ボク達の世界  ――それはボク達が英雄と呼ばれた物語。  ――ボク達の物語は本来ならまっとうな終わりになるはずだったのかもしれない。  ――あの悲劇の終わりが……ほんの序章にすぎなかった事にボク達は気づいていなかった。  深夜0時を過ぎていた。夜の森はフクロウや虫達の声、得体の知れない獣達の咆哮が勇輝の耳に聞こえてくる。いつもこんな事をしていても斉藤勇輝(さいとうゆうき)には怖いと感じてしまうのだ。  今年で十二歳になる勇輝にしてみれば夜に出歩く事自体が当たり前の事のように思えた。  夜空には赤い満月と白い三日月が浮かぶ。勇輝の世界ではこんな夜空など絶対に見られない光景だ。そう都会のど真中ならヘリや飛行機ぐらい飛んでいたなら怖くない光景かもしれないと、勇輝は思う。この世界、バンゲアでは絶対に無い事だけれど。  勇輝は白マントに白いライトメイルを着込み、藤田竜二(ふじたりゅうじ)はマントに黒の外套、坂本巴(さかもとともえ)は赤と黒の和装の武道着だった。それが勇輝達の戦闘服であった。  勇輝達の防具は一番硬く魔力に強いオリハルコンの金属繊維が編み込まれていて防刃と防弾、耐火性能から中の液体金属のダイラタンシー流体の働きにより衝撃に強い。また、中の液体金属により高温から低音時の温度調整も効く。勇輝のライトメイルも同じくオリハルコン製の鎧だ。竜二の注文により、専門の鍛冶師である岡崎吾郎(おかざきごろう)に作らせた物だ。  竜二が見る先には不気味な洋館が見える。  三人のメイドの少女が会釈をし、その場に跪く。  村から選ばれた美人の娘達なのだろう。真中の娘は清楚で、右は可愛く、左は可憐な感じがする。 「聖魔様……いえ、ディアブロメサイア様、我々の血を糧にし、お救いください」 「勇輝、お前から吸え! 真中の娘は吸うなよ」  竜二が命令し、勇輝は躊躇しながらも一歩前へ出る。  藤田竜二とは同級生なのだが、いつも命令口調だ。勇輝が竜二に従っている理由は自分には持っていないモノを持っているからだ。指導力から剣から魔法まで、勇輝から見ればずば抜けた才能を持っていた。憧れというのか分からないけれど、竜二なら従っても良いと思えるのだ。 「私の血からお吸いになさいまし」  右のツインテールの娘が笑顔で肩を露にする。  どうやら竜二が事前に用意していたらしく、吸わなければいけないらしい。思わず勇輝は溜息を漏らす。 「私の血では不服ですか!?」  メイドに泣きそうな顔で見つめられ、慌てる勇輝。 「だ、大丈夫です!? じゃあ、いただきますね」  メイドの露になった肩に牙を突き立て、血をすする。  ――いつも人間の血がこんなに美味しいなんて。  勇輝達は子供ながらにしてディアブロと呼ばれた化物だった。正確にはそうなってしまった。このバンゲアに来てしまった人間はウィルスに犯され、化物になる。血清を打った勇輝達だけが、人間を保つことができた。  それをあえて、化物にする方法は血液を摂取する方法であった。血液を摂取する事でウイルスが活性化し、生体組織が人ではないモノに変わるという。もちろん血清のおかげで、完全な化物になる事はなく、時間が経てば元に戻る。それでも人間時の状態でもメディックの杉田百合枝(すぎたゆりえ)え)によれば勇輝達の細胞は三十%近くが、人間の物ではなくなっているという。  どういった事がキッカケだったのか分からないが、竜二がモンスターを退治する事が始まりだったのかもしれない。いつの間にかメンバーが集まり、それが慈善事業のようになり、勇輝達はいつしかディアブロメサィア(悪魔の救世主)と呼ばれるようになっていた。 「ああ……」  メイドが喘ぐ、ディアブロに血を吸われた者は快楽を得る。欲望に負けて血を吸いすぎればこのメイドがどうなるかぐらいは幼い勇輝にも分かる。 「吸いすぎるなよ勇輝。巴、お前は娘より、男の方が良かったか?」  ポニーテールが特徴の巴は可愛い八重歯を見せ、満面な笑顔を竜二に見せた。 「大丈夫だよ。むしろ男の子だと抵抗あるかも」  そう言って巴は可憐な少女を選び、肩に牙を立てて、不器用に血をすする。彼女もまた勇輝と同じ幼馴染であった。 