆうみー! 死ぬかと思ったー!」 ■ゆうみ苦笑い 「はいはい、よしよし。明日ラーメン奢ってあげるからね」 「うおー! ラーメン食いてぇ! 死ぬかと思ったー!」  喜ぶか悲しむかどっちかにすればいいのに。なんだか微笑ましくて、わたしは苦笑いをしてしまった。 ■桐也通常 「おい、直哉。どうしたんだ?」 ■直哉通常 「ん、そっちこそどうしたんだ?」 ■桐也呆れ 「あのな。二人があんまり遅いから探しに行こうと思ったんだよ。ま、杞憂だったみたいだけどな」  桐也さん達は車の中で、わたしとお父さんが戻ってくるのを待っていたけど、わたし達があまりにも遅かった為、心配して探しに来てくれていたようだった。  確かに、ゴミを捨てに行ってからワンタローのゴタゴタがあったのだ。こっちも随分と待たせてしまっていた。 ■ゆうみ悲しみ 「ごめんなさい桐也さん……ちょっと色々あって」 ■桐也通常 「色々ね。……そういえば、さっきあの時のセントバーナードが走っていくのが見えたけど、よかったのかな?」  直哉さん……いや、わたしとジャバちゃん、それにお父さん以外はワンタローが野良犬で、施設送りにされそうになっていた事を知らない。  だから、なんと説明したらいいのか……説明したら説明したらでまた問題が起きそうな気がして何を言っていいのか、と迷っていたら、 ■直哉通常 「いいんじゃないか? ご主人様をあの犬が見つけたんだろ。匂いを嗅ぎ分けてとか」 ■桐也呆れ 「はぁ……よく分からんが、お前が言うならそうなのかもな」 ■ゆうみ驚き  わたしは、少なからず驚いた。  だって、もうお父さんにはばれている。  わたしがジャバちゃんにお願いして、ジャバちゃんがワンタローをあの場から逃がしたという事を、これ以上聞きはしないけど、気付いた筈だ。  途中まで問い詰めるような感があったけど、わたしの手を引っ張ってから、なんか感じが違う気がするのは……単なる思い過ごしだろうか? ■直哉通常 「とりあえず、戻ろう。流石の俺も疲れた」 ■桐也呆れ 「そりゃ帰国してからこんなところに来れば疲れもするだろ。暫く会社も休みなんだろ? ゆっくりすればいい」 「ああ、そうだな……ゆうみ、帰るぞ」 ■ゆうみ微笑 「う、うん、分かった」  そうやって、わたし達のピクニックは終わりを告げた。  それでも、長い一日は、まだ終わらない。 ■自宅 ■ゆうみ悲しみ 「はぁ、疲れたぁ〜」 ■ジャバウォック突っ込み 「もう今日は何もする気が起きねーぜ……」  夕刻。わたしはソファで横になり、ジャバちゃんはテーブルの上で大の字になって横になる。  今日は、色々な事が起こり過ぎた。正直、何かしようとする気も起きない。  もうこのまま眠ってしまってもいいかな、と思ってしまうぐらいだった。 「遊び行くのはいいんだけど、この疲労感は何とも言えないよね……」 「やっぱり家が一番いいってやつか?」 「うーん、まぁ、そう言われればそうなんだけど……」  お父さんが帰って来てる以上、やや微妙なところである。  疲労とは別のため息をつくと、テーブルに置いてあったリモコンを手に取り、スイッチを入れる。 ■ジャバウォック呆れ 「でもよー、今日の晩飯誰が作るんだよ。ラーメン食わせろー」 ■ゆうみ呆れ 「ジャバちゃん昨日食べたじゃない」 「あんなので満足するオレだと思ったら大間違いだぜー、毎食ラーメンでもイケるぜこんちくしょー」 「絶対体に悪いんだー、成人病になれるよー?」  二人してダラダラ横になっての会話。力もなく、ぼんやりとした会話だった。  テレビから聞こえるニュースも、まったく耳に入ってなかった。そもそも、静かなのが嫌でつけただけだから、そうであっても全く問題はなかったのだけれど。 ■直哉通常 「ほら、はるな。着いたぞ」 ■はるな悲しみ 「う〜、頭痛いぃぃ……ひっく!」 「はいはい、とりあえず今日は寝ろ。二階まで上がるぞ?」 ■はるな怒り 「やー! 今寝る〜すぐ寝る〜」 「はいはいはいはい、分かったから、分かったから。それじゃ和室に布団引くからちょっと待ってろ」 「うーーーー!」  そんな声が玄関口から聞こえてくる。子どものわたしですら恥ずかしくなるような酔っ払いっぷりのお母さん。  決してないとはいえ、お母さんがあそこまで酔うのは久々に見たような気がした。 「なんだよ。はるな、酔いやすいんじゃなかったのか?」 ■ゆうみ悲しみ 「いや、確かにそうなんだけど、なんていうか、悪酔いっていうの? あそこまでむちゃくちゃなのはそうそうお目にかかれないかな」  大体、お母さんは酔っぱらったら蟒蛇にこそなるが、一定時間過ぎればバタンと倒れて寝てしまうのが常だ。  そういう時、わたしはいつも掛布団を二階の寝室から降ろして掛けてやっている。 ■ジャバウォック通常 「ま、自分の夫が帰ってきたんだ。羽目を外したくなる気持ちもわからない事もないがな」 ■ゆうみ呆れ 「そんなもの?」 ■ジャバウォック呆れ 「悪魔のオレが言えるモンでもねーけどな。そりゃ三年ぶりの再会ならそうなるだろうよ」 ■SE:携帯の着信音 ■ゆうみ驚き ■ジャバウォック突っ込み  その時だった。少し鈍い音の、携帯の着信音がなった。  疲れていて面倒だったので、行儀が悪いと思いつつ、携帯を開く。 ■ゆうみ悲しみ 「…………?」 「あん? どうしたんだよ」 「あ、うん。着信番号が初めてみたものだったから」  ディスプレイを見ると、わたしが見た事のない電話番号がそこには表示されていた。  わたしは携帯番号に関しては、逐一登録する方だ。紗希ちゃんや明美ちゃんの分もあるし、桐也さんの分も、今日会ったセリカさんの分も入れている。  まぁ、どちらかと言えば携帯電話を買ったばかりで、出来るだけ携帯に登録している人を増やしたい、という気持ちもあったのだけれど…… ■ゆうみ呆れ 「でて、いいものなのかなぁ……架空請求とかオレオレ詐欺とか来るんじゃないの?」 ■ジャバウォック呆れ 「んなわけあるか。仮にそうでも、そういう時は非通知で来るもんだぜ」 ■ゆうみ驚き 「へぇ、そうなんだ……」 「ま、大方間違い電話かその辺りなんじゃねーの? 取るか切るかさっさしろ。着信音うるせーし」 ■ゆうみ拗ねる 「はいはい、わるぅございましたね!」  ちょっと怪しい電話とはいえ、別に取るだけで被害を被るわけでもないと思う。  そう意を決して通話ボタンを押す。 「もしもし? どちら様ですか?」 ■暗転 「……おねえちゃん?」 「…………え………………か、香苗ちゃん?」  その声を聞いた瞬間、一体誰の声なのか分からなかった。  でも、おねえちゃんという言葉と、その後に聞こえるすすり泣くような声。  携帯の先でも分かる。公園の時だって散々泣いていたし、現状、電話の主は佐藤 香苗ちゃんで、間違いなかった。 「香苗ちゃん、どうしたの? どうしてわたしに電話したの?」 「…………あのね、ひっ、うぅ…………」 「え、香苗ちゃん? もしもし、聞こえてる?」  よく聞き取れない。どうして香苗ちゃんは泣いているのかすら分からない。  でも、それでもなんとなく嫌な予感はした。胸がざわざわするような、変な感覚。 「ひっく、ワンタロ、探しても、見つからな……ぐずっ、ぅ、」 「え、ワンタロー? どういう事? 香苗ちゃん?」 「ワン、タロ、今頃お腹空かせているはず、だから、おやつ、持って行ってあげようと思って……!」 ■リビング ■ゆうみ驚き 「も、もしかして……」 ■ジャバウォック呆れ 「あん? どーしたんだよ。あのガキから電話っていうのは分かったけど」  ジャバちゃんがわたしの顔を見て、そう言ったが、わたし自身はジャバちゃんの言葉なんて、まるで聞いていなかった。  いや、そんな事より……! ■回想シーン  あの時、ジャバちゃんにお願いしてワンタローを逃がしようにした。  その前には香苗ちゃん達と別れたけど、あの子もワンタローがあの場から逃げたのを車の中で見たんじゃないだろうか……?  だから、あの子はきっと……! ■リビング ■ゆうみ怒り 「香苗ちゃん、今どこにいるの!?」  端的に、一番聞きたい事を言った。  今、香苗ちゃんがそういう事態直面しているのを、確認する為に。 「……ひっく、分かんない……ここ、どこぉ……」 ■暗転 ■SE:携帯の途切れる音  ブツリ。  香苗ちゃんの泣きながらに伝えた言葉。  それが聞こえた途端、携帯が切れた。 「香苗ちゃん? 香苗ちゃん!?」  声を掛けても返事がない。携帯の画面を見ると、通話終了の文字。  もう一度、耳に当ててもツー、ツー、と切れた時の音しか聞こえない。 ■リビング ■ジャバウォック突っ込み 「おい、どうしたんだよ。なんかヤバそうなのは分かったが」 ■ゆうみ戸惑い 「香苗ちゃん、迷子になっているっぽいんだよ……!」 ■ジャバウォック呆れ 「はぁ? なんでまた」 「わ、分かんないけど、きっとワンタロー探しに行ったんだよ……! 多分、香苗ちゃんも逃げ出すワンタローを見かけて心配になったんだと思う……」  もう一回携帯を開いて、先ほど来た番号に掛ける。今の携帯は履歴が残るから、こういう時は凄く役に立つ。  けれど、 『お掛けになった電話番号は、電波の届かない場所にあるか、電源が切れています。ピーとなったら――――』  携帯から聞こえるのは電子的な女性の声。端的に、繋がらない事を示していた。 ■ゆうみ怒り 「な、なんで……」  どうして電話が繋がらないのか。いや、確かに電話は一方的に切れた。  それが原因で不通になる事自体はある得るのかもしれない。  けれど、そこからくる連想は、ロクなものしかなかった。 ■ゆうみ悲しみ 「か、香苗ちゃん大丈夫かな? もう暗いし……誘拐されたりとか、怪我したとかしてないよね……!?」  小さい子一人が暗い夜道を歩きまわるのがどれだけ危険か、そんなの自分が一番よく知って……い、る……!? ■胸を抑え込むゆうみと、驚くジャバウォック 「おい、ゆうみ、どうしたんだよ顔が真っ青じゃねーか!」 「な、なんでも、ない……それより、香苗ちゃん探さなきゃ……!」  自分でも、不思議に思うぐらい、楽観的になれなかった。  本当に香苗ちゃんが迷子なら、早く見つけてあげないといけない。  そしてそれ以上に、何かの恐怖があった。小さい子が夜道を歩きまわるのは危険なのは、誰でもわかる。  どうして、自分がそれを知っているなんて思ったのか、それは分からないけれど、とにかく、とにかく見つけないと……! 「お前、なんだよその負の感情……膨れ上がり方が尋常じゃないぞ!?」 「何の事か、さっぱりだよ……わたしの事より、香苗ちゃんでしょ……見つけないと、見つけてあげないと……!」 ■暗転  自分でも、凄く焦っているのが分かった。  酷く慌て、一刻も早くどうにかしないといけないと思っているわたしがいる反面、それを客観的に、冷静に見ている自分もいた。  何を自分は慌てているのか。確かに、迷子になっているなら由々しき事態とは思う。  けれど、今のわたしの慌てっぷりも尋常じゃないのも分かっていた。 ■リビング ■ゆうみ怒り 「とりあえず、外に出て探さなきゃ……!」 ■ジャバウォック怒り 「アホか! 何処にいるかも分からないヤツを探しに行っても見つかるわきゃねーだろうがよ!」 「じゃあどうしろっていうんだよ! 取り返しのつかない事になってたらどーするんだよ!」 ■ジャバウォック突っ込み 「…………なぁ、取り返しのつかない事って、なんだよ」 ■ゆうみ驚き 「えっと…………う…………」 「まぁいい。どちらにしろ、もう少し落ち着け。そもそも、なんでゆうみに電話掛けてくるんだよ? 普通、親じゃねーの?」 ■ゆうみ悲しみ 「どういう事?」 ■ジャバウォック呆れ 「お前とガキがどういう会話をしたのかはオレには分からん。ただ、あっちの親も今の状況を把握しているのかって話だ」  えっと、えっと、つまり…… ■ゆうみ呆れ 「あっちの両親が香苗ちゃんが迷子になっている事を知らないって事?」  香苗ちゃんは、わざわざわたしに電話をしてきた。……というか、なんで香苗ちゃんが電話を掛けて来たんだろう?  携帯を改めて開く。着信履歴には、番号が表示されているけれど…… 「これ、そもそも何処の番号なんだろ。多分携帯の番号だと思うんだけど」 「090か080で始まる番号は携帯電話のものだぜ」 「……香苗ちゃんって、携帯持っていたっけ?」  確かに、わたしは香苗ちゃんに自分の携帯の番号を紙に書いて渡した。でも、香苗ちゃんはそれをポケットにしまっただけで、携帯を取り出す事もしなかった。  そもそも、香苗ちゃんの年齢で携帯を持っているなんて、まずありえない。 ■ジャバウォック通常 「とりあえず、あのガキの親と連絡つけねーと。あのガキを探すのはそれからでも遅くはねーよ。急がば回れって言葉、憶えておきな」 ■ゆうみ怒り 「う、うん…… ■ゆうみ悲しみ で、でもさ、どうやって探すんだよ。タウンページとかで探す時間なんてないよ?」 ■ジャバウォック呆れ 「ああ、安心しろ。その手の調べもので得意なヤツいるからよ。ゆうみ、携帯電話貸せ」  わたしはジャバちゃんに言われた通り、携帯を渡す……とジャバちゃんが携帯を抱える羽目になるので、携帯を開いたままテーブルに置いてやる。  ジャバちゃんもそれを分かって何も言わずにテーブルに立つと、ポチポチと携帯番号をプッシュする。  その様が、まるでもぐら叩きゲームの様に見えて、不謹慎だと思いつつ、少し笑ってしまった。 ■ジャバウォック呆れ 「やーっと落ち着いたか」 ■ゆうみ驚き 「……え?」  通話開始を押して、コールが止まるまでの間、やれやれといった感じでジャバちゃんが呟いた。 「お前がどうしてそこまで焦っているのかは知らん。あのガキが夜道をうろついているというのなら、なるほど危なっかしいだろうよ。けどな、さっきのお前の方がオレからすりゃ、よっぽど危なっかしかったぜ」 「…………」  ジャバちゃんに言われて、わたしは何も言えなかった。  先程まであった、胸の苦しさも、いつの間にかなくなっていた。  さっきの動悸みたいのは、一体なんだったんだろう? ■暗転 『もしもし? こちらは春先商店街、古美術店のエリスですが』  そんな事を考えていた時、携帯から聞こえてきたその声に、わたしは意識を持って行かれた。  携帯から妙に大きな音が聞こえるのは、音を拡声しているからだ。  だから、耳に直接当てることなく、わたしはこうして声を聞けている。  けれど、その電話先の、ジャバちゃんが電話をかけた相手が予想外な人だったから、驚きが隠せなかった。 ■ジャバウォック突っ込み 「よう、エリス。オレだ」 ■エリス通常 『……ふむ。誰かな』 「だから、オレだって言ってんだろーが」 「……悪戯か。最近はオレオレ詐欺というものが流行ってるらしい。世の中も荒んだものだ」 ■ジャバウォック怒り 「おい、テメー! 分かってるくせにいちいちそんな事を言ってんじゃねー!」 ■エリス冷笑 「さて、ピンク頭のじゃじゃ馬悪魔なんぞ、私は知らんな」 「分かってるじゃねーかこの野郎! こっちは急いでいるんだよ!」  ジャバちゃんとエリスさんが、店でやった時みたいな口喧嘩をし始める。  前はポカン、とその状況に追いつけなかった私だけれど、今はそれどころじゃない。  わたしはテーブルに座り込んで、二人の会話に割り込むような形で携帯の先にいるエリスさんに話しかける。 ■ゆうみ真剣 「もしもし、エリスさんですか? わたしです、柏木 ゆうみです!」 ■エリス通常 「ああ、キミか。ジャバウォックから電話があったから何だと思ったよ。それで、人助けは順調か?」 「それとは別に、お願いしたい事があるんです! ……だよね、ジャバちゃん?」  ジャバちゃんが探すのが得意な相手、という事でエリスさんに電話をしたという事は、エリスさんは人を探すのが得意、という事になる。 ■ジャバウォック突っ込み 「ああ、そうだ。エリス、悪いが調べたい事がある。一応、これも人助けに関する事だ。協力してくれ」 ■エリス呆れ 「ま、こればっかりは私が言い出した事だからな。貸しナシでやってやろう。で、何を探したいんだ?」 ■ゆうみ怒り 「佐藤 香苗ちゃんっていう、四歳の女の子です。この子が実は迷子になっていて――」  そこから、掻い摘んで事の次第を説明する。わたし一人では口ごもりそうな場面でも、ジャバちゃんが横から補足してくれた点が、非常に助かった。  説明するのが得意ではないわたしにとっては、それをきちんと伝えきるかどうかが不安で仕方がなかったが、杞憂に終わったようだった。 ■エリス呆れ 「言いたい事は分かった。……ふむ、佐藤。佐藤、香苗か……少しだけ待て」  そうやって、携帯スピーカーからガサゴソと物音が聞こえる。それから、何かをカチャカチャと叩く……打つ様な音。拡声状態にしていて初めて気づく。  携帯は実はここまで細かい音まで拾っているのだなぁと。 「佐藤 香苗。ヒットしたぞ」  そんなどうでもいい事を考えている内に、エリスさんの声が聞こえた。  慌てて、固定電話の横に置いてあるメモ帳とボールペンをひったくると、エリスさんが言ってくれる電話番号……自宅の番号、両親の携帯番号、挙句の果てには長女の携帯番号まで教えてくれた。それと、住所まで。 ■ゆうみ呆れ 「エリスさんって、とってもすごい人なんだね。名前だけでここまで分かるんだから」 ■ジャバウォック通常 「悪いな、エリス。手間掛けさせた」 ■ゆうみ笑顔 「あ、あの、ありがとうございました!」 ■エリス通常 「礼には及ばないよ。ただ、悪い。急ぎかもしれんが、ジャバウォックと少し会話したい。構わないか?」 ■ゆうみ驚き 「え……あ、はい、分かりました」  少しジャバちゃんと話がしたいというエリスさんに、少しばかり驚いてしまったけれど、別に構わないように思えた。  番号をメモした以上、こちらは固定電話から掛ける事が出来る。わたしの携帯から掛けたという事で、電話代がかかってしまうけれど、そんな事を気にするのもあれだったので、何も言わないでおいた。  それに、わざわざ調べものをしてくれたエリスさんにも失礼な気がして、私はジャバちゃんの横に携帯を置いて、拡声から通常に戻した後、固定電話の方で電話を掛ける。  勿論、電話先は香苗ちゃんの自宅の電話番号である。 ■暗転 ■SE:電話の掛ける音 「…………」  ごくり、と自分の喉が鳴るのが分かる。  もし、エリスさんが教えてくれた番号が、香苗ちゃんの自宅でなかったらどうしようと。  香苗ちゃんが迷子かも、と思ってからもう十分以上は経過している。  今になって、外に飛び出して探したい衝動が出てくるが、受話器を強く握ってそれを堪えた。  そして、電話先から軽い物が当たるような音が聞こえた。それは、今までに電話を掛けてきて何度も耳にした音。相手側が受話器を取った音。……繋がった! 「もしも――」 「もしもし!? 香苗、香苗なの!?」  こちらが言い切る前だった。慌てて飛びついたと言わんばかりの大声で、早口でまくしたてるものだから、流石のわたしも面食らう。  ただ、電話先で香苗ちゃんの名前が出てきたという事は、間違いなくここの電話先は香苗ちゃんの家なのだ。 「あ、えっと、ご、ごめんなさい。わたしは、柏木です。分かりますか? 今日、公園で会った……」  そう言うと、ほんの少し間があったけれど、返答があった。それは先程電話を出た時とは違う、落ち着いた声だった。 「え、ええ……あの時の。娘さん、でしたよね?」 「はい。髪が一番短い方の。あ、それはともかく。香苗ちゃんの事でお話があります! 香苗ちゃんは、今お家にいますか!?」 「いや、それが……あの子……」  香苗ちゃんのお母さんが言いにくそうに口ごもる。もう、聞かなくても最初のあの言葉で大体分かっていた。だからこそ、わたしは先に、伝えなくてはいけない事を伝えた。 「わたし、香苗ちゃんから電話を受け取ったんです!」 「……え…………か、香苗がどこにいるのか知っているんですか!?」 「いや、ただ、迷子になったって。その前に電話が切れちゃいました……」 「その他に、何か言ってなかった!? それか、何か、場所が分かるような音とか!」 「えっと……」  一気に捲し立てられて電話先とはいえ、なんと答えていいのか分からなかった。  わたしも、色々聞きたい事はあった。香苗ちゃんはどうやって迷子になったのか、とか、香苗ちゃんが行きやすそうな場所は何処だ、とか、どうして香苗ちゃんが携帯電話を持っていたのか、とか、色々、色々。  でもそれ以上に、電話越しで聞こえる……もはや、鬼気迫る声。それは、まるで菜々美おばさんに迫られた時の恐怖に似ている。 「お願い! あの子は何処に!? あの子は、あの子は…………」  でも、それは、その想いは……何よりも、誰よりも自分の子を愛する母親そのものだった。  電話越しでしか聞こえない。声でしか聞き取れないその想いは、悲しみ以外の何物でもない。  だからこそ、分かった。電話からしか聞こえないその声は……泣いていた。  そして、それはあの時と、まったく同じだった。 ■前の話のゆうみと菜々美の一枚絵  学校が始まった初日。紗希ちゃんの事で、奈々美おばさんに迫られた時だ。 ……一か月前のあの時、わたしは恐怖以外の何物も感じなかった。 単に、怖いと。嫌悪感しかなかったし、人とは違う別の存在、とまで思ってしまった。 でも、違う。違うのだ。 それは、間違いようのない、親の愛情なのだ。愛しているから怒るし、悲しむ。  親の想い……今のわたしには、ほんの少しぐらいしか分かっていないのだろう。それを鑑みると、わたしは子どもだ。  ……でも、それでも、 ■ゆうみと郁恵 「大丈夫です。香苗ちゃんはきっと大丈夫です」 「…………え?」 「今から、わたしも探してみます。……確かに、わたし一人がどうこうした所じゃあんまり変わらないかもしれないけど、それをしない事は、出来ません」 「……駄目よ、気持ちは嬉しいけど、もう暗い――」 「それじゃあ、切りますね。何かあれば連絡します」 「ちょ、ちょっと――」  最後まで、聞かなかった。聞く前に、わたしは受話器を下ろし、電話を切った。  知った以上、放っておく事なんて出来ない。香苗ちゃんの事も心配であるし、おばさんの悲しみを知ったわたしは、家で待っておこう、だなんて考える事が出来なかった。 ■ゆうみ怒り 「ジャバちゃん! 香苗ちゃんを探しに行こう!」 ■ジャバウォック驚き 「お、おい……結局どうだったんだ?」  わたしが振り向くと同時に、ジャバちゃんもわたしの携帯を閉じていた。丁度同じタイミングで会話が終わったらしい。 「香苗ちゃんは、間違いなく迷子っぽい。