変身! 小悪魔☆魔法少女ノワールプリンセス!  走るリムジン。特注車であるのか、コウモリをイメージしたかのような外見が人々の目を引いた。その窓の隙間から見えたのはその車に合わせたかのようなゴスロリチックな悪魔を思わせるコスプレのような服装を身に纏った幼い少女と中華風にアレンジしたメイド服を着込んだ少女がテーブルの座席に座る。 「今、何と仰っしゃりましたか?」  テーブルの向かい側のナタクが本当に聞こえなかったかのように問うその反応が少し可笑しかったのかハイパーノワールは笑う。 「クククッ!? まさか私がお前を良心があるから助けたのだと思っているのではあるまいな?」 「人々の欲望を満たすと言うことですか?」 「そう。まずは日本からだ……ん? 浮かない顔だなナタク?」 「そんなことはありませんが……誰とも分からぬ者の欲望を叶え、それを世界で満たすというのは……」 「クククッ……心配するなナタク。お前を欲望のはけ口などにせぬ。それに目星はちゃんとついているからな」  笑うハイパーノワールにナタクは不安顔を見せる。 「その目星というのは……」  その時、ハイパーノワールの懐から何かが光り輝く。 「ドリームメモリーが欲望に反応しているのか?」  ハイパーノワールが懐から輝きを放つコウモリの形状をしたチェスの駒のような物を取り出す。 【待たんかコラ!】  男の罵声と共に逃げる女子高校生。その少女は今時では珍しいポニーテールが特徴だった。不思議にも子供の手を引くその少女から怯えた小動物の瞳とは違う勇敢さが感じられる。  チンピラ風の男二人に追われているようであった。 「良からぬ者に追われているのでしょうか? ここは私めが!」  初老の男性運転手に横付けするように相図し、リムジンを止めて出ようとするナタク。 「待て! この反応は……」  ハイパーノワールは手で遮り、ナタクを静止させる。  その間にも女子高校生の前に先回りしていたのか、グラサンをかけた男が木刀で殴ろうと襲いかかる。  女子高校生が木刀で殴られ、顔面血塗れになる姿を想像した刹那。 身を翻し、鞄で殴打してチンピラ男一人を女子高校生が倒していた。 「こっち!」  女子高校生はその隙に路地裏に逃げ込む。 「あれはなかなか期待できそうな素材のようだ」  ハイパーノワールが車から降りようとするとナタクが先に出て、エスコートする。 「あれがですか? 欲望のある者とはかけ離れた存在のように思えますが」 「クククッ!? ならばお前にもそれが言えるのではないか? ナタク?」 「私めは……」 「共に見てみようではないか清き欲望の光を……」 「ヘヘっ……嬢ちゃん分かっているだろうな俺達を怒らせるとどうなるか?」  笑みを浮かべて女子高校生徒と子供に歩み寄るチンピラ男三人。その中のスキンヘッドの一人が言う。 「あんた達、それでも大人? 恥ずかしくないの! たかが子供一人に寄ってたかって!」 「子供なら大人の礼儀っていうもんを教えてやらんとな! ぶつかってごめんなさいも言えん子供じゃ悪い子供になってしまうからな!」  リーゼントのサングラスの男が笑いながら言う。 「あんたらの脅し口調じゃ謝る事もできそうに無いわね!」  溜息をつくように言う女子高校生に金髪の男が睨みを利かす。 「何やと! もっぺん言ってみ!」  壁際に追い詰められ、胸ぐらを掴まれる女子高校生。 「きゃっ!?」 「お姉ちゃん!?」  金髪男の拳が迫る刹那、何者かの腕が掴む。 「な、何者だてめえ!?」 「通りすがりのメイドでございます」  ナタクの裏拳が金髪男を吹き飛ばし、壁に激突させる。 「逃げろ……欲望のままにな」  きょとんとする女子高校生であったが、状況を理解したのか。すぐに男の子の手を引いて駆けていた。 「ありがとう!」  手を振る女子高校に笑みを浮かべるハイパーノワール。 「て、てめえどこの組のもんだ!?」 「組? 私は只の悪魔だ」  残ったチンピラ男二人が木刀と鉄パイプを振り下ろそうとした刹那、ハイパーノワールの手に巨大な闇を帯びた鎌が姿を現す。  それを神速で斬り払うと、一瞬にしてチンピラ男二人が倒れる。  不思議な事に巨大な鎌で斬られたのにも関わらず、傷も血も流れてはいなかった。 「やはり見込み違いなのでは?」 