◆ 「悪魔来たりて我が家で和む」(オリジナルシナリオ)
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<ストーリー>
社長令嬢の白銀尚(シロガネ ツカサ)。親の引いた道を歩くが嫌になってきていた。とは言ってもどうしたら良いのか分からない。親身に聞いてくれる執事は、良き理解者。
ある夜、パーティーで知り合ったのは、月の光のように綺麗な男性だった。しかし、その彼は実は悪魔で…。
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<キャラ>
◆ヒロイン:白銀 尚(シロガネ ツカサ):24歳。自分の進む道を彷徨うお嬢様。
◆悪魔:アイン:表向きは、「ただ遊びたいから」という理由で人間界に来たが、実は花嫁を探しにやって来た悪魔。人間の姿の時は、金色の髪、蒼い目。悪魔の時は、黒の髪に蒼い目、漆黒の翼。悪魔の時は腹黒。人間の姿の時はフェミニスト。
◆執事:富樫 雅裕(トガシ マサヒロ):26歳。白銀家で一年前から働き出した執事。子供の頃に、アインに母親を連れ去られた。努力家で尚にデレ。
◆幼馴染:鷲尾 篤志(ワシオ アツシ):26歳。尚の幼馴染でツンデレ。財閥の一人息子。尚をからかっては楽しむが、実は尚の事を子供の頃から好き。趣味は手芸。
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<とある富豪の家・ホール>
軽やかなウインナワルツの曲が流れる。そんな優雅な空間に私は居る。
【尚】
「はぁ」
(人を家に集めてダンスパーティーだなんて……。堅苦しくて仕方がないわ)
【男性】
「あの、一曲踊って頂けませんか?」
【尚】
「あ、申し訳ありません。今は足を休ませていまして」
上品な笑顔で丁寧にお断りをするのも、板についてきた。
私の家もお金持ちって言う部類に入る。だからこうやって招待を受けるのだけれど、最近の私は「今のままで良いのか?」という疑問を抱えている。今の生活に対して。
【???】
「お嬢様…!」
【尚】
「え? 雅裕?」
声を掛けてきたのは、我が家の執事の雅裕だった。
【尚】
「どうしてここに居るの? 執事は専用の控室があるでしょ?」
【雅裕】
「脱け出して来たんです。ああいう堅苦しい空気には耐えられなくて」
そう言って、照れ笑いをする。
【尚】
(雅裕の方が年上だけど、こういう時、年下みたいに可愛いって思っちゃうのよね。……堅苦しいって私とおんなじね、ふふ)
雅裕は一年前に雇われた執事。どういう経緯で家に来たのかは分からない。でも、忙しい中で私の話をよく聞いてくれるのは雅裕だけだった。
【尚】
「雅裕、もう少ししたら帰るわ」
【雅裕】
「ではもう少し執事控室で我慢してお待ちしています」
雅裕は尻尾を振る仔犬のように大きな目が輝かせて、控室へと走って行った。
【尚】
(ふふ、本当に雅裕は可愛いわね)
【???】
「ふーん、相変わらず執事を手懐けてるねぇ」
【尚】
(この声は……)
いやーな予感がした。声の方を振り向きたくない気持ちで一杯になる。
【女性1】
「あら、あの方は…!」
【女性2】
「鷲尾家の息子さんよ! きゃー、素敵…!」
周囲の女の人達がピンク色の空気を作っていってくれる。ここまできたら私も無視できない。
【尚】
「篤志も呼ばれてたの?」
精一杯の笑顔で言うが、口元が引きつる。私に声を掛けてきたのは、鷲尾篤志。財閥の一人息子と言えば凄いが、子供の頃からよくからかってくる幼馴染だ。
【篤志】
「今来たとこ。どうだ? 良い男でもいたか? まぁ俺くらいのレベルはないだろうけど」
【尚】
(自惚れてる)
「私はそろそろ帰ろうと思ってたの。よく食べ、よく踊ったわ。素敵な人と!」
語尾を強調して言ってみせた。
【篤志】
「ふーん。でもなぁ、尚じゃあな…。踊って密着しても胸の感触がな……」
篤志が悲しい視線を私の胸に向ける。
【尚】
「すけべ」
【篤志】
「ははは、男は皆そうだ」
【尚】
(何でそこで笑うの!? もう理解出来ない)
【???】
「一曲踊って頂けませんか?」
篤志と漫才めいた事をしているさなかに、透き通るような声が背後から聞こえた。
【尚】
「あの……」
断わりの言葉を口にしようとしたが、声の主の方を振り返ると言葉を失ってしまう。
【???】
「私はアイン。今宵の思い出に一曲を」
澄んだ蒼い瞳に吸い込まれそうになった。そして、緩やかなカールのかかった金色の髪が眩しい。
【尚】
(何て綺麗なの?)