エリスさんは何か言ってた?」 ■ジャバウォック呆れ 「いんや、別件の話で、あのガキの話じゃなかった」 ■ゆうみ悲しみ 「そう…… ■ゆうみ怒り じゃあもう出かけよう、ジャバちゃん! もう随分時間を経ってる!」 ■ジャバウォック驚き 「お、おい、ちょっと待てよ!」  携帯を重そうに抱えてついてくるジャバちゃんを後ろ目で見た後、リビングの扉を開ける。 ■SE:扉を開ける音 ■暗転  今頃、香苗ちゃんは一人寂しく泣いているのかもしれない。  それを思うと、居ても立っても居られない。ただただ焦りだけが募る。  ……でも、よくよく考えてみると。  香苗ちゃんが迷子になった原因って、突き詰めると何になるんだっけ――― ■玄関前 ■直哉通常 「少し待ちなさい、ゆうみ」  だからこそ、後々考えてみれば、その場でお父さんが立ちはだかるのも、また当たり前の事だった。 ■ジングル ■直哉通常 「少し待ちなさい、ゆうみ」  本当に、リビングから出ててすぐだった。出会いがしらにお父さんとぶつかりそうになり、私は足を止めた。 「ぶわっふ!」  後ろのジャバちゃんはいきなり止まったわたしに気づかず、そのまま背中にぶつかった。  けれど、その様子を見る事は出来ない。お父さんと目があい、視線を逸らす事が出来なかった。 ■ジャバウォック呆れ 「なんだっつーの、急に止まるんじゃねーよ……って、ァん?」  ジャバちゃんが不審な声を上げて、わたしの肩に上ると、どういう状態なのかすぐに把握してくれた。  お父さんはジャバちゃんもいる事を確認すると、眼鏡を外し、真剣な眼差しでわたし達を見据えてくる。 「二人とも、何処に出掛けるつもりだ? もうすぐ暗くなるっていうのに」 ■ゆうみ拗ねる 「別に。ちょっとした散歩だよ。ジャバちゃんもいるし、大丈夫だよ」  ああやって、わたしはぷい、と拗ねた振りをして視線を逸らした。自然に逸らせるように、することが出来た。  確かに気にくわない、という部分もあるけれど、今回はそれ以上に視線が合っていたら何か罪悪感みたいなものを感じてしまう気がする、という理由が大きい。  それほど、お父さんの瞳はまっすぐで、純粋で、隠し事も全て見通されてしまうのではないか……そんな不安を感じてしまうのだ。 ■直哉呆れ 「そんな見え透いた嘘をつくな。あの子を探しに行こうとしてるんだろう?」 ■ゆうみ驚き 「え……ちょっと、なんで知ってるんだよ!」 「大声でしゃべってるからに決まっているだろう。二階まで駄々漏れだ」 ■ゆうみ呆れ 「む……おかーさんも知ってる訳?」 「酔っぱらっていて聞いていないと思うがな。丁度今寝たところだから、聞いていても起きる気にはなれんだろう」 ■ジャバウォック突っ込み 「じゃあ、イチイチ説明する必要もねーよな。オレ達、今からあのガキ探しに行くんだよ」 ■直哉呆れ 「だから、待ちなさいと言っている。二人とも、目先の事に捕らわれ過ぎだ。そんな事をしていたら、お前達はまた間違いを犯すぞ」 ■ジャバウォック怒り 「…………!」  間違い。その単語を聞いて、わたしも、ジャバちゃんも改めてお父さんの方を見る。  しかも、『また』、はっきりとそう言った。 ■ゆうみ怒り 「香苗ちゃんを探しに行く事が間違いな事?」 ■直哉 「それが自体に関しては、ひとまず置いておこう。俺が言っているのは、お前達のその突発的な行動そのものを言っているんだ」  お父さんが、何を言っているのかがよく分からない。  煙に巻かれているのか、単なる嫌がらせなのか分からないけど、焦りも合わせてどんどん苛立ちが募ってくる。 ■ゆうみ怒り 「何の事か、さっぱりなんだけど!? 何さ、三年間わたしとおかーさんをほったらかしにして戻ってきたらいきなり父親面するのは勘弁してほしいんだけど!」 ■直哉通常 「…………」  お父さんは何も言ってこない。そりゃそうだ。反論なんか、出来るわけない。 一応、海外出張という話だけど、わたしからすれば、勝手に家から出て行った、という印象の方が強い。 ■ゆうみ怒り 「ジャバちゃん、ほら、急ごう!」 ■ジャバウォック驚き 「あ、ああ……」  無理矢理、ぶつかっても構わないぐらいに考え、お父さんの横を通って下足場に行く。  案の定、ぶつかったけれど、お父さんは止める気はないようで、ぶつかっただけで終わる。 ■暗転  今日だけでありえないぐらい苛立ちが募っている。自分でもその怒りがふつふつと感じるのが分かる。  もしかして、わたしはこの苛立ちを解消したいが為に……体を動かしたいから、その理由で香苗ちゃんを探そう、だなんて言い出したのかもしれない。 ■SE:扉を開ける音 ■道路 ■SE:走る音 ■ジャバウォック突っ込み 「なぁ、あれでよかったのか?」 ■ゆうみ通常 「何が?」 「何が、って……父親の事だよ」 ■ゆうみ拗ねる 「ごめん、なんか、わたしもゴチャゴチャでさ、分からないんだよね。いきなりおとーさんが帰ってきて、喜んでいいのか、怒っていいのか、さ」  帰ってこなかったら帰ってこないで、わたしは怒るだろう……というか、怒っていたし、帰ってきたら帰ってきたで、なんで今更……なんて思って怒っているし。  思っている事がしっちゃかめっちゃかで、アベコベで、矛盾している事ぐらい、自分が一番よく分かっている。  ……分かっているけど、止められないのだ。 ■ゆうみ悲しみ 「その事は、また後で考えるよ。今は、香苗ちゃんを探さないと……」  とりあえず、今はこの感情はとりあえず捨てて置いておこう。  今は、香苗ちゃんを見つける事だけを考えないと……携帯は持ってきたから、ちょくちょく香苗ちゃんのお母さんに連絡をしながら探すしかない。 ■ジャバウォック突っ込み 「でよ、走り回ってるけど何か見つけられる目処でも立ってるのか?」 ■ゆうみ驚き 「え? そんなのあるわけないじゃん」 ■ジャバウォック呆れ 「え、おい。何処か居そうな場所とか聞かなかったのか?」 ■ゆうみ怒り 「一応聞いたけど、なんかそんな空気じゃなかったし」 ■ジャバウォック怒り 「お前はアホかー! 探す探すって言うからにはエリスかガキの親からガキが行きそうな場所を聞いているもんかと思ったぜ!」  今更ながらにジャバちゃんが怒り出す。  そもそも、迷子になっているという事……自分の居場所が分からないのだから、少なくとも香苗ちゃんが普段行かないような場所に行っているに違いないのだ。  それなら、香苗ちゃんが行きそうなところを探してもあまり意味がない気がする。 ■ジャバウォック呆れ 「確かに、あの犬っコロを探している以上、自分の知らない道に行く可能性はある。だがな、それ以上に知っている場所に子どもは行ってしまうものなんだよ。遊園地みたいな、興味を引かれて迷子になる、じゃなくて何かしらの目的があるのなら、まず自分が知っている……安心して行ける場所へ行くもんだ」 ■ゆうみ拗ねる 「そんなものなの?」 「そんなもんだよ。あのガキの迷子っていうのも、単に暗くて自分の居場所が分からなくなっただけの可能性だってある。……そこが本来自分がよく行き来している場所でも、昼夜が逆転すれば別世界だからな」 ■ゆうみ真剣 「……じゃあ、こうして闇雲に探し回るのは無意味って事?」 「決して無意味じゃないだろうが、限りなく非効率だな。悪ぃ、先に言っておくべきだったな」  ジャバちゃんに言われて、こうして走り回るだけ無駄なのかも、なんて今更ながらに思った。  香苗ちゃんは今も歩き続けている可能性もある。でも、あんな小さな子の足だ。よくよく考えてみれば、そう遠くに行きようがない。  まずは、場所を絞る所からしなきゃいけない。もう一度、香苗ちゃんのお母さんに電話しよう。 「あと、人数もいた方がいいぜ。紗希とアイツにも連絡した方がいいかもな」 ■ゆうみ悲しみ 「でも、二人ともこんな時間に外に出て大丈夫なのかなぁ」 ■ジャバウォック突っ込み 「別にいいだろ。大体、お前らマジで箱入り娘かっつーの! ■ジャバウォック突っ込み  ま、紗希は確かに難しいかもしれんがな……」  奈々美おばさんが怒り出しそうなのが容易に想像できてしまう……  でも、明美ちゃんは明美ちゃんで明日部活があるって言っていた。呼んでも大丈夫なのだろうか?  あるいは、和樹っちと彩ちゃんに電話……それも、いくらなんでもあんまりだ。  二人とも、こっちの事情なんて知るわけがないんだし…… ■SE:どん、と押す音 ■ゆうみ驚き 「ひっ!? ひゃああああ!?」 ■ジャバウォック呆れ 「何だよ、キモい声出して」 ■ゆうみ怒り 「き、キモいって何だよ! なんか、足元で変な感触が……!」 わたしの足……ふとももより少し下辺りに、何かが当たるような感覚を感じた。  それは何かサラサラとしていて、少しくすぐったいものがあるのかもしれない。  けれど、後ろから、しかもいきなり来るのならそれは恐怖以外に他ならない。正直、いきなり後ろから肩を叩かれるよりも、怖い。 ■ジャバウォック突っ込み 「ん、あ……?」 ■ゆうみ泣き 「な、なんなんだよいきなり…… ■ゆうみ驚き って、え?」 ■ワンタロー  わたしの足元をぐるぐるとゆったり歩き、喜んでいるのかそうでないのかイマイチ分からない、ちょっと気が抜けたような空気を作る、飼い主がいない大型犬……犬種、セントバーナードがそこにいた。 「ワンタロー! なんでここにいるの!?」  わたしはその姿を確認して、腰を下ろす。すると、ワンタローも律儀に座ってくれる。  目線の高さが一緒でわたしとワンタローは見つめ合うような形になる。  どうしてここに、ワンタローがいるのか分からない。  あの時逃がして、偶然、今のタイミングで出会うのはあまりにも都合が良過ぎると思わずにはいられない。  でも、それでも。わたしは、ワンタローに出会えた事を心の底から感謝する。  両手でワンタローの顔を挟みながら撫でながら、多分言っても分からないだろうと思いつつも、言った。 ■ゆうみ悲しみ 「ワンタロー、今日会った、香苗ちゃんの事分かる? 小さい、まだ幼稚園に通ってる子だよ? その子がね、今、迷子になってるの」 ■ジャバウォック拗ねる 「………………」 「公園から逃げ出したワンタローが心配で、探しに行ったんだって……! 電話で聞いた、香苗ちゃん、寂しそうに、泣いていた……!」  そこまで言ったら、堰が止まらなくなる。香苗ちゃんが迷子になった、という事が分かってから思っていた言葉が、止まらなくなる……! ■ゆうみ泣き 「ごめん、わたし、どうしていいのか分かんないんだよ……! わたしのせいなんだよ、わたしがワンタローを逃がそう、なんて言いださなければ、そもそも香苗ちゃんは迷子になる事なんてなかった……!」 ■ジャバウォック突っ込み 「おい、逃がしたのはオレだぞ。テメー一人が背負い込む事じゃねぇ」 ■ゆうみ怒り 「でも、わたしが言いださなければ元々、そんな事にはならなかった……! けれど、そうしなくちゃ……わたし達はワンタローを、死なせちゃうかもしれなかった……!」  わたしは、ワンタローを救いたかった。助けてと懇願する香苗ちゃんの想いに答えたかった……!  でも、そのせいで香苗ちゃんが危険な目にあう可能性なんて、考えてなかった。あの場から逃げ出すワンタローを見て、香苗ちゃんが心配して探しに行く、という事を考えていなかった!  