「お前の目は節穴か? あれの欲望は思った以上に桁違いだぞ」 「えっ?」  不思議そうに首を傾げるナタクにハイパーノワールは笑う。 「……お姉ちゃんありがとう」  そう言う男の子に女子高校生は恥ずかしそうに目を逸らす。 「べ、別にあんたの為に助けた訳じゃないんだからね! 今度からは気をつけなさいよね」 「う、うん」 「そろそろ学校に行かないと!?」  腕時計を見た女子高校生が駆け出す。 【大変だ! 子犬が川に流されて!?】 「ちょっと待ってよ!? 名前ぐらい教えてよ!」 「私? 星野叶美(ほしのかなみ)。じゃあ、以上!」  なぜか頬を赤らめて猛ダッシュで行く姿を男の子はポカンとした顔で見送った。  だが、星野叶美が向かったのは学校ではなく、通学路とは逆の橋であった。彼女はその手すりの上に乗ると、制服の上着を脱ぐ叶美。 「叶美、お姉ちゃん何やってるの!?」  その行動が尋常ではないと感じたのか、叶美に助けられた幼い少年がすぐに駆けつける。 「う〜ん……あんた名前は? 願花(がんか)と同じ小学校じゃない?」  川を見下ろし、きょろきょろと叶美は何かを探す。 「えっ? うん、抑止小学校(よくししょうがっこう)の川崎勇太(かわざきゆうた)……って、お姉ちゃん話、聞いてる?」 「犬を探してるのよ」 「さっき誰かが叫んでた犬が流されてるっていうの……無理だよ。川の流れが速いし、もうとっくに流されてるよ」 「大丈夫よ! 問題無い!」  そう言って叶美は高さ3メートルの橋から飛び降りた。 「お、お姉ちゃん!?」  水飛沫を上げ、流れに負けまいと勢いよくクロールで泳ぐ叶美。 【キャン! キャン!】  鳴き声を上げる子犬の声。  流されてきたのはダンボールの中に入った子犬だった。ダンボールは水を吸い、今にも沈みそうであった。 「この手に捕まって!」 「何でそこまでして助けようとするんだよ! そのままじゃお姉ちゃんが!?」  叶美の手が子犬の肢を掴んだ瞬間、その一人と一匹が水の中に沈む。 「お姉ちゃああああんっ!?」  最悪だった。少女と子犬は川の底へと沈んでしまった。 「星野! 星野! 星野叶美はいるか!」  教室で叶美の名前を連呼する担任教師の阿部。叶美の席にはその姿は居なかったが…… 「す、すいません遅れました!?」  教室の戸を開けて入って来たのはびしょ濡れの星野叶美の姿だった。 「星野はまた遅刻か」  眼鏡を上げ、嫌な顔をする阿部に叶美は苦笑いする。 「ちょっとトラブルがありまして……」 「なんだそれは? 川に流された犬でも助けたのか!?」  その言葉に教室中に笑い声が起きる。 「ま、まさか私がそんな良い事をする訳ないじゃないですか!?」  恥ずかしそうに顔を真っ赤にして顔を背ける叶美。 「分かった。分かった。さっさと席につけ」  足早に席につく叶美に赤い癖っ毛の夢見雅致子(ゆめみがちこ)が笑みを浮かべながら顔を近づける。 「子犬を助けた英雄には後でわいの体操着と食堂の食券を進呈してあげるわ」 「だから違うって言ってるじゃない!」  ムキになって言う叶美が面白いのか、嫌な笑みを向ける雅致子。 「じゃあ、何や? 何でずぶ濡れなん? まだ5月に水泳は早いんとちゃうか?」 「か、川に落ちたのよ……私、ドジだから」 「幼馴染のわいにそれは無理な言い訳とちゃうか? 昨日は制服はボロボロで登校、聞いた話によれば轢かれそうになった園児を助けたそうやないか?」 「違ううううっ! 私は小悪魔な少女を目指してるの! 人前で良い事なんてできないんだから!」  その言葉にいっそう嫌な笑みを向けてくる雅致子。 「小学校の夢が魔法少女となって世界の人達を助けたいなんて言った少女とは思えないセリフやな。ちなみに小悪魔な少女どんなんや?」 「そ、それは……ちょっと遅刻したりとか、授業中にお喋りしたりとか」 「それが小悪魔か? 普通やん」 「夢見! 私の話を聞いてるか?」 「はい、はい! 聞いています」  笑顔で誤魔化す雅致子に担任の阿部は舌打ちをする。 「HRを終わりにする。まだ進路調査票がまだ出していない者がまだ多くいる。だいぶ先の事だと考えずに早めに出すように!」  屋上のフェンスで寄りかかるようにしてお弁当を食べている叶美と雅致子。 「進路か……私の夢って、未だに分からないのよね」 「あるやないか……魔法少女なるっていう大きな夢が!」  