「吸わせて貰うぞ」  竜二は強引に肩に露にさせ、強引にも清楚なメイドの少女の血をすすり始める。最初は嫌な顔を清楚メイドだったが、徐々に表情は崩れ、快楽のものへと変わっていく。  杉田百合枝によればディアブロに噛まれて快楽を得るのは蚊が血を吸うのと同じようなプロセスらしい。唾液の含まれたウイルスが快楽物質を出し、血をドロドロにしてるのだという。 「これで戦うのは最後なんだよね竜ちゃん?」  不安そうに言う巴にくすりと何が可笑しいのか、竜二はくすりと笑う。 「どうだろうな?」 「まだ戦うの? 最後だって言ったのに!?」  ぐおぉぉぉっ!?  人の声に似た雄叫びが何処からか上がる。もちろんそれは人の声ではないことは勇輝達には分かっていた。  ズシンッ!? ズシンッ!?  地面が大きく揺れる。地響きと共に何かが近づいてくる。 「思っていたよりもこちらに気づくのが早いな……まあ、良い。勇輝、守れ!」  ディアブロになるまで時間がかかる。それまで時間稼ぎしろという事なのだろう?  勇輝のタリスマンの首飾りが虹色の光を放つ。  バンゲアの人間と違ってアンダーグランド、つまり勇輝達の世界の人間は魔法の詠唱が全くできないのだ。そのために精霊と交信する補助的な魔法具、ソーサーラーなどがマナを高めるのに使うアミュレットオーブやタリスマンを装着しなければ魔法すら使えない。例えば炎の魔法を使うならそのマナのアミュレットオーブが必要となる。さまざまな魔法を使うとなると、多くのアミュレットオーブを身に着けなければいけない。高価で便利な代物ならタリスマンを使えば一つでさまざま魔法を使う事は可能なのだけれど。巨大な金塊が買えてしまのだから気軽には使えない。  それでもアルケミストの恵理やメディックの百合枝のように魔法が使えない世界で生きている人間でも先天性のマナが備わっている者は稀にいる。 「虚無の中で潜む内なる扉よ……今、その鍵を持って開かん! ゲート!」  勇輝の身体が光に包まれていく。 「きゃあああっ!?」  三人のメイドが悲鳴を上げた時には三つの鋼鉄の巨大な金棒が目の前に迫っていた。 「出でよ! イージスエクス!」  勇輝の目の前に歪みが生じ、巨大な白い金属片が姿を現す。この瞬間、メイド達は間に合わないと思っただろう。  ゲートの魔法とは異空間に取り込んだ物質を出現させる魔法だ。  金属音と共に火花が散る  それを一瞬にして勇輝は掴み取り、巨大な金棒を防いでいたのだ。  勇輝が持つのは巨大な盾だった。勇輝の背丈の倍以上の長さで、幅は人が完全に隠れてしまう物であった。金の装飾が施されたカイトシールドに似た形状。先端には二股に分かれ、竜の模したそれは爪が二つ付いている。それは人が持つにはあまりにも大きすぎる物のように思えた。  信じられない事にそれを勇輝は簡単に片手で持ち上げ、その盾と同じ巨大な金棒を防いでいたのだ。  そして勇輝の身体は変わっていた。黒髪は白髪へと変わり、頭には竜の歪曲した二本の角、瞳の左は碧眼、右は赤、腕は白の鱗に覆われた鋭利な爪、背中にはコウモリのような翼、腰にはトカゲのような尻尾が生えていた。  その姿から勇輝は竜のディアブロと呼ばれた。  人間の姿を保つ事ができる勇輝達だが、生物の生き血を吸うことで魔獣の姿になる事もできた。 「どうした勇輝? 攻撃しろ! 死ぬぞ!」  勇輝の目の前にいるのは全身毛で覆われた七メートル近くの巨体だった。トロールと呼ばれる巨人、勇輝と同じく元は人間でもある。大半のモンスターは動物かディアブロの馴れの果てなのだ。 「で、できないよ!」  三体のトロールの金棒に盾が押され、勇輝の身体がゆっくりと地面に沈んでいく。 「相変わらずだなお前は……その盾には攻撃能力もあったはずだが……それとも可哀想で攻撃できないとか言うんじゃないだろうな? この偽善者が!」  笑って言う竜二の身体が闇へと包まれ、変貌していく。  歪曲した角と背中のコウモリのような翼から勇輝と同じく竜だが、その竜二の色は黒だった。  死の神の異名を持つ暗黒竜、クロウ・クルワッハのディアブロ。黒き竜になる事ができ、闇のマナを好んで使う事から仲間からその異名がついた。 「竜ちゃん!? ゆ〜君を助けてよ!? このままじゃ!」  