公園にいた時の香苗ちゃんとワンタローの様子は、まさしく飼い主とそのペットだった。傍から見ても、それぐらい仲が良く見えた。  もう、小さなあの子にとって、今日会ったばかりのワンタローは家族同然だったのだ。 ■ゆうみ泣き 「でもね、そのせいで香苗ちゃんが危ない目に会うなら……ワンタローを逃がしちゃいけなかったのかも、なんて考えてる自分がいる……!」  でも、それはあの場にいた大人達と同様の、ワンタローに対する消極的な排除と一緒なのだ。そもそも、それが嫌でワンタローを逃がそうとしたのに、ちょっと状況が変わると、こうも人の考えは変わるものなのか。  今更言ったところで状況が変わるわけではない。ただ、わたしのせいで香苗ちゃんが迷子になった責任と、そのせいでワンタローを否定しそうになる自分が、本当に嫌で嫌で仕方がなかった。 ■暗転  その時、頬に湿った何かが触れる感覚を覚えた。  ワンタローが、口を近づけ、私の涙を舐めとったのだ。  あまりにも突然の事だったので驚いてしまったけれど……ワンタローがわたしを励ましてくれている事だけは分かって……嬉しくなってつい抱きしめてしまう。 「ごめん、アリガト、ワンタロー。自分で急がなくちゃとか散々言っておいて、これだよ。しっかりしなきゃね……」 ■ジャバウォック呆れ 「まったくだぜ。今後この犬っコロをどうするかはともかく、とりあえずあのガキを見つけてしまえば万事解決だろ?  ■ジャバウォック皮肉 まだ決まってねぇぞ、勝手に自分が選んだ選択を間違いにしてるんじゃねぇよ、馬鹿」 ■ゆうみ驚き 「ジャバちゃん…… ■ゆうみ笑顔 そうだね、うん、そうだね!」 ■ジャバウォック呆れ 「大体、お前はネガティブの方向に走り過ぎなんだよ。どうやったらそこまでネガティブ方面に突っ走れるんだ?」 ■ゆうみ拗ねる 「うっさいなぁ。別にそんな事どーでもいいでしょ。 ■ゆうみ悲しみ とりあえず、話は戻すとして、香苗ちゃんのお母さんに電話をすれば…… ■ゆうみ驚き って、ワンタロー?」  さっきまで隣にいたはずのワンタローがいない。ただ、すぐに見つかった。  ほんの一メートル離れた先。気づけば、ワンタローは地べたに鼻を近づけ、匂いを嗅いでいた。  それに対して、わたしは一瞬何をしているのかが理解できず、我ながら呆けた顔でワンタローを見つめてしまう。 ■ゆうみ拗ねる 「ワンタロー、お腹空いたのかな?」 ■ジャバウォック呆れ 「いやいやいや、今の話の流れで何故そうなる。 ■ジャバウォック突っ込み ……とはいえ、嗅覚であのガキを探そう、というには突拍子もつかない発想だが」 ■ゆうみ驚き 「え、匂いを辿って見つけるってやつ? ワンタロー、そんな事も出来るの!?」  ちょっと漫画なんかでよくありがちな展開。ついついワンタローの隣に座り込んで様子を見てしまう。 ■ジャバウォック通常 「ま、セントバーナードといえばアルプスの山を守る遭難救助犬として有名だしな。他の犬に比べて嗅覚が良く、その匂いを記憶する能力も優れてるんだぜ」 ■ゆうみ笑顔 「じゃあ、ワンタローの後を追っていけば香苗ちゃんを見つける事が出来るって事!?」 ■ジャバウォック呆れ 「一概には言えないよな……訓練もせずに雪山から遭難者を救助するっていう話はあるが、それがコイツに当てはまるとは限らんしなぁ」  ジャバちゃんは半信半疑のよう。確かに、安直に考えてしまえば見つけられる、と思ってしまうけど、実際のところ微妙なところだと思う。  素人目でしか言えないけど、雪山と違って色々な臭いがある町中で、何処にいるのか分からない香苗ちゃんを探すのは難しいと思う。  何処にいるのか分からない、というのは共通しているけれど、場所と環境があまりにも違いすぎる。  ……それ以前に、犬が自分の主人でも探して見つける、といった事例そのものが稀なのではないだろうか。 ■ゆうみ悲しみ 「でも、分からないよ。もしかしたら、ワンタローが見つけてくれるかもしれない」 ■ジャバウォック突っ込み 「んで、どうするんだ? 親に連絡入れるのか?」 「……やっぱり、ちょっと待って。ワンタローがいる事を知ったら、どうなるか分からないし」  もし、本当にワンタローが香苗ちゃんを見つける事が出来るなら。香苗ちゃんにワンタローと会わせる事が出来る。  急がなきゃいけないというのは分かっているけど、香苗ちゃんのお母さんがその事を知ったらどうなるか分からないし、仮に香苗ちゃんを見つけたとしても、ワンタローと会わせた後に連絡した方がいい、なんて考えている自分がいる。 ■ゆうみ悲しみ 「あーあ、自分ってなんか変なの」 ■ジャバウォック呆れ 「あん? なんだよいきなり」 「わたし一人で慌てて怒って泣いてさ、言っている事やらやっている事やら思っている事やらがしっちゃかめっちゃかだなぁ、って」  前から、そういうのはあった。ちょっと前までこうだ、と思ってたことでも今になるとその反対の主張をしてみたり、矛盾した事をいってみたり。  正直、自分でも考えにブレがある、と思うぐらいだ。そして、それに対して憂鬱に思う自分がいる。 ■ジャバウォック突っ込み 「べっつに、いいんじゃねーの?」 ■ゆうみ驚き 「……え?」 「言ってることが違ったり主張がコロコロ変わるっつーのは別にお前みたいなガキでは当たり前の事だ。むしろ、一貫して考え方が常に同じっつーのは逆に恐ろしいんだぜ。そんなのは漫画やゲームだけで十分だっつーの」 ■ゆうみ拗ねる 「なんか、言ってる事よく分かんない」 ■ジャバウォック皮肉 「ようするに、沢山悩めって事だ……んな事言ってないで、さっさとあの犬追いかけるぞ」 ■ゆうみ驚き 「あ……ワンタロー、待って待って!」  ジャバちゃんと話をしている内に、ワンタローが匂いを嗅ぎながらも先に進んでいるのを見て、わたしも慌てて立ち上がり、ワンタローの後を追いかけた。 ■暗転  それにしても、ジャバちゃんが言った事……あれは、どういう事なのだろうか。  一貫して考え方が常に同じな事は、恐ろしい事……なのだろうか?  むしろ、考え方が変わっていく事の方が怖いような気がするのだけれど……今の私が当にそうなんだけど……どうなのだろう、その辺。  それが分からないのは、きっと自分が子供だから。なんだか、それが悔しくて、認めたくなくて、それを振り払うかのように、香苗ちゃんの事を探し続けるのだった。 ■ジングル ■ジャバウォック呆れ 「にしてもよ、随分と歩いたんじゃねーの?」 ■ゆうみ呆れ 「ジャバちゃんは歩いてないけどね」 「うっせ。遠くまで来たっていうのは間違いないだろ?」  ワンタローをついて歩いて三十分は経ったのではなかろうか。今や春先町を越えて隣町の古先町へと足を踏み入れていた。  元々、町の境近くにわたしの家がある訳で隣町に行こうと思えば簡単なのだが、小学校の区域ではなかっただけあり、わたしもあまり足を運んだ事がない。 「そういえば、この町って昔凄く有名だったらしいんだよね。よく知らないけど」  なんだったけ。お母さんからよく聞いていたんだけど、願いが叶う町とか、幸せを運ぶ町とか、似たような、違うような事を言っていたのだけれど…… ■ジャバウォック突っ込み 「ああ、天使の町だな」 ■ゆうみ驚き 「え、ジャバちゃん知ってるの?」 「まだ、その時はオレ普通に存在していたしな。……って、おい、犬っコロが!」 ■ゆうみ驚き 「え、あ、ワンタロー、何処に行くの!?」  ジャバちゃんと話していたとしても、わたしはワンタローが目の前からいなくならないようにきちんと後をつけていた。  けれど、今まで匂いを嗅ぎながら歩いていたワンタローが、いきなり走り出した時、とっさに反応する事が出来なかった。 ■暗転 「待って、ワンタロー!」  いきなり走り出したという事は、香苗ちゃんが近くにいるという事なのだろうか?  だとすれば、それはとても嬉しい事なのだけれど、ワンタローが走り出すと、わたしの足じゃどうにも追いつけない。  徒競走はある程度自信があるけれど、流石に犬と比べる事なんて出来ないし、今日の昼も追いかける事すらままならなかった。 「おい、ゆうみ急げよ! ここであの犬っコロ見失ったら意味ないぞ!」 「……! 分かってるよ!」  辺りも暗く、街灯も少ない。全国的にも知られている町だけど、わたし達が住む春先町とさほど変わらず、田舎同然である。  夜に近くなればなるほど人通りが少なくなるのも変わらないようだ。まだ完全に日が落ちていないとはいえ、もう歩道にも車道にすら人や車を見かける事が出来ない。 ■道路 ■ゆうみ驚き 「ワンタローはどこ!?」 ■ジャバウォック怒り 「右にいたぞ! 急げ!」 ■ゆうみ怒り 「う、うん!」 ■暗転 ■SE走る音 ■公園 ■ゆうみ驚き 「ここ、公園……?」  ワンタローを追いかけて、たどり着いたのは、随分と寂れた公園だった。  そこは、公園として機能しているのか分からないぐらいには、遊具がなかった。  ただ伸びっ放しに任せた雑草が生い茂り、わざわざここで遊ぶ理由が思い当たらないぐらいには、寂しい場所。  まだ、わたしの家の近くにある公園の方が幾分立派に見える……ここがわたし達の住む住宅街とか毛色が違う事ぐらい分かっているけど、そういう落差を感じるのは紛れもない事実だった。 「ワンタロー、どこー? 香苗ちゃん、いるのー?」  辺りを見渡す。見渡すと言っても、そんなに大きい公園じゃない。すぐに、公園と言う背景の中に、ぽつんと一匹、大きな犬が背を向けて座っていた。 ■ゆうみ笑顔 「よかった、ワンタローがいた!」 ■ジャバウォック突っ込み 「この犬、マジで匂いを嗅いでここまで来たのかよ? マジ信じられねぇ……」 ■ゆうみ驚き 「え、それって……あ」 ■滑り台で眠る香苗  いた。香苗ちゃんだった。滑り台の滑る場所で、そのまま眠ってしまっていた。  その寝顔は可愛らしく、抱きしめたい程であったが、瞼がやぼったいところと、頬を伝った涙の痕が、彼女の悲しみを暗に示していた。  そして、その目の前で起こそうともせず、ずっと座ったまま待ち続けるワンタロー。  ……どうしてか、わたしはその間に割って入って香苗ちゃんを起こそう、という考えが思い浮かばなかった。  いや、違う。起こしたくなかった。不謹慎だけれど、眠っている香苗ちゃんとその子をずっと見守っているワンタローの様子が何故か美しい、と思ってしまったからだ。  たったそれだけで、一つの絵として成立してしまう程、厳かで、和やかで。それを自分から壊す、というのは選択の内に入らなかったのだ。 「……ん、」 ■暗転  けれど、その世界もすぐに終わりを告げた。  彼女の眉が動くと、身動ぎをして、ゆっくりと香苗ちゃんが体を起こす。  それを見て、わたしは緊張が解けたのか、自然に空気が抜けるように、息を吐き出した。  パッと見、香苗ちゃんに怪我らしい怪我は見当たらないし、無事の様に見える。でも、気になってわたしは声を掛ける。 「香苗ちゃん、大丈夫? わたしの事、分かる?」 「…………?」  香苗ちゃんは、寝ぼけているのか目をこすりながら、周りを見渡す。  わたしからジャバちゃんに視線が移り、ワンタローの方を見る。 ■ゆうみ悲しみ 「香苗ちゃん……?」 ■香苗驚き 「あ…………おね、えちゃん? お人形さん? わ、ワンタロー?」  