雅致子の馬鹿にしたような言い方に少しむすっとなる叶美。 「それは小学生の話でしょ! 私、真剣に考えてるのに!」 「ごめんごめん。えっと……叶美の夢はあれやろ? 人の為に役立つ仕事をしたいんやろ?」 「べ、別にそんなんじゃ!?」 「自分の夢なんや。恥ずかしがる事なんか一つもないやないか? 警察官、消防士、自衛隊、医者、介護、人の為になる仕事はいっぱいあるんや」 「それはそうだけど……なんか違うんだよね私のやりたい事って……」  真剣に考え込む叶美に雅致子は何かを思い出したかのようにポンと手を叩く。 「なら……優(すぐる)さんの仕事の手伝いをすれば良いやないか? あの仕事も立派な人助けやで……それに優さんの仕事に憧れてたって言ってたやないか?」 「それはそうだけど……」  叶美が空を見上げると、飛行機雲は白い糸を引いていた。 「わいにも夢があるんやけど聞いてくれへん?」 「聞きたい! 雅致子の夢!」  身を乗り出すように顔を近づける叶美に恥ずかしそうに頭を掻く。 「……大空進(おおぞらすすむ)先輩に告白する事や」 「なに? 聞こえない」  悪戯な笑みを浮かべる叶美に雅致子は苦虫を噛み潰したかのような顔になる。 「聞こえてるやろが!」  ポカポカと叩く叶美を叩く雅致子。 「ごめん。ごめん。ウソ……でも、告白するのならすぐの方が良いんじゃない? 進先輩は彼女がいるっていう噂だし」 「ほんまかいな!?」  叶美の胸倉を掴みかかる雅致子。 「うん、あくまでも噂だけど……うかうかしてると進先輩、女子に人気だから取られちゃうかも」 「わいはそんな情報すら見逃してたんかい!?」  その言葉を聞いてがっくりと項垂れる雅致子。焚きつける為のウソなのか、しめしめと笑う今の叶美には小悪魔らしく、本当にその尻尾でも生えてきそうな勢いがある。 「善は急げというじゃない。本当に早い方が良いんじゃない? 今日の放課後とかね」 雅致子から後ろを向いて笑う叶美。彼女が本物の小悪魔なら尻尾がフリフリと揺れていそうである。 「そうやな……当たって砕けろや! 今日の放課後、わいの思いを伝えてみようと思う」 「頑張って……かげながら応援してる」 「見てるんや叶美! 進先輩に告白して一騎当千や!」 「ええっ……一騎当千って、雅致子はいったい何と戦っているの?」  そして放課後。雅致子は本当に告白する気なのか大空進を屋上に呼び出していた。 「なんだい? こんな所に呼び出して」 「わたし夢見雅致子って言います……進先輩! 伝えたい事があって呼び出しました!」  赤くなりながらも、叫ぶように言う雅致子。 「……雅致子、頑張って」  それを屋上のドアの隙間から見守る叶美。 「伝えたい事?」 「……先輩の事……好きだったんや……いや、好きです! 付き合ってください!」  その雅致子の言葉に進はうつむき、しばらく沈黙する。 「僕にはね。好きな人がいるんだよ……いや、付き合っている彼女がいるんだよ」 「……そんな」  膝を付く雅致子。 「大丈夫かい?」  手を差し伸べようとする進に手を弾く雅致子。 「構わんといて!」  涙を流しながら逃げるように屋上に出て行く雅致子。 「雅致子!」  雅致子とドアですれ違い、引き止めようとするもその手はいとも簡単に弾かれていた。  息を切らしながら雅致子は辿り着いた場所は学校の中庭だった。 「何や……わいは何で泣いてるんや? ふられるなんて最初から分かりきった事やないか……泣く事なんてあらへん……泣く事なんて……」  そう言いながらも、雅致子の目からはポロポロと涙が流れていた。 「……その欲望、叶えてやろうか?」  その時、何処からか幼い少女の声が聞こえた。 「だ、誰や?」  振り向けば、そこには声の主であると女の子が一人立っていた。金髪のツインテールに頭の二本の角のアクセサリー、黒いゴスロリのような衣装から悪魔のような翼とそのゆらゆらと動く尻尾が備わっている。まるで陽気なハロウインパーティから抜け出して来たかのような格好で、笑みを浮かべて八重歯を見せる。 「悪魔……ハイパーノワールと言っておこうか」 「アクマ? 何やそれ? ハロウインなら時期外れとちゃうか?」 「信じなくても良い……お前はその欲望をぶつければ良いのだからな」 「……欲望? わ、わいに欲望なんてあらへん!?」  