一瞬でその美しさに呑まれた。
「……はい」
私は自然にそう答え、差し伸べられたアインさんの手に自分の手を重ねる。
【アイン】
「貴方の名前を伺っても宜しいでしょうか?」
踊る前の軽いお辞儀をすると、そうアインさんが聞いてきた。
【尚】
「白銀尚と申します」
いつもだったら、名前は明かさない。でも……今は違った。
【アイン】
「素敵な名前ですね」
柔らかな笑顔が、私の心をそっと撫でる。
【尚】
(何か…ドキドキする……)
今まで味わった事のない感覚に、私は戸惑った。
【アイン】
「この曲が終わりましたら、バルコニーに出ませんか?」
【尚】
「バルコニーに?」
【アイン】
「はい。貴方ともっと言葉を交わしたいのです」
頬が熱くなるのを感じながら、私は素直に頷いた。

<バルコニー>
【アイン】
「寒くはないですか?」
【尚】
「大丈夫です」
月明かりに照らされたアインさんは、まるでお伽噺の国の王子様そのものに感じた。
「今夜は月が綺麗ですね」
【アイン】
「でも貴女の美しさの前には、霞んでしまいます。尚」
【尚】
(!?)
名前を呼ばれた瞬間、視界がグルンと歪んだ。
【アイン】
「月に酔われましたか?」
【尚】
「ア、アイ…ンさん……?」
(駄目…意識が……)
ビュウウと強い風が吹き、アインさんの髪の毛が私の頬に当たる。
「え!?」
その時だ。私は目を見張った。
私の頬をくすぐるアインさんの髪の毛は黒色だったからだ。そして視線を上げると、アインさんの背中に大きな漆黒の翼が広がっていた。
【???】
「お嬢様に触れるな!」
【尚】
「ま、雅裕……!?」
【雅裕】
「大丈夫ですか!? 何か変な事されてないですか!? 胸騒ぎがして来てみれば……!」
雅裕が私の元へ駆け寄り、心配そうな顏をする。
【尚】
「うん…。ちょっとめまいがしたけど、今は大丈夫……。雅裕、これって夢?」
ギュッと雅裕の腕にしがみ付き、アインさんに視線を向ける。
【雅裕】
「……本物の悪魔ですよ。私は彼に会うのがこれで二度目です」
【尚】
「二度目って……」
アインさんが悪魔であるという事よりも、雅裕が二度目って言った事の方が衝撃が大きかった。
【アイン】
「ふむ。お前は私と初対面ではないと?」
漆黒の翼をバタつかせ、アインさんが落ち着いた声で聞く。
【雅裕】
「俺のお袋を忘れたのか!?」
そう言うや、雅裕はアインさんに立ち向かって行った。
【尚】
「雅裕! 危ないよ!」
叫ぶが、雅裕には届いていないようだ。
(どうしよう!?)
焦る気持ちだけが募る。
【雅裕】
「まさか、こんなに早くに会えるとは幸運だよ!」
雅裕は懐から小瓶を取り出して、それをアインさんに投げ付けた。アインさんは余裕なのか避ける事もしない。
【尚】
(避けもしないなんて…。よほど自分の力に自信があるって事?)
小瓶は、アインさんの翼に当たって割れる。
シュウウウウ……
【アイン】
「!?」
【雅裕】
「そいつは『あの』聖地の聖水だよ!」
【アイン】
「何!?」
聖水がかかった黒の翼は、焼けただれていく。
【尚】
「凄いわ……! 雅裕……!」
いつもの物腰が柔らかな雅裕からは想像も出来ない凛々しい表情に、私の胸が高鳴る。
【アイン】
「はぁ、とんだ目にあったものだ。お前を思い出した。あの時はまだ幼かったな。…お前の母親は生きているぞ? 私の屋敷で」
【雅裕】
「生きて……! じゃあ返せよ!」
【アイン】
「それは難しい。お前が私の翼を焼いたから、私は魔界まで飛んで行けない。よもや聖地の聖水で攻撃されるとは、油断した」
溜め息をつきながら話すアインさん。
アインさんの話を聞いていると、何故か怖さを感じなかった。
【尚】
「じゃあ、どうすれば雅裕のお母様を返してくれるの?」
何処かで聞いた事があった。雅裕には身内が居ないと。それが生きているのであれば、会わせてあげたいと思うのは当然の事だ。
【アイン】
「ふむ、そうだな……。私は遊びに人間界に来ただけ。争いを好まぬ。よって、翼が治るまでそなたの家で世話をしてくれれば良い」
そう言って、アインさんが私を指差す。
【尚】
「は?」
一瞬何を言われたのか分からなかった。
(家で世話って事は、悪魔と同居!?)
【アイン】
「私は平和的な悪魔。この条件でなら、そこの男の母親を返そう」
アインさんはそう言うと、ほくそ笑んだ。
【尚】
「分かったわ! 約束よ!?」
【雅裕】
「お嬢様! 駄目です! そんな約束は!」
【アイン】
「もう遅い。尚と私の間に契約が結ばれた」
再び強い風が吹き、木の葉が舞う。
「って事で宜しくお願いしますね」
【尚】
「え!?」
木の葉が消え去ると、そこには最初に会った人間の姿のアインが現れた。
何やら嬉しそうに笑っている。

ここから、悪魔のアインとの同居生活が始まったーー