視点が定まってきたのか、パチパチと目を瞬かせると、ゆっくりと体を起こす。  どうして香苗ちゃんがこんなところで眠っているのか、状況が分からないのだけれど、それは香苗ちゃん本人も、そのようだった。 「うん、そうだよ。香苗ちゃん、怪我とかしてない?」 ■香苗通常 「うん……うん、  ■香苗泣き うん……う、うわああああああああああああああ!!」  突然だった。状況を理解して……自分が迷子になってしまった事を思いだしたのかもしれない。  わたしに飛びついて、香苗ちゃんは泣きじゃくった。 ■ゆうみ笑顔 「もう大丈夫だよ、香苗ちゃん。お姉ちゃんがいるから、ママとパパのところに帰ろう? ね?」 「うう、うううううぅぅ〜〜〜〜〜!」  香苗ちゃんの体はとても小さくて、わたしが手を回しただけでこの子をすっぽりと包みこんで抱きしめる事が出来た。  こんなに小さな子が、自分がいる場所が何処かもわからず、何処に行けばいいのかも分からなくなってしまえば、恐怖を覚える事は当然だった。 「よく頑張ったよ、香苗ちゃん。ほらほら、もう泣かないで。ジャバちゃん貸すから」 ■ジャバウォック突っ込み 「いやまて、そのりくつはおかしい」 「うん……」 「ってお前も何頷いてんだよ、うんじゃねーよこのヤロウってぎゃあああああああ!?」  そうやって、香苗ちゃんはジャバちゃんを強く抱きしめる。人って何かを抱きしめる事で心が落ち着くって何かで聞いた事があるし、多分ああしていたら落ち着いてくれると思う。  ジャバちゃんはじたばた抜け出そうと必死にもがいているけれど、香苗ちゃんがそれを許さない……ってか、別に香苗ちゃんは嫌がらせでそんな事をしているわけじゃないので、許さないって言い方もおかしいのかもしれないのだけれど。  香苗ちゃんは、寂しさを和らげるようにジャバちゃんに頬づりをしている間、わたしは立ち上がって携帯を取り出す。 ■ゆうみ呆れ 「さてっと、どうしよっかな……」  実際、ワンタローを追いかけるのは賭けだったけれど、本当に香苗ちゃんを見つけることが出来た。  それはとても喜ばしい事なのだけれど、問題はその先だ。 「ワンタロー、どうしよっか……」  律儀に座っているワンタローの頭を撫でながら、ワンタローはワンタローで、何事だと言わんばかりにこちらの方を向くが、私の方がワンタローに問いかけたい気分だった。 「……あれ、ワンタロー? え、え?」  わたしが、ワンタローの名を言ったからか、そこでようやく、香苗ちゃんはワンタローがいる事に気が付いた。  その時に力が緩んだのか、隙が出来た間に、ジャバちゃんが香苗ちゃんの腕から飛び出す。  その顔は割と本気で涙目だったけれど、香苗ちゃんはそんな事も気にも留めず、今度はワンタローへと抱きついた。 「わぁ、ワンタロー、ワンタロー! 無事だった、ワンタロー!」  首からまるで、もたれ掛かる様に抱きつく香苗ちゃんに、嫌な顔一つせずに、それを受け入れるワンタロー。  本当に、嬉しそうな表情。ワンタローはどうなのかは分からないけれど、少なくとも嫌がってはいないだろう。  そうでなかったら、そもそもワンタローは香苗ちゃんを見つけようともしなかった筈なのだから。  だからこそ、このまま香苗ちゃんとワンタローが一緒にお家に帰れたら、どんなによかっただろうか。  けれど……それも叶わない。 ■ゆうみ悲しみ 「香苗ちゃん、そろそろ、お家に帰ろっか。ママが心配してるよ?」 ■香苗悲しみ 「でも香苗、お家分かんない……おねえちゃんは、香苗のお家知ってるの?」 ■ゆうみ通常 「ううん、知らないよ。大丈夫。香苗ちゃんのママとお話出来るから、迎えに来てくれるよ」 ■香苗通常 「ねぇ、ワンタローも一緒じゃ駄目なの?」 ■ゆうみ悲しみ 「…………ごめんね、多分、駄目だと思う」 ■香苗悲しみ 「…………」  本当は、そんな事言いたくなかった。ワンタローも一緒に帰れるよ、と言いたかった。  でも、それが出来ないのだ。あの時、香苗ちゃんの両親がワンタローを飼う事に反対していた。  そもそも、両親がそれに反対しなかったら香苗ちゃんは外に出て迷子になるような事はなかっただろうし、今更その考えが変わるとは思えない。  ワンタローが香苗ちゃんを見つけてくれた、なんて言っても納得して感謝するかどうかも分からないし、それと飼う事は別問題だと思う。  それにすがって、安易な事を言ってしまったら、香苗ちゃんを傷つけてしまう。そして、また今のような状況を引き起こしてしまうかもしれない。  この迷子になった一端は、わたしにもある。だからこそ、わたしは言葉を慎重に選ばなくてはいけなかった。 ■香苗悲しみ 「ワンタロー……」  離したくない、と言わんばかりに香苗ちゃんはワンタローにしがみ付く。  わたしは、どうすればいいのだろうか。  香苗ちゃんのお母さんに電話すれば、すぐに駆けつけてくるだろう。でも、それは同時にワンタローとの別れを意味している。  わたしだって、ワンタローをまた逃がしたい、だなんて思わない。でも、わたしの家でも飼えそうにない、香苗ちゃんの家でも飼えそうにない、となると、どうすればいいんだろうか。  紗希ちゃんや明美ちゃんも無理だと言っていた。 じゃあ、誰に……いや、その考えがそもそもおかしい。自分が飼えないから他人に飼わせるっていうのもあんまりなのではないか。  それか、保健所に引き渡す……? それこそ、あの時のお父さん達と全く同じじゃないか。 ■ゆうみ悲しみ 「ねぇ、ジャバちゃん、どうしたらいいのかな? わたし達じゃ、どうにかならないの?」 ■ジャバウォック通常 「……難しいな。そもそも、ペットを飼うっていうのは人間の子どもを育てるのと同じ覚悟でやらなくちゃいけない」 ■ゆうみ驚き 「え……?」 ■ジャバウォック突っ込み 「意外か? でも、事実だぜ? 人間はペットは可愛い、愛おしい、だなんて思っているが、それは外面しか見てないんだよ。ペットは言う以上に賢くない。馬鹿だし、言う事は聞かないわ怒っても無視するわ。それにエサの世話に糞の処理。やる事は、人間の子どもとなんらやる事は変わらない」 「人間の子どもが、人間の子どもの世話を十全に行えるか? 無理だろう? そうさ、出来るわけがないんだ。それは、実際に子どもを育てている親が、一番よく分かっている。だから反対するんだよ。自分達が身を以て子どもを育てる事がいかに大変かを知っているから、大人は子どもがペットを飼う事を反対する」 ■ゆうみ悲しみ  子どもを育てる事は、親が一番よく分かっているし、身に染みて感じている事だろう。  でも、当の子どもはそんな辛さなんて知らないし、とにかく可愛いから、飼いたいから飼う、となる。 「手間苦労は同じだとしても、致命的に、人間とペット、子どもとペット、という差が、この犬っコロのような野良を生み出す。動物を育てる事を放棄する事と、自分の子どもを育てる事を放棄する事っていうのは、全然意味が違ってくるし、それに伴って責任っていうのも変わってくる」  人間ってやつは相も変わらず勝手だ、とジャバちゃんは吐き捨てる。  だからこそ、飼われていた筈の動物は捨てられ続け、捕まえ続けられ、殺され続ける。  動物を飼うというのは、覚悟を決める心持ちでないと、出来ない。家族全員で覚悟を決めないと、育てる事なんて、生かしていくなんて事は、出来ない。  そこまで来ると、どうして人は動物を飼おうだなんて思うのだろう、と思えてしまう。 ■ゆうみ苦笑い 「でもさ、香苗ちゃんとワンタローを見てるとさ、ジャバちゃんの言っている事が全て当てはまるとは、思えないんだよね」  当の香苗ちゃんは、不安そうにこちらを見つめている。ワンタローを抱きしめながら、わたしもまた、ワンタローを見捨てるのではないだろうかと思っているのかもしれない。  実際、公園にいた時もああやって嘘をついた訳だし……気づいていないとしても、もう今更気休めの嘘を言うつもりなんてなかった。 ■ゆうみ微笑 「ねぇ、香苗ちゃん。ワンタローと、一緒にいたい?」 ■香苗悲しみ 「……うん」 「ワンタローのお世話、出来る?」 「うん……」 「そっか……」 ■ジャバウォック呆れ 「おいおい、お前……」 「うん、やっぱり、きちんとお願いした方がいいんだと思う。香苗ちゃんの家族に、ワンタローを飼う事を認めさせたい」  そりゃあ、ワンタローも随分と大きい。歳もそれなりに取っているだろうし、今から躾をするのも難しいかもしれない。  それに、まだまだ小さな香苗ちゃんがワンタローの世話をするのは不可能だ。だから、家族の協力が必要不可欠だ。 ■ジャバウォック通常 「とはいえよ、どーすんだ? あの時このガキが散々言っていたけど、通じなかったじゃねーか」 ■ゆうみ通常 「そりゃそうだけど、わたし、それ以外に方法思いつかないし。 ■ゆうみ笑顔 それに、最悪ワンタローがどっか行ったら香苗ちゃんがまた探しに行っちゃいますよ? とか言えばいいんだよ」 ■ジャバウォック呆れ 「お前、鬼だな。それは立派な脅しだぞ」 ■ゆうみ拗ねる 「鬼だなんて人聞きの悪い、脅しも何も本当の事でしょ? それに、こういう考えはジャバちゃんから学んだんですよーだ」  そう、ジャバちゃんに出会う前のわたしはこんな事これっぽっちも考えつかなかっただろう。  それが良いか悪いかはともかく、わたしもわたしで何かが色々、変わってきているのかもしれない。  少し前まで、自分の考えがコロコロ変わっている事なんて、気にもしなかったし、気付いてもいなかった。  今まで当たり前のようにいた友達の存在が、実はこんなにも素敵な事だなんて、思ってもみなかった。  そして、自分の想いが本当なら、ちょっとした勇気で叶えられる事なんて知りもしなかった。  それは、きっとジャバちゃんのおかげ。良い部分も、悪い部分も全部ひっくるめて、わたしはジャバちゃんのおかげで変われている。 ■ゆうみ笑顔 「それにさ、これを見事解決出来たら、負の感情、食べられるんだよね?」  だからこそ、わたしはわたしに出来る事をやるべきなんだと思う。  一方的に、色々教わったり学ぶだけじゃなくて、わたしもジャバちゃんにしてやれる事をしてやりたい。  元々、わたしには人助けという目的があるのだ。ジャバちゃんを助ける為、ジャバちゃんをもう一度あのオルゴールに封印する為。 ■ジャバウォック悲しみ 「ああ、分かった分かった。もうそれ以上言わねーよ。お前の好きなようにやれ。出来るだけ、手伝ってやんよ」 「ありがと、ジャバちゃん!」  そうやって、わたしはしゃがんで香苗ちゃんと同じ背丈で話しかける。  この子が安心するように。そして、難しいかもしれないけれど、泣かずに伝える想いを持ってほしいから。 「……お姉ちゃん?」 「香苗ちゃん。今から、香苗ちゃんのお母さんに、電話を掛けようと思う。多分、すぐに迎えに来てくれると思う。でもね、ワンタローとはお別れしなくちゃいけないのかもしれない」 ■香苗半泣き 「…………」 ■ゆうみ通常 「泣かないで。香苗ちゃんにとっては、とっても辛い事だと思う。でも、泣かないで。ワンタローと本当に、本当に一緒にいたいなら。泣かないで、ママとパパにお願いしよう?」  この子ぐらいの歳で、自分の思い通りにならなかったら泣いてしまうのは、仕方のない事だ。  誰だってそうだろうし、わたしだって、そうだった筈だ。……だからこそ、泣いて訴えても単なる我儘にしかならない。  