ハイパーノワールと名乗る幼い少女がコウモリの形状をしたチェスの駒のような物を懐から出す。そのチェスのような駒が闇を帯びる。 「これはドリームメモリー。欲望を叶える願望器だ」 「ドリームメモリー? それを見せんといて!? おかしくなりそうや!?」  闇を帯びたコウモリのオブジェは赤い瞳で睨まれ、雅致子は恐怖を覚えた。 「恐るな! 欲望を紡ぎ出せ! 欲望のままに動き、汝の願いを叶えるが良い! 汝の名はタウルス・ノワール!」  ハイパーノワールがドリームメモリーを宙に投げると、くるくると回りながら雅致子の胸へと落ちる。 「何や!? ああああああっ!?」  雅致子が闇へと包まれ、その姿が変貌していく。  雅致子を纏っていた闇が弾けると共に制服だった物が牛柄のブラウスとジーンズに変わり、頭にバンダナ、耳にイヤリングと胸にカウベルに変わり、手には巨大な斧を持つ。そして変貌していくのは服だけではなかった。身体まで変貌していた。  髪は茶色となり、その頭には牛のような二本の角、微妙だった胸は見事なバストに膨らみ、尻尾が備わっていた。 「タウルス・ノワールよ。どうだ欲望の味は?」 「凄いやん!? 力が溢れてくるようや……そしてこの見事なバスト! 何でもできるような気がしてくるで!」 「タウルス・ノワールよ。欲望のままに動き、その願望を達成させるが良い」 「おおきに!」  タウルス・ノワールは四階建の校舎を軽々と屋上まで飛び上がる。それは人を超えたとてつもない跳躍力だった。 「雅致子!」  叶美が中庭に辿りついた時には雅致子はその超人的な跳躍力で、屋上に上がっていた。  ――何がかおかしい……まるで夢でも見てるのだろうか? それとも幻覚? 雅致子があんな事できる訳ないのに…… 「一足先、遅かったようだな」  聞き覚えのある声に振り向くと、そこに居たのは幼い少女と中華風のメイド服を着た少女の姿だった。それは叶美をチンピラから助けた少女二人に間違いない容姿。 「貴方達は確か……私を助けてくれた女の子」 「私はハイパーノワール……そして彼女は私のメイド、ナタクだ」 「以後、お見知りおきを……」  中華メイドのナタクが会釈する。 「いや、そんな事より雅致子が!?」  叶美の戸惑う姿にハイパーノワールはニヤリと笑う。 「屋上なら中庭より、校庭の方からならよく見えるのではないか?」 「あんた……雅致子に何かしたわね?」 「さぁ?」  叶美はハイパーノワールを一睨みした後、校庭へと向かう。  屋上を見上げると、雅致子が何かを抱え、飛び降りるのが見えた。  雅致子が抱えていたのは告白した相手、大空進だった。そのまま雅致子は校庭に着地する。 「貴方……雅致子よね?」  着地した雅致子に駆け寄る叶美。  その容姿は雅致子と少し異なるように思えた。頭にはバンダナに突き出た牛のような二本の角と尻尾、耳にはイヤリング、牛柄のブラウスに豊満なバストを備え、ジーンスを来て、手には巨大な斧を持っていた彼女はまるで別人のように思えた。 「わいは雅致子やない! ハイパーノワール様によってタウルス・ノワールとして生まれ変わったんや!」 「何を言ってるの雅致子? 進先輩をどうする気?」  タウルス・ノワールに抱えられた進は気を失っているのか、ピクリとも動かなかった。 「そうやな。これから二人の愛の巣を作るんや。叶美、よ〜く見ておき」  そう言ってタウルス・ノワールは巨大な斧を校庭の地面へと叩きつける。  その刹那、地面が盛り上がり、叶美達を持ち上げる。 「きゃあああっ!?」  叶美が気がつき、目を開けると、天井が吹き抜けの巨大な迷路のような建造物が出来上がっていた。 「どや? これがわいのラビリンスウォールや」  タウルス・ノワールは保健室から持って来たと思わるベッドを置き、進をそこに寝かせる。 「ちょっと雅致子、進先輩に何をする気なの!?」 「何するって? こうするんや」  雅致子は気を失った進に顔を近づけたと思うと、その唇にキスをする。  その瞬間、学校の窓から生徒達が黄色声援を上げる。 「雅致子! 進先輩には彼女がいるのよ!」 「だからどうしたんや? そんなもん奪ったもん勝ちやないか?」 「奪ったもん勝ちって……雅致子、あんた正気なの!? 