次元遊具 公園には砂場があった。砂のでっぱりは、掘り返された跡らしい。第一発見者は、大君だった。 大君は成長が早く、若干十五歳で背丈が百八十センチはあった。稀に現れる早熟だろう。普遍的な丸坊主が愛らしく、少数の女子から支持を得ていた。強面な顔に似合わず内気な一面も持ち合わせていた。 深夜、大君は人気がないのを確認して、慎重にシャベルで砂を掘り返した。幅広の八十センチの長さのシャベル。好奇心が大君を突き動かし、何が埋まっているのか目で見ずには寝付けなかった。シャベルを持つ手に込められた力は、砂を面白いように巻き上げていった。人並み外れた膂力からなせる業だろう。 三分経ち、シャベルの先端から硬質な固い金属の感触が伝わってきた。大君の腕が電気が走ったように痺れた。 「なんだろ」 シャベルを投げ捨て、大君は腰に差していた懐中電灯のスイッチを入れた。 金色の棒のような物体が照らされた。大君は物体にこびり付く砂を払い落とし、引き上げる。 「なんだ、バットじゃん」 大君は一気に興醒めした。地中二メートルも掘った成果は、たった子供用の金属バット一本だけだった。大君の願望は同級生の間で流行っているトレーディングカードの詰め合わせ、または札束が詰まったジェラルミンケースだったのだ。欲求が満たされず、大君は怒りに任せてバットを振ってみた。 グオン、と、空を引き裂いた音が鳴った。前方の落ち葉の群れがふわっと浮かび、凄まじい勢いで渦を巻いて葉脈を縦横に切り裂いた。二つや三つに分かれた葉は、五つ六つに分かれ、やがて数え切れないほど細切れにされて風に飛ばされていった。 竜巻、大君の脳裏に自然現象である竜巻が浮かんだ。このバットは竜巻が起こせるのだ。大君は悟った。 「はは、こりゃすげえや」 大君は偉業を成し遂げたような達成感に浸り、試しに再度バットを振ってみた。グオン、と、空を引き裂いた音が鳴った。大君の体がふわっと浮かび、凄まじい勢いで渦を巻いて。 「えっ、あれ、うわ、わ、わ、ぎゃああああああああああ」 服と脂肪が削り取られ、赤い筋肉や繊維が千切られ、太い骨がぼろぼろに崩れていった。顔の皮が剥がされ人体模型染みた容貌になった大君は、肉片を撒き散らしながら高く舞い上がり、肉塊という肉塊が二つや三つに分解されて、七十キロはあった質量はあっという間に零になった。つまり消えて無に帰した。 一緒に舞い上がったバットは、回転しながら砂場に落下し、グリップを下向けにして先まで砂に埋もれていった。数時間もすれば、砂塵が積み重ねられていき、掘り起こす前の格好に戻った。 「あれ、なんだろ」 次の日の昼過ぎ、砂場の僅かなでっぱりに気付いたのは楠原君だった。生前の大君を数えると、第二発見者だ。 楠原君は多少人目や砂場で遊ぶ幼児を気にしながらも、白昼堂々砂場を掘り返し始めた。楠原君には捨てるものがなかった。運動会で全裸で徒競走を走らされた記憶情報が彼を勇敢な青年へと成長させ、十五歳になった彼は人生に疲弊しきった顔をしていた。死にたい、死にたいと、日に三度は呟くのが彼の日課だ。 「お兄ちゃん、お城崩さないで」 幼女が泣きそうに顔を歪めて楠君に言った。潤んだ瞳の純真さは年端ゆえか、悪意の欠片も秘めていなかった。 「うるさい」 楠君は非情に一蹴してシャベルを突き立てる。幼女は泣き出してしまった。構わず掘り続ける。シャベルの先端に硬質な硬い物体がぶち当たった。震動が腕に伝わり、楠木君は全身を震わせた。 「やった、あったぞ」 楠原の声に幼女は泣くのを中断し、不思議そうに引き上げられたバットを見据えた。楠原君は期待外れのバットに舌打ちを鳴らして、乱暴に投げ捨てた。落ちた地点にあった砂の城がバットの腹で縦に押し潰された。幼女は目を丸くする。 「あーあ、バット一本か、よ、あ、あ、あれれれれれ」 立ち去ろうとする楠原君の体が浮かび上がった。瞬く間に断末魔、ミキサーにかけられたかの如く肉片が飛び散り、止め処なく細切れになって霧散していった。バットを振った幼女は愉悦に顔を歪ませた。純真無垢な幼女ゆえか。 「きゃああああああ」 楠原が無くなった現場を目撃した主婦達が一斉に悲鳴をあげた。園内の全ての人間に状況が伝わっていく。幼女は何を思ったか再度バットを振った。園内の人間、総勢五十名の体が宙に浮かび上がり、大きな孤を描いて肉を卸し始めた。グチャグチャ、潰れた音、ニチャニチャ、乾いた音が鳴り、五秒も経たぬ内に細切れになった肉塊が空気に溶け込んでいった。 くるくる回転したバットは砂場に刺った。やがて身を砂の海に沈めていき、僅かな膨らみを残して完全に埋まっていった。 「やっと見つけた」 その夜、異形の姿をした黒い化け物がバットを引き抜いた。闇に溶け込みそうな顔に点在する双眸が眩い光を放っていた。化け物はバットを一頻り眺めると、ある重大な欠陥に気付いた。 「張り忘れてたな」 化け物はバットに白紙の紙を張りつけ、注意書きを書き込んだ。『一度振ったら竜巻起こり、二度振ったら台風起こり、三度振ったら……』。 「三度振ったら、何だ」 忘れていたのか、化け物は立て続けに三度振ってみた。この世のありとあらゆるものが宙に浮かんだ。回転し始めた。肉片や金属片や骨やら髪やらを細切れにしていき、バットを振った化け物さえも渦に呑みこまれ、やがて地球上の大地をも呑みこみ、世界には海しか存在しなくなった。 ただ一つ、金属バットという物質だけが海底に沈んでいた。 「あれ、なんだろ」 砂場に埋もれたバットを美樹久君が発見した。丁度あれから五十億年後の新世界だった。