確かに、ワンタローを飼いたいというのは欲求であり、願望であり、我儘なのだろう。  でも、泣いてしまったら、きっとその想いは届かない。我儘を、本当に我儘だと伝えてしまったら、きっと願いは叶わない。  だからこそ、この子にとって辛い事。泣かずに我慢して、伝える事。それが、今一番重要な事だった。 ■香苗半泣き 「泣かなかったら、ワンタローと、一緒にいられる?」 ■ゆうみ悲しみ 「……それは、分からない。わたしは香苗ちゃんの親じゃないから、分からない事は答えられないの。ごめんね」 「………………」  一瞬、いられる、と言おうと思った。けど、言わなかった。言えなかった。 これ以上香苗ちゃんに嘘をつきたくないというのもあったし、もしそれに裏切られたら。その事を考えると、それを肯定する事なんか出来なかった。 「分かってる、香苗ちゃんが今凄く嫌な気持ちで、辛い気持ちでいるのも分かってる……! でも、逃げないで。自分を信じて……! 絶対なんて言わない、言えない。でも、本当に、本当に本当に本当に、ワンタローと一緒にいたいなら、その気持ちは伝わるから」  正直、伝えるのが難しい事ぐらい、分かってる。わたしも趣味の事だとか、紗希ちゃんの家庭の事とか、そんな次元じゃない事柄だ。  動物を、家族として招き入れる。それは、ある種一つの決断。それはある意味、子どもが出来るのと同じ事。 ■一枚絵  あの時、○○(後で名前を入れる)さんの赤ちゃんが生まれた時の、憔悴していて、しかし、とっても幸せそうな表情だった。  それでも、色々大変なのはわたしも分かる。あれからお母さんとよくよく連絡を取り合っているようで、相談事とかしているらしい。  ジャバちゃんも、頻繁に悩んで解決して、負の感情が喰いたい放題、だなんて事を言っていた。  あくまで聞き見、想像の上での分かる、だけだけど、それでも分かるのだ。  家族が増えるという事の大変さと、素晴らしさを。  でも、それは一つの覚悟。子どもにしろ、ペットにしろ。大変さを受け入れる覚悟がいる。  特に、ペットは母親が産むわけじゃない。その殆どが、買ったり、拾って来たりするものだ。  覚悟は同じ筈なのに、その重さがまるで違う……ジャバちゃんが言うのも尤もだった。  ただでさえ、虐待されたり、産み落とされたまま何もされずに死んでしまう赤ちゃんや子どもがいるというのに、動物じゃその比較にもならないだろう。  けれど、香苗ちゃんはそこまでの事実を知らないだろう。わたしもその程度なのだ。まだ小さな香苗ちゃんがそんな事を知っている訳がない。  しかも、それは知っていたらいい、という問題ではないのも当然なのだ。  まだ小さい子に、ありとあらゆる知識や考えを持たせてはいけない。それをどう解釈するかはまた個人に委ねられる。そして、小さな子にそれを判断するに相応しい力が宿っている訳じゃないのだ。  人は、成長していく事によって、色々な知識を得ていく。それは同時に、必要な時に必要な知識を順次入れなくちゃいけない、という意味に繋がる。  歳を重ねていく上で必要な知識と、今すぐ必要な知識は、まったく別次元の事柄なのだ。 ■ゆうみ悲しみ 「ワンタローはね、野良犬なんだよ……小さい頃から飼う、と言うのとは全く違うの。ワンタローがどう育ったかは、お姉ちゃんには分からない。ワンタローが香苗ちゃん達にどれ負担と迷惑を掛けるのかも分からない」  それでも、香苗ちゃんには知らなきゃいけない。どれ程大変なのかを、少しだけでも考える事が出来れば……それだけでも、違う筈なのだ。 ■ジャバウォック突っ込み 「……ゆうみ? お前、今日様子がおかしいぜ?」 「別に、なんでもないよ。そんな事より……動物……犬を飼って育てるってね、すっごく大変なの。もう、想像を絶するほど。散歩しても、あっち行ったりこっち行ったり言う事聞かないしさ、餌は散らかすし……」 ■香苗悲しみ 「お姉ちゃん……?」 「でもね、それでも本当に、本当に、本当に飼いたいなら、我儘じゃなくて、言わなくちゃいけないよ……? 本当に飼いたいんだって。ワンタローと一緒にいたいって」 「う、うん……」 ■ジャバウォック突っ込み 「…………なぁ、ゆうみ。お前、犬とか飼ってたのか? 今までそんな感じはしなかったが」 ■ゆうみ驚き 「へ……? いや、飼って、ないよ? なんで?」 ■ジャバウォック突っ込み 「いや、なんでもねーよ。それより大丈夫か? 電話ならオレがやってもいいぜ?」 「え、ジャバちゃんが電話したら、あっちが驚くんじゃ……?」 「それはないだろ。ってか、あっちだって姿と声が一致して覚えている訳ないからな。あの馬鹿の名前を使わせてもらおう」 ■ゆうみ呆れ 「明美ちゃんの事? 本人が聞いたら怒るよ?」  わたしがそういうと、知るか、と言わんばかりにわたしのポケットに体ごと入り込んで、携帯を取り出す。  ボタンを押すのに苦労しそう、と思ったのだが、あっさりと電話をかけてしまう。ああ、リダイアルボタンを押せばいいんだよね、そういう時。  既にジャバちゃんはわたし以上に携帯を使いこなしているようだった。なんか悔しい。  それはともかく、ジャバちゃんが電話をしている間、ずっと待っていても仕方がないので、香苗ちゃんに話しかける事にする。 ■ゆうみ通常 「そういえば、香苗ちゃんってお姉ちゃんがいるんだよね?」 ■香苗通常 「うん、お姉ちゃんと同じぐらい」 ■ゆうみ呆れ 「…………?  ■ゆうみ笑い ああ、わたしと同い年って事だね、納得」  わたしもお姉ちゃん、と呼ばれたから一瞬何を言っているのか分からなかったけれど、つまりはそういう事らしい。  実際に同い年、という事はないかもしれないけれど、わたしと歳は近いのだろう、多分。  わたしが私立に通っている以上、多分会う事もないのだろうけれど。 ■ジャバウォック突っ込み 「おい、ガキんちょ。電話変わってやる。母親からだよ」  その時、電話で対応していたジャバちゃんがこっちにやってきて、携帯を香苗ちゃんに手渡す。  当然と言えば当然の対応だった。香苗ちゃんのお母さんは、何よりも、誰よりも我が子の声が聴きたかったであろう。  しかし、対する香苗ちゃんは思った以上には落ち着いていた。勿論、わたし達がいるからというのもあるのかもしれないけれど……もっと別なところで、香苗ちゃんをそうさせているのだろう、と思った。 ■ゆうみ微笑  だからこそ、わたしは立ち上がって、少し席を外す。これは、香苗ちゃんと家族の、そして、ワンタローの問題だから。  隣にいたら、つい私が横から口を挟んでしまうかもしれない。それは多分、いけない事だろう……そう思った。 「ところでジャバちゃん、なんて言ってたの?」 ■ジャバウォック呆れ 「ああ、別に。とりあえず見つけたから来てくれないかって言ったぜ? ただ、場所を行っても分からなさそうだったから、オレ達も少し歩いて、見つけやすい場所に移動する事になった」  ああ、確かに言われてみれば……といったのがわたしの感想だった。  ここの公園を見つけたのもワンタローの力があってのものだし、普通にわたし達がきただけでは、きっとここを素通りしてしまう……そんな場所にあるのだから。 ■ゆうみ通常 「それで、どこにいくの?」 ■ジャバウォック突っ込み 「ここの道入る手前の道をまっすぐ行ったら、国道線があっただろう? 店が立ち並んでいるんだが、その内に百貨店があるんだよ。そこになった」 「えっと、そうだったっけ?」 ■ジャバウォック呆れ 「お前とあの犬っコロだけだったら、二重遭難になってんぞ……」 ■ゆうみ笑顔 「や、やだなぁ、そんな事ないよ、いざと言う時は近所の人に聞けばいいんだよぉ!」  それに、確かに正確な道順を覚えている訳ではないけど、なんとかなる……と思っていたし。  どちらにしろ、ジャバちゃんがいるので大した心配はしていなかったと言えば、していなかったのだけれど。  でも、なんか、そういうのが心地よい気がするのは……わたしの勘違いだろうか。  別に、わたしが間違った事やら問題を起こす事がいいって事は思わない。  ただ、ちょうどそのわたしの間違いをジャバちゃんが今の様にそれとなくフォローしてくれたり、そういう所が、なんだか気持ちがいい。 ■ジャバウォック呆れ 「……ん? なんだよ」 「ううん、なんでもない」 ■ジャバウォック突っ込み 「……? ふん、まあいいや。 ■ジャバウォック怒り おい、チビ! まだ電話終わらねーのかよ!」  まだジャバちゃんと出会って、一か月。それでも、ジャバちゃんはわたしにとって、友人で、家族で、掛け替えのない存在になっていっている。  ジャバちゃんがわたしの事をどう思っているかは分からない。けれど、少なくともわたしにとってジャバちゃんは特別な存在で、なくてはならない子だ。  ……それでも、最後は別れる事になるんだよね。  だって、わたしはジャバちゃんを元に戻す為に人助けをしているのだから。  それは同時に、ジャバちゃんとの別れを意味している。  勿論、わたしが人助けを辞めるつもりなんかないし、その責任はきちんととるつもりだ。 でも、それでも。 わたしはもっともっと、ジャバちゃんと一緒にいたいと思う。一緒にいたいと願いたい。 出来うることなら、ずっと。死がわたしとジャバちゃんを分かつまで。 ■暗転 ■ゆうみ戸惑い 「えっと、ジャバちゃん、この辺りなのかな?」 ■ジャバウォック通常 「ああ、ここで間違いねーよ。多分あっちも着いたら電話してくんだろ。それまで待っていようぜ」  そこは、大型の百貨店。国道線沿いにあるチェーン店であり、休日だけあって、大分車が多い。  とはいえ、もう夜だ。その台数も徐々に数を減らしていっている。この地区はあまり詳しいわけじゃないから何とも言えないけれど、あと一時間もすればすっからかんになるのではないだろうか。  とりあえず、お客さんの邪魔にならないように、若干入り口から離れた位置に居座る。  そういう離れた場所に陣取ってしゃがむのはなかなか抵抗のいる事だと思っていたけれど、歩き疲れた事もあって、案外あっさりと座れた。  ワンタローもお座りしているし、香苗ちゃんも普通に座り込んでいるから抵抗がなくなっている、というのもあるかもしれない……なんて漠然と考える。 ■香苗悲しみ 「喉、乾いた……」  ただ、その呆けたような考えも、香苗ちゃんのその一言で一気に消える。  そういえば、香苗ちゃんも歩き続けて迷子になっているんだった。その道なりに自動販売機こそあっただろうけど、香苗ちゃんがお金を持っているとは思えない。 ■ゆうみ通常 「香苗ちゃん、何か飲み物買ってこようか。何がいい?」 「……オレンジジュース」 ■ゆうみ笑顔 「そっか。うん、いいよ」  お金なら十分あるし、わたしも香苗ちゃんの言葉を聞いてから、なんだか喉が渇いてきたような気がしてきた。 ■ジャバウォック通常 「おいおい、お前一人でいくのかよ」 ■ゆうみ微笑 「え? そのつもりだったけど?」 「ちょっと待て。行くなら犬っコロも合わせて全員で行った方がいいぞ。こんな時間にチビガキが一人、犬っコロが一匹じゃ不審に思われるぞ。その場のフォローする人間がいないのはまずい」  私がこの場を離れた場合、いるのは香苗ちゃんとワンタローとジャバちゃんになる。  確かに、それはちょっと危なっかしいのかもしれない。