進先輩の気持ちはどうなるの? 進先輩の彼女さんだって許さないわ!」 「そんなもん既成事実を作ればどうにでもなるんちゃうか? 男なんて気持ち良くなってなんぼのもんや」  それは雅致子とは思えない言葉だった。まるで人が変わったようだった。 「何を言ってるの雅致子! 貴方がやりたい事はそんなことだったの? 人の思いを踏みにじってまで!」  掴みかかる叶美にタウルス・ノワールは片手で胸倉を掴み、持ち上げる。 「お前に何が分かるって言うんや!」 「……まだチャンスあるじゃない……新しい恋を見つけて……進先輩より素敵な人を……ごほっ!?」 「何がチャンスや! この想いはどうなるんや! わいには進先輩しかあらへんのや! ホイホイ好きな人を変えられる尻軽な女とはちゃうで!」 「……考え直して雅致子……そんな事したら進先輩に嫌われちゃう……ごほっ!? ごほっ!?」  咳き込む叶美に舌打ちをするタウルス・ノワール。 「あーあ! わいの純粋な欲望を邪魔する叶美にはお仕置きや!」  タウルス・ノワールが叶美を壁に押し付ける。 「なにを!?」  まるで壁が泥沼であるかのように叶美の身体がずぶずぶと沈んでいく。 「しばらく壁に埋まってるんやな。ぎょうさん子供できたら良い男、紹介したるわ」  叶美の手と足が沈むと、元の壁へと硬化してしまい、胴体と顔のみが外に出る形となった。 「雅致子! 壁から出しなさいよ!」 「そこは特等席屋やで。わいと進先輩が愛を育む姿を見れる席やからな」  タウルス・ノワールはベッドに寝ている進を馬乗りにすると、ワイシャツを脱がし、上半身を裸にしてしまう。  窓から覗く生徒達のキャーという黄色声援がより一層強くなる。 「止めて雅致子! 本当に取り返しのつかない事になる!」 「何や? 見るの初めてなんか? 安心せいや。わいも初めてや」  鼻息を荒くして進のベルトを外す雅致子。 「止めてええええええっ!?」  その刹那、闇を帯びるチェスのような物がくるくると回りながら叶美の胸の前で浮遊する。 「あれはドリームメモリーやないか!? どうしてやハイパーノワール様!?」 「力が欲しいか?」  壁に埋まった叶美に歩む寄るハイパーノワール。 「……力?」 「お前に欲望があれば……ドリームメモリーによってその力を解放するが良い」 「いけませんハイパーノワール様!?  欲望と欲望をぶつければどちらかが消滅します!?」  駆け寄るナタクに睨むハイパーノワール。 「……欲望?」 「さあ! 欲望を解き放て! お前に叶えたい願望があるのだろう!」 「……願望……助けたい……雅致子を……進先輩を……その先輩の彼女も!」  ドリームメモリーが強烈な青い光を放つ。 「な、何だと!?」 「叶えなさいハイパーノワール! 私の欲望は誰かを……人を助けることを欲望として生きる者!」 「良いだろう! その欲望、叶えてやろう!」  ハイパーノワールが指を鳴らすと、叶美を捕らえていた壁が一瞬にして粉砕する。 「私の欲望を叶えてドリームメモリー!」  青い光を放つドリームメモリーを抱き寄せるようにすると、叶美の制服が一瞬にしてパージする。  青い光と共に叶美の結っていたポニーテールが黒髪のツインテールとなり、二本の角と共にティアラが形成される。フリル付の黒いゴスロリチックな服を粒子が包んで構築し、ウインクする瞳は青へと変わる。くるりと回ると、悪魔のような翼と尻尾、八重歯が生える。  そして叶美が手を宙へと伸ばし、形成された魔法陣から巨大な鎌を引き抜いて構える。 「汝の名はノワールプリンセス! 全ての欲望を刈り取る者、欲望にて全ての者を助ける者だ!」 「このノワールプリンセスが欲望の為に全ての弱き者を助ける為に貴方を救う!」 「なぜなんやハイパーノワール様! どうして叶美の欲望を叶えたんや!?」  詰め寄るタウルス・ノワールにハイパーノワールは笑う。 「勘違いするなよ小娘。私は人間の完全な味方ではない。お前の欲望がどうなろうと関係ない。お前のノワールプリンセスによって消されるならそれだけお前の欲望が弱かったというだけだ」 「なんやと!」  ハイパーノワールの胸倉を掴む雅致子。 「その欲望を貫きたいならノワールプリンセスの欲望を消してみるんだな」  ナタクがタウルス・ノワールの腕を弾くと、その隙にハイパーノワールがラビリンスウォールに飛び乗る。 「良いやろ! わいの恋心の欲望が人助けの欲望なんかに負ける訳ないんや!」  巨大な斧をノワールプリンセスに向ける。 「考え直して雅致子……貴方とは戦いたくはないの!」 「まだ言うんかい! 変身して武器を持ったなら戦ってなんぼやろ!」  猛烈な突進と共に斧を叩き付けようとするタウルス・ノワールにノワールプリンセスは鎌で受け止めるも、二撃、三撃と繰り出されて壁へと押されていく。 「くっ!?」 「何や、只の木偶の棒やないか……無様な姿やなノワールプリンセス! 魔法少女になって人助けがしたいというお前が今や人の恋路を邪魔する小悪魔やからな!」  余裕な笑みを向けるタウルス・ノワール。 「これが恋ですって? 笑わせないで! 貴方がやろうとしている事は只の強姦じゃない! そんなの恋でも愛でもない!」 「うるさい……うるさい! うるさい! うるさいいいいいっ!!」  タウルス・ノワールが斧を叩きつけると、周囲の壁が猛スピードでノワールプリンセスに迫る。 「きゃあああっ!?」  避けられずにプレスされるノワールプリンセス。 「見事なノワールプリンセスのサンドウイッチの完成やな……いや、もちろんこれぐらいでは死なないやろハイパーノワール様?」 「さぁな……動けないだけかもしれないが……」  翼で空を飛んでいるハイパーノワールがニヤリと笑い、答える。 「せやな。さすがにこれじゃあ、動けないやろ」  その刹那、壁が粉砕してノワール・プリンセスが飛び出す。 「私は動けるわ」 「な、なんやと!?」  ノワールプリンセスの鎌がタウルス・ノワールの斧を吹き飛ばす。 「欲望を捨てて雅致子! もう終わりにしよう!」  タウルス・ノワールに鎌を向けるノワールプリンセス。 「そうやってわいの恋路を邪魔するんかい! わいの欲望を奪ったら絶交やで!」  涙目を浮かべるタウルス・ノワールに戸惑うノワールプリンセス。 「雅致子……私は……」 「人助けと思うならわいの恋路を助けてくれへんか?」 「そんなの人助けじゃないよ……雅致子は誰かに迷惑をかけてまで自分の欲望を叶えたいの?」 「なら……お前の人助けっていう欲望はなんや? 只のお節介とちゃうか? 人の恋路を邪魔するんは悪事とちゃうか? まあ、その姿で小悪魔言うなら納得やな」  「……私のやっている事が悪事?」  うつむくノワールプリンセスを見てタウルスノワールは地面を叩くと、新たな壁が浮き上がり、その鎌を吹き飛ばす。  鎌はくるくると回り、地面に突き刺さる。 「そうや! 悪事や! 悪いと思うんやったらわいにお前の欲望を潰させるんや!」  タウルス・ノワールが地面に刺さった斧を拾い上げようとする。 「私は……ドリームデスサイズ!」  ノワールプリンセスが手を上げると、鎌が吸い寄せられる。 「何や! そんなにわいと絶交したいんかい!」  斧を拾い上げたタウルスノワールが突進してくる。  その刹那。巨大な鎌、ドリームデスサイズを手にしたノワールプリンセスがそれをくるくると回すと、地面に青い魔法陣が形成される。  欲望の力か本能的に動いているような感覚であった。その言葉を言えという本能に従ってその言葉を紡ぎ出す。 「我は清浄なる欲深き者! 愚かな欲深き者よ! 我が欲を持って汝に清浄なる心に戻さん! ドリームブレイカー!」  青い光を放つドリームデスサイズ。突進してくるタウルスノワールに青い光を放つ巨大な鎌、ドリームデスサイズを振り下ろす。  タウルスノワールは斬られると、胸からドリームメモリーが浮き出て、消滅して元の雅致子の姿へと戻る。 「……叶美……何でや……?」  涙を流し、倒れる雅致子。 「……私は小悪魔だから……小さな悪い事しかできないの。貴方が私がやる事を悪事だと言うのなら私はその欲望を貫き続ける……私はそれが良い事だとか思っていないんだからね」  そう言うも、ノワールプリンセスのその目には涙が浮かんでいた。  タウルス・ノワールが作った校庭のラビリンスウォールが光の粒子となって跡形もなく消えていく。  ノワールプリンセスの姿も光の粒子となって消え、元の学制服の叶美へと戻していく。窓から歓声とパチパチと拍手喝采の嵐だった。だが、学生達の「落ち込むなよ」という励ましの声も、今は恥ずかしくも、嬉しさもない。