……いや、わたしも人の事言えないだろうけど、いないより、いた方がまだマシの筈である。 ■ゆうみ驚き 「あ、うん、それもそうだね。それじゃあ、行こっか」  わたしが立ち上がると、香苗ちゃんも、それに並んでワンタローも起き上がる。  自動販売機まで、そんなに遠いわけじゃない。店の入り口を挟んで反対側、と言ったところだった。  店の前が大きな駐車場になって、今も行き来が激しいがそのまま店沿いに行けば車に接触する機会もないだろう。  ここまで来る時もそうだったけれど、念の為香苗ちゃんの手を繋ぐ。香苗ちゃんぐらいの歳だと、割と気づかない内にあちこち行っている事が多い。  ……まぁ、割とわたしの経験談でもあるわけだけど。  ただ、あの時ジャバちゃんにそんな事まで言われるとは思っていなかった。  あの公園から出る時、香苗ちゃんの手を繋ごうとした矢先にジャバちゃんがそうしろ、と言いだしたのだ。  ここまで来ると、友達っていうか、お母さんだよなぁ……と自分の考えを改めて考え直す必要があるかも、と思ったものだ。 ■ゆうみ笑顔 「あ、そういえばさ、ママはなんて言ってたの?」 ■香苗通常 「…………?」 「ほら、公園で電話したでしょ? ママ、なんて言っていた?」  わたしがワンタローを飼う事に関して話しているという事にちょっとの間があったけれど、特に悲しむ事もなく、しかし喜ぶこともなく、こう言った。 「なんかね、とりあえずお家に帰って、それから考えようって」 「そっか。そうだよね。いきなりは決めれないもんね」  わたしも、育てるのはいかに大変か、と言った。また、それをこの子が想像しえる範囲で、香苗ちゃんはその覚悟をしている。  それは幼稚で稚拙な覚悟なのかもしれないけれど、それでも覚悟には変わりはない。だから、きっと大丈夫なのだと思う。 ■ジャバウォック突っ込み 「ただ、そうとは限らねーぞ?」  その時、ジャバちゃんがわたしの肩に乗ってきて、香苗ちゃんには聞こえないよう、耳元で囁いてくる。  それは、香苗ちゃんに聞かれると不都合だから、という意味に他ならない。 ■ゆうみ驚き 「どういう事?」 「オレもあの時電話越しに話を聞いていたんだよ。だがな、要領を得なかったっつーか……とりあえず会いに行くの一点張り。話をきちんと聞いていたかどうか疑わしいってのがオレの率直の感想だ」 「で、でも、香苗ちゃんは後で考えようって……」 「だから、それだよ。とりあえず会って、というのが最優先なんだよ。当たり前っちゃ当たり前なんだが、あっちもあっちでそんな事頭に入っていなかっただろうし、その後で話し合うっていうのも方便だと思うぜ? このガキ、お前の言う通り、色々言ってた。でも、親にとってはどーでもいい事なんだよ、少なくとも今は。犬を飼う云々以前の問題だからな、これは」  確かに、ジャバちゃんの言う通り、子どもがいなくなって一大事に、電話越しで犬を飼いたい……じゃ通じないだろう。  よくよく考えれば当たり前の事だけれど、私はそんな事まで考えてなかった。  とりあえず、本気であるならそれは伝わるものだと思っていた。でも、決して、そうとも限らない…… 「この犬っコロを家に持って帰るぐらいはするだろうさ。事情はどうあれ、駄目だと言ったらこのガキがまた騒ぎ出すのは分かりきっているからな。ただ、暫くだな。親は本来の飼い主……あるいは別の飼い主を探しだすだろうし、こっそり保健所へ持っていくかもしれない。で、ガキに他の飼い主が見つかった、でハイおしまいって感じかな」 ■ゆうみ悲しみ 「そ、そこまでする? そこまでワンタローの事を飼いたくないって考えてるのかな?」 ■ジャバウォック突っ込み 「さてな。声質を聞いた上でのオレのイメージだ。声だけでも感情は読み取れるからな」 「そんな事、出来るんだ?」  負の感情が見える、というのは最初に聞いたけど、そういうのも分かるというのは知らず、素直に驚いてしまう。 「むしろ、声は表情や態度以上に、何よりも感情を表現する術だぞ? 負の感情とかは見れんが、感情の把握ぐらい問題ない」  そのジャバちゃんが、そういう考えに達しているなら。ジャバちゃんが言っている事も、荒唐無稽な話じゃないって事になる。  実際、どうなのだろうか。このまま香苗ちゃんは、ワンタローを飼えるようになるのだろうか?  仮に、飼えない結果となったとしても、それは香苗ちゃんが悲しまない方法によって行われる。だから、香苗ちゃんが傷つく事は、きっとない。  けれど、ワンタローはどうだ。他の飼い主に行くならまだいい。その結果が離れ離れになったとしても、香苗ちゃんはワンタローに会う機会はいくらでもある筈だ。  でも、ワンタローが香苗ちゃんの知らないところで保健所に連れて行かれるような結果になってしまったら……それは、あまりにも悲しすぎる事。 ■香苗悲しみ 「お姉ちゃん、どうしたの?」 「え? あ、ごめんごめん。ちょっと考え事かな」 「ふーん……あ、着いたよ!」  考え事をしている間に、自動販売機の前にたどり着いていた。  思った以上に考えながら歩いていたらしい。自分で言うのもなんだけど、危なっかしいったらありゃしない。 ■ゆうみ通常 「香苗ちゃんはオレンジジュースでいいんだよね? そういえばジャバちゃんは?」 ■ジャバウォック突っ込み 「オレはいらね。それよりこの犬っコロに水飲ませろよ」 ■ゆうみ驚き 「あ、うん。そうだね」  野良らしいワンタローが水をきちんと飲んでいるのかがよく分からない。ジャバちゃんのいう事も尤もだった。  そういうわけで、飲み物を三つ買った。わたしの分と、香苗ちゃんの分と、ワンタローの分。  香苗ちゃんは恐ろしく早い勢いですぐに飲み干してしまう。凄い凄い。まさしく一気飲みって奴だ。昔はわたしもしてたんだけど、今は出来ないなぁ……  ああやって、わたしは普通に飲んでいる訳だけど、左手に持つミネラルウォーターをどうしようかと迷う。  いや、それはワンタローの為に買ったものであるのには違いないのだけれど、どうやって飲ませようか、という問題があるのだ。  流石にミネラルウォーターのペットボトルをラッパ飲み出来る筈もないだろうし、どうしたらいいのやら…… ■ゆうみ笑顔 「あ、この店百貨店だから、ペットの水飲む容器ぐらい売ってるかも! なくても器っぽいものがあれば……!」 ■ジャバウォック呆れ 「お前、オレが言った事忘れたのか? お前がこのガキ達と離れたら色々問題があるって言ったばかりだろうが」 ■ゆうみ笑顔 「あは、あはははは……そうでした。 ■ゆうみ拗ねる 「でもさ、でもさ、じゃあどうやって飲ませるっていうのさ」 ■香苗笑顔 「お姉ちゃん、香苗がする!」  両手に飲み物を持って困惑しているところ、ジュースを飲んで缶を捨てて戻ってきた香苗ちゃんが元気よく手を挙げた。 「えっと、どうするの?」 「香苗が両手で水を掬うの!」  そうやって、香苗ちゃんは両手を合わせて包み、わたしに手を差し出す。その中に、ミネラルウォーターを満たしてワンタローに飲ませよう、という考えなのだろうと思う。  あまりにも幼い発想。そうやって手を包んでいるけど、隙間があるのは目に見えて分かる。水を入れようにも、下から流れ落ちていく量の方が多いだろう。  でも、そんな香苗ちゃんの幼さがむしろ清々しくて、それでも構わないか、と思えてしまう。  ワンタローもワンタローで、水が飲めると分かってか、香苗ちゃんの目の前に座して待つ。  真正面から見たら、その、凛々しいというか間抜け面と言う方が正しい。だらしなく舌を出しているだけあって、喉は渇いていそうだった。 「うーんと、こんな感じでいいのかな?」  とりあえず、香苗ちゃんの言うようにミネラルウォーターを香苗ちゃんの掌ついでやる。  すると、ワンタローがおもむろに立ち上がり、それを舐め始めた。 「あはは、ワンタローくすぐったい」  水を飲もうとして香苗ちゃんの手まで舐めてしまい、香苗ちゃんが擽ったそうに笑っている。  ……どちらかといえば、ペットボトルから流れ落ちる水を舐めようとしている感があり、割と香苗ちゃんの気遣いは無用に終わっているようだった。  とはいえ、香苗ちゃんが楽しそうにしていればそれでいいのかも、と思ってしまうのだが。 ■ジャバウォック 「しかし、来ないな。おいゆうみ。お前、一回このガキの親に電話してみろ」 ■ゆうみ驚き 「え? あ、うん。そうだね、ちょっと遅いかもね」  香苗ちゃんと公園を出てから、多分20分かそこらは経っている筈だ。すぐに行く、というと本当にすぐという感覚があったのか、随分と遅いように感じてしまう。実際は、そうでもないのかもしれないのだけれど。 「そういえばさ、なんで一回しか電話してこなかったんだろ。もうちょっと心配して電話してくるものかと思ってたけど」 ■ジャバウォック突っ込み 「ああ、それはオレがしないように頼んだからだよ。何回も電話出るのもわずわらしいだろ? 携帯のバッテリーが残り少ないからって言ったら納得してくれたぜ?」 ■ゆうみ呆れ 「ジャバちゃん……それはちょっとどうかと思う」  ちなみに、今の携帯のバッテリー表示は三つある内、二つが点灯している。十分にあるわけじゃないけれど、電話するぐらいなら支障もないぐらいである。  まぁ、そりゃ何度も何度も電話されるのも困る、というのも分かるので、とりあえずこちらから電話する事にしよう。  あっちもあっちで心配している筈だ。ただ、結果的に、わたしが電話を掛けようとした行動は、無駄に終わった。 「香苗えぇぇーーーー!」  駐車場側から、こちらに……香苗ちゃんに、呼びかける声。遠いし、車の音にかき消され、正直聞こえるか聞こえないか微妙な声。でも、聞こえた。  わたしも、香苗ちゃんも、水を飲んでいたワンタローも声が聞こえた方を向く。  声を聞いた時点で誰? なんて聞く方が野暮だった。  そこには、香苗ちゃんのお母さんとお父さんの姿。駐車場から先の、国道線を越えた歩道にいた。  一応、手を振っているのが分かるけれど、もう大分暗くなってきている。流石に表情までは読み取れそうになかった。 ■香苗笑顔 「ママ……パパ……! ■香苗泣き  ママ、パパぁ……!!」  でも、きっと香苗ちゃんには見えてた。見えてなくても、分かってた。分かっていたからこそ、安心出来た。  そして、安心できたからこそ、泣き出した。  だって、心の底から素直になれる両親にようやく出会う事が出来たのだから。それは、とても喜ばしい事だった。  あっという間に瞳を涙で濡らし、走り出す。安心できる家族の下へと帰る為。  今日は、香苗ちゃんにとって大冒険だった筈だ。心細かっただろう。寂しかっただろう。それは、わたし達やワンタローが居ても変わらなかったに違いない。 ■ゆうみ笑顔 「よかった、これで一件落着だね。あとは、ワンタローの事をなんとかすれば……」 ■ジャバウォック怒り 「……馬鹿! 早く追いかけるぞ!」 ■ゆうみ驚き 「え? え?」  もう、めでたしめでたしだった、筈だった。  ジャバちゃんにとってもこの再会は負の感情を食べるっていう、絶好の機会だっただろうし、またワンタローを飼うか飼わないかも、ここが一番重要なのだと思ってた。  こんなところでわたし達が割って入っても何も出来ないし、ワンタローの事を言いだしても逆に駄目になる。  