ただ、悲しみが残った。  近くで、遅れてパチパチと拍手が聞こえて振り返ると、そこにはサッカーのゴールの上に座り込むハイパーノワールの姿があった。 「ハイパーノワール!」  睨みように見る叶美。 「見事だった星野叶美! お前の欲望が叶えられたろ?」 ハイパーノワールが指を鳴らすと、叶美の胸からドリームメモリがー抜き出て、その手に納まる。 「ぐっ!?」  胸の痛みが走り、膝をつく叶美。 「少しは痛みは残るが、これは返して貰うぞ」 「……あんた……よくも! 雅致子の夢を弄んだわね!」  ハイパーノワールに石を投げつける叶美であったが、ナタクが軽快に飛び上がり、簡単に弾かれてしまう。 「夢を弄んだのではない。夢を持たせたのだ」 「ふざけないで! こんな事! 雅致子は望んじゃいない!」 「お前は人の心が読めるのか?」  その問いに唖然とする叶美。 「えっ?」 「お前は表向きの人間しか分かっていない。お前は裏に潜む欲望に気付く事すらできない」 「なに言ってんのよ? あんたが欲望を増長させる物をけしかけたんでしょ!」 「私は欲望の後押しをしただけだ。あのままあの女を放置したらどうなっていたと思う?」  叶美の脳裏に雅致子の落ち込んだビジョンが浮かぶ。 「……絶望はするかもしれない。けど、次の日にはころっと忘れて笑顔を見せてくれる……そーいう人よ雅致子は……」  その言葉に「クハハハハッ!?」と笑い声を上げるハイパーノワール。 「それがお前のあの女の人物妄想か? 笑えるな! 人の心は弱いものだ。それはお前が知っているのではないか? 星野叶美よ」  いつの間にか盗られていたのか、生徒手帳が投げ渡される。 「雅致子はそんな弱い子じゃない!」 「ならば、その女、雅致子がお前にした事は何だ? 彼女を本当に思うなら欲望のはけ口になれば良かったのだ。あのまま壁にでもなっていた方が彼女の為になったのではないか?」 「ふざけないで! 雅致子に欲望を貴方が与えなければあんな風にはならなかった!」 「もしあの女に欲望を与えてやらねばどうなっていたと思う? ずっと殻に閉じ込もり、全ての人を拒絶し、廃人となっていたかもしれぬぞ!」 「……そんなことはない……雅致子はそんな弱い子じゃない……」  叶美はハイパーノワールの言葉を完全に否定できなかった。あの落ち込んだ雅致子が一生、笑顔が戻らないのではないかと思ってしまったからだ。 「まあ、良いじゃないか。お前の人を助けたいという欲望で少なくても愛し合う……一人を除いて二人は救われたのだからな?」 「……私は……誰も救いたいなんて思ってない!」  叶美のその目から涙が零れる。 「ならば、なぜ雅致子の欲望を止めようとした? 見てみぬフリをしている方がよっぽど利口だ。そうすればあの女ともずっと友人でいられたというのに理解に苦しむ」 「……私は……元の雅致子に戻って欲しいって思っただけ……誰かを助けたいなんて……思っていないんだからね!」  叫ぶように言う叶美に呆れ顔のハイパーノワール。 「このままお前の欲望のままにノワールプリンセスとして私の手駒にでもしようと思ったが……見込み違いだったようだ」  そう言って踵を返すハイパーノワール。 「ハイパーノワール様! よろしいのですか!? 彼女は逸材……あの欲望があれば世界を欲望を満たす事など容易いはずです!」 「帰るぞナタク」  歩を早めるハイパーノワールが闇を帯びて消える。  ナタクが叶美を睨んだ後、舌打ちをして闇を帯びて消える。 「これで……良かったんだよね」  叶美はそう自分に言い聞かせた。誰かの為なんかじゃなく自分の為だったと……人助けの欲が悪者の力になるのが恐かった。それによって人が傷つくのがたまらなく嫌だったのだ。 『叶美〜元気、出して』  そう言って窓から手を振るのはクラスメイトの女子達だった。 「ありがとうみんな!」  叶美は涙を拭き、手を振った。  ピピピピピッと目覚まし時計が鳴る。  起きたくない。学校に行きたくない。少し憂鬱だ。雅致子とどう接して良いのか分からない。  ガチッ!? と、目覚ましを叩くようにして止める。  それでもカチッカチッと秒針の音が学校に行けと急かしているようだった。 