所詮わたし達は赤の他人だし、家庭の、動物の命に係わる問題にこれ以上突っ込む事は出来ないだろう。  だから、わたし達はむしろ、さっさと帰った方がいい……それぐらいの心持ちでいた。 「バッカヤロウが!! あのガキ、目の前が見えてないぞ!!」  ジャバちゃんが言っている目の前が見えていない、というのは別に視力が落ちたとかそういう意味じゃなくて、視野が――両親しか見えていないという事であるのはすぐに分かった。 ■ゆうみ驚き 「…………!? 香苗ちゃん、待って! 止まって!!」  だからこそ、ジャバちゃんの言っていた意味が、ようやく理解出来た。  気づいた瞬間から、わたしは走り出した。  目の前は、国道線なのだ。今だって、車の行き来が多い。というか、現在進行形で行き交っている。  今の香苗ちゃんが、心寂しい時に両親が目の前にいて、一刻も早くその胸に飛び込もうとしている中で、必ずしもその場で止まるとは限らない。  まだ、もう少し香苗ちゃんが年齢を重ねていれば心配する必要もなかったのかもしれない。でも、まだ幼稚園に通うような子なのだ。  基本的に誰かがついてやらないと何が起きるか分からない……それぐらいの見ておかなければならない年齢なのだ。  だからこそ、香苗ちゃんが一人で迷子になった時、あれほど大騒ぎになったのだから! 「香苗ちゃん、待って!」  ようやく、今の状態に両親が気付いた。お母さんは慌ててその場に止まるように叫んで、お父さんはむしろ自分の方が飛び出して、香苗ちゃんを止めようと考えているようだったけれど、反対車線も行き来が激しく、飛び込みようもなさそうだった。 「ママ、パパぁ〜〜〜!」  香苗ちゃんの走る速さは決して早くない。私の足でなくても、大人ならすぐにでも追いつける程度の速さ。  それでも、わたしの手が香苗ちゃんを捕まえるより、香苗ちゃんが車道に出る方が、早かった……! ■轢く音 ■血の表現 ■振動  その音は、多分、わたしが生まれて初めて聞いた、生の音だった。  今まで、テレビなんかで流れた音。サスペンスドラマとかに出てくるチープな音もそれなりに聞いた事があるし、ドキュメンタリー番組で流れる実際の映像と音も、それなりにテレビ越しに見たことがある。  でも、全然違う。わたしが今まで聞いてきた音と、まるで違う。もっと凄惨で、もっと残虐で、命を刈り取る、音だった……! ■ジャバウォック怒り 「この、クソがッ……!」 ■ゆうみ驚き 「あ、あ……わ、」 ■香苗呆け 「え……あ、わ、ワンタロー……? ■香苗驚き ワンタロー、ワンタロー!?」  ギリギリ、香苗ちゃんよりも先にワンタローが飛び出していた。まるで、その場を奪うかのように。押しのけるように。  実際、押しのけてはいなかっただろうけれど、本来轢かれる位置にいた香苗ちゃんを……まるでかばったような形になったのは、間違いなかった。 ■血の表現  だからこそ、それは起きた。香苗ちゃんの代わりになって、ワンタローが、車に、う、うああああああああああああ!! ■ゆうみ悲しみ 「見ちゃ駄目! 香苗ちゃん、見ちゃ、駄目……!」  今度こそ、香苗ちゃんを捕まえた。後ろから抱きしめるようにして、腕で香苗ちゃんの目を隠した。  正直、私の方が眼隠してほしかったぐらいだった。でも、そんな事をしてくれる人なんかいない。むしろ、この場ではわたしがその役目だった。  もう、ワンタローは目の前にはいない。遥か、十メートルぐらい先まで撥ねられて、飛ばされていた。  ワンタローは超大型犬だ。体重だって、かなりある筈だ。それでも、あんなに飛んでしまうのだから、車で撥ねられるというのは、どれ程の衝撃で、どれ程の威力なのか……! 「香苗! 大丈夫!?」  その衝突で、車の流れが止まり、反対車線側も信号か何かで止まっていたおかげか、その間に香苗ちゃんの両親が道路を横切って、こちらへとやってくる。 「パパ、ママ……」 「ああ、よかった、よかった……!」  香苗ちゃんのお母さんとお父さんがやってきたのを確認して、香苗ちゃんを離す。  香苗ちゃんはワンタローが気になって仕方がないのだろうけど、二人は香苗ちゃんを抱きしめ、それを許さなかった。 「あの、すみません……あちらの犬は、ご家族の……?」  そして、それと同時にワンタローを撥ねたドライバーも、降りてこちらへとやってくる。  ドライバーの人も、悪意なんてなかった筈だ。そりゃ、言いたい事なんて沢山ある。でも、いきなり飛び出した側にも全く非がないとは思わない。  顔は蒼白にして、若干震えているようにも思えた。わたしは、何と言っていいのか……分からなかった。 「ゆうみ、アイツ、運ばねーと。邪魔になるぞ」  ジャバちゃんはわたしの胸元に、丁度皆から死角になる位置に、いた。だから、ジャバちゃんの表情なんて分からなかったけれど、冷めた、淡々とした声だった。 「う、うん……」  本当なら、近づきたくなかった。こんな事を思うのは不謹慎だと思っていても……そこにリアルな「死」がある事は間違いなく、それに近づくことに、不快感と拒否感がどうしても拭えなかった。  さっきまで、あんなに元気よく水を飲んでいたワンタローが、ピクリともせずに横たわっている……その事実に、わたしは徐々に理解出来始め、背筋から冷たいものが流れるのが、はっきりと分かった。  その間に、車を運転していたドライバーの人と、香苗ちゃんのお父さんが動き出した。ワンタローの下へと駆け寄り、二人して一斉に抱え込んで、持ち上げる。  ジャバちゃんに言われた通り、わたしも手伝おうなんて思ったけれど、体がどうしても動かなかった。そして、それをジャバちゃんは責め立てるような事は言わずに、淡々とその様子を見ていた。 ■暗転  ワンタローを歩道へと運んだ後、ドライバーの人が戻って来て、車を動かす。ここは国道線だ。後ろから随分とクラクションが鳴っていたし、当然と言えば当然の事だった。  そして、わたし達がいた百貨店の入り口付近の駐車場に止め、再度ワンタローの下へと向かう。 「ワンタロー……ワンタロー!!」  香苗ちゃんが顔をぐしゃぐしゃにしながら、お母さんの手を振り払い、まるでそのドライバーの人を追いかけるような形でワンタローの下へと向かう。 「駄目よ香苗!」  慌てて香苗ちゃんの手を取る菜々美さん。それでも、香苗ちゃんはそれを振りほどこうと、暴れる 「ワンタロー、ワンタロー、ワンタロー、ワンタロー!!」 香苗ちゃんの声が、あまりにも空しく響いた。  けれど、それに反応するかのように。横たわっているワンタローの尻尾が、少しだけ、動いた。 ■ゆうみ驚き 「…………! いき、てる……?」  そう分かった瞬間、今まで動かなかった足が、自然に動き、自然にワンタローの元へと向かっていた。 「……ワンタロー!」 「香苗!」  香苗ちゃんも、無理矢理、それこそ彼女の全力を持って、お母さんの手を振り払う。 ■一枚絵 「ワンタロー、ワンタロー、ごめんなさい、ごめんなさい……!」  ワンタローの元へと駆け寄った香苗ちゃんは、泣きながらワンタローの体を優しくなでる。  見た感じ、出血しているようには見えなかった。けれど、怪我をしているのは間違いないだろうし、何よりワンタロー自身、起き上がる力もなく、その瞳も閉じかかっていた。 「ジャバちゃん、なんとか、なんとか出来ないの? び、病院とか……!」 「……どーしろってんだ。今のオレには、何にも出来やしねーよ。それに、病院? こいつは人間じゃねぇ、動物だ。救急車が来るとでも思ってんのか? こねーよ。言ったろ。動物と人間じゃ、命の重さが違うんだ」 「そ、そんな……で、でも、車で運べばいいんでしょ、なら……!」 「どこにそんな車があるってんだ。それに、こんな田舎町に、緊急で対応してくれる動物病院があるのか?」  救急動物病院だなんて、一般の動物病院に比べてその絶対数は限りなく少ない。  更に、動物救急車なんて極僅かである。この周辺でそれらが出来たという話は聞かないし、もし知っていたとしたら、必ずあの時わたしは呼んでいたに違いない……!  香苗ちゃんの両親も、どういう理由かはともかく、徒歩でここまできたに違いない。でなければ、そもそも対向車線側から香苗ちゃんに声を掛けるようなことはしない。直接、こちらの駐車場に入ってくるだろう。 「パパ、ワンタローを助けて……助けて……」 「か、香苗……」  でも、香苗ちゃんのお父さんは何もできない。運ぶにしたって、どうやって病院まで連れて行くというのか。  それに、決定的に、ワンタローは、未だ野良犬であって、香苗ちゃん達の家族のペット ではない。その事実が今当に突きつけられていた。  野良の犬を助ける義理などない。このワンタローを轢いた事も、あれは明らかに故意ではなく、事故である。  今、動物は器物扱いになるけれど、野良を事故で轢いた場合、器物損壊罪にはならず、前科だってつかない。  動物と、人では……あまりにも、命の重さが違いすぎる……! その事実に、わたしは涙が浮かんでくるのが、はっきりと分かった。  なんで、動物は物扱いなのか。こうも動物に対する思いやりがないのか、動物救う方法が限られているのか。 ■ゆうみ泣き 「なんで、どうして人は動物にこんなにも冷たいの……? 冷たく出来ちゃうの……!?」 ■ジャバウォック怒り 「それが、お前達が作り出した法律だろうが」 ■ゆうみ大泣き 「わたしがそんな法律を作ったわけじゃない!!」  そして、それ以上に……どうしてわたしは、何もする事が出来ないのか……! ■香苗泣き 「ワンタロー、お願い、頑張って、死んじゃやだ、死んじゃやだよぉ……!!」  香苗ちゃんが我慢できずに、ワンタローを大きく揺さぶる。それに対して、わたしは何も出来なかった。  あまりにも無力だった。どうしてやる事も出来なかった。 ■一枚絵  でも、その時。ワンタローが首を動かし、上半身を無理矢理起こし、しゃがみこんでいる香苗ちゃんの頬を、ペロリと舐めた。 「あ…………」  それには、どれ程の意味があったのか。どれ程の想いが込められていたのか。  犬にとって……ワンタローにとって、それは親愛のキス。  確かに、ワンタローは野良なのかもしれない。香苗ちゃんとの出会いも一日限りの、短いものだったのかもしれない。  それでも、香苗ちゃんとワンタローの間には、確かに絆があった。例え親に反対されようと、こうして見捨てられようとしても、ワンタローはきっと香苗ちゃんの事を――― ■暗転 ■倒れる音 「ワンタロー? ねぇ、ワンタローってば」  それが、ワンタローなりのお礼だったのだろうか。 そして、まるで力尽きたと言わんばかりに、そのまま倒れた。 まるで、糸が切れたかのように。ただ単に、眠っているだけなのでは、と思わせるぐらいに、自然に。 「やだよぉ……ワンタロー、ワンタロー……!」  懸命に起こそうとしても、香苗ちゃんの想いは届かない。 「ひっく、ひっ、えっうぇぇぇぇ……!」  だからこそ、香苗ちゃんは空を仰ぐ。そこにいるのなら、きっと、自分の声は届くのだと信じていたいから……! 「ワンタロおおおおおおおおぉぉぉーーーーーーーー!!」  その慟哭は、果たしてワンタローに届いたのであろうか。わたしは……わたしも泣かずにはいられなかった。  この時、ワンタローと香苗ちゃんが一緒に暮らすという願いは叶わなくなってしまったのであった。