「時の神は私に学校に行けと言うのね」  階段を降りてリビングに行くと、幼い妹の願花(がんか)がなぜかニュースに釘付けになって見ていた。 「願花、どうしたのよ? ニュースなんか真剣に見て」 「……お姉ちゃん……有名人だったんだ。魔法少女の夢、叶ったんだ」 「なっ!? なに言ってんのよ願花!? 誰が魔法少女!?」  テレビを指さす願花、その映像には小悪魔☆魔法少女現るの文字が強調され、ノワールプリンセスの戦闘シーンがばっちり撮られていた。  確かにあれだけ騒ぎならばTV局が来てもおかしくはないが……せめてマスコミではなく、自衛隊か最低でも警察ぐらいは来て欲しかった。 「小悪魔☆魔法少女ノワールプリンセス頑張ってね」  なぜか願花に高貴な目で見られ、手を握られた。 「ち、違うわよ!?……私、こんな人助けなんてしないし! ひ、人違いよ!?」 「そうかお姉ちゃんはノワールプリンセスの正体を隠し通さなければ記憶喪失になってしまうという運命が……」 「そんな設定ないから!」 {ノワールプリンセスとはいったい何者なのでしょうか? 正義の味方、それとも……} {心理学から見て彼女は前者でしょう……今後の彼女の行動によりますが……謎のハイパーノワールという手品師? 彼女の方が危険だという見解が……}  何かややこしい事になっている。これではヒーロではないか!? スーパーマンでもなければスパイダーマンでもない只の女子高校生のはずなのに……これでは恥ずかしくて町中も歩けない。 「あーもう! 学校に行って来る!」 「お姉ちゃん……グッジョブ」  そう言って親指を立てる願花。 「言いふらすんじゃないわよ願花!」  ピンポーンというチャイム音が鳴り響く。 「報道陣が攻めて来たのね……裏口から逃げないと!?」 「昨日の今日で、それは有り得ないから! っていうか家に裏口なんてないから!」 「じゃあ、誰? 私に友達いないよ」 「そんなの宗教勧誘に決まってるんじゃない!」  ドアを開けると、小学生の男の子が立っていた。  それは叶美がチンピラから助けた川崎勇太に間違いなかった。 「お姉ちゃん魔法少女だったんだね。オレ、ぜんぜん知らなくてさ……その良かったらオレと一緒に学校に……!?」  叶美に一輪の花を渡す勇太。 「ちょうど良かった。願花と一緒に学校に行ってくれる? 願花は本当に友達いなくて、貴方が友達になってくれたら助かるわ」 「いや、オレはその……」 「入って。願花を呼んで来るから」  手を引かれ、玄関に招き入れられる勇太。 「何だ勇太じゃないの? ジャスティスライダーを卒業して魔法少女マニアなったの?」 「ち、違う!? オレはその……」  なぜか頬を染める勇太。 「願花、今日は勇太君と一緒に行きなさい」 「なぜに?」 「あんたは積極的に友達を作らないと。ほら行った! 行った!」  叶美が玄関を開け、願花と勇太を押し出す。  すると、カメラのフラッシュが一斉に明滅し、視界を真っ白にする。 「星野叶美さん。貴方がノワールプリンセスと聞きましたが、本当ですか?」  周囲の報道陣に無数のマイクやテープレコーダーを向けられる叶美。 「ええっ!?」  その刹那、パンッ!? パンッ!? と、大きな音を立てて報道陣の足下に何かが破裂する。 「お姉ちゃん! 今だ! 逃げて!」  囲む報道陣にわずかな隙間ができる。 「ありがとう勇太!」 「ちょっと待ってください!? 叶美さん!?」  その隙間を縫い、叶美は逃げるように駆けていた。 「ほんますまんかった叶美!」  教室で、土下座をする雅致子。その行動に教室中がざわめく。 「べ、別に謝る事なんか!?」 「なに言ってんや叶美。わいは叶美を心も身体も傷つけた! まぎれもない事実や! 許してくれるとは思わへんけどな……わいと友達になってくれへんか? わいに親友と呼べる者は叶美しかおらへんのや!」 「別に私はそんな気にしてないし……」  頭を掻く叶美。 「ほんますまんかった叶美!」  何度も頭を下げる雅致子。 「もう良いって雅致子。私は雅致子ともう一度、友達になれるならそれで良いよ」  その言葉にうるうると涙を浮かべ、抱きつく雅致子。 「ほんまありがとな叶美!」 「痛いって……雅致子」  元の雅致子に戻り、いつもと変わらぬ学園生活に戻った。  けれど……それはほんの一時の日常に過ぎなかったのだ。