勇輝の背後で悲鳴を上げる三人のメイドに舌打をする竜二。 「退け!」  竜二は指を鳴らすと、前にいるメイドが光に包まれて消える。  竜二はフルートと呼ばれるショートカット詠唱技術を持っている。詠唱を一つの音に練り込む事によって、可能となる詠唱方法だ。つまりは竜二が起こした指の鳴らした音自体が詠唱となり、魔法が発動する。この詠唱技術が使えるのは国に一人いるかいないかの逸材だと言われている。 「ああっ!? 竜ちゃんがメイドさんを消しちゃった!?」 「ただのテレポート、移動魔法だ! 俺がしくじったらサポートしろ巴! ゲート! 俺の前に姿を現せ! ラグナグニル!」  空間の歪みから夜の闇より黒い棒状の物を取り出す。  それは巨大な大剣だった。三メートル近くあり、生物のような禍々しい形状。裂けた黒い刃は鋭利な牙があって狼の顎のようで、食べられていしまいそうなイメージがある。そして鍔の部分には巨大な瞳がぎょろぎょろと動いている。  ぐおおおおっ!? と金棒を振り下ろそうとする一体のトロールに神速な速さで竜二は貫いていた。いや、貫くというよりも、えぐったといった方が正しい。剣の刃は意思があるかのように噛み付いていた。 「ダークスター!」  再び、竜二の詠唱無しの魔法が発動する。竜二の漆黒の大剣、ラグナニグルが口を開き、黒い光を放つ。  竜二のラグナニグルの魔法によってトロールが無残にも鮮血と共に肉片と化す。  竜二が持っている大剣は勇輝と同じく鍛冶師の吾郎が製作したアーティファクトデバイスだ。マナによって動く機械のような物だ。オートフルート機構が備わっており、物音一つで魔法が発動できる。また、大剣自体が自立意思を持っており、自ら魔法を放つ事ができる。ただし、ブリット詠唱式のように魔法は直線的に進んでしまうので避けられやすくなってしまうのが欠点だ。その為にできるだけ至近距離で放つ。その方が威力も桁違いの破壊力を生む。 「巴! 背後だ!」 「うん!」  巴の身体が炎に包まれる。炎の翼と尾が噴出すように現れ、真紅の髪へと変わり、頭に耳のような羽が生える。  巴は不死の能力があり、炎の鳥の翼を持つ事からフェニックスのディアブロと呼ばれた。 「虚無の中で潜む内なる扉よ。今、その鍵を持って開かん! ゲート! バルムフルン! フォームウルフクロー」  歪みと共に現れた四体の赤い小鳥が巴の両手足に張り付き、狼のような腕へと変える。  バルムフルンの何種類かある一つ形態であるウルフクローはマナと攻撃力に特化している。ただ、防御面に相手の攻撃を受けるには適していない作りになっている。どの形態も手の甲にはタリスマンが填め込まれ、オートフルート機構が採用されているので、竜二と同じく物音一つで魔法が使えるアーティファクトデバイス。吾郎いわくあらゆる敵に適応できる武器だという。 「行くよ! バーストフレア!」  竜二の背後を襲おうとするトロールに巴は神速な突きを放つ。  巴の拳が当たると同時に閃光を伴って爆発し、炎を上げながら七メートルの巨体が宙を舞う。 「これで終わりだ! ダークスフィア!」  竜二が地面を突き刺すと、トロールが一瞬にして吹き出る闇に包まれる。  暗い闇に包まれたトロールが一瞬だけ喉を押さえながら苦しみだす姿が確認できた。アルケミストの阿部恵理(あべえり)によれば、闇の魔法は宇宙空間に近い真空状態の空間を作り出すという。気圧の変化によって全身が内出血、鼓膜や内臓などの内部器官が破裂を起こし、死に至らしめる。  ズシーン!?  闇が消え、振動と共にトロールは血を吐き出して倒れた。  勇輝はトロールが可哀想だと思った。なぜならトロールもかつては勇輝達と同じ元は人間で、一歩間違えれば同じ運命を辿っていたかもしれないからだ。 「もたもたするな! 行くぞ勇輝!」  気づけば、走る竜二と巴が既に遠くに見える。  勇輝達は村の依頼で、生贄を要求するディアブロの討伐を任された。それは正当性があるように思えたのだけれど、殺す事には抵抗を覚えた。  巴も同じ考えであった。聞き入れた竜二はディアブロメサィアのメンバーを集め、解散する事を伝えた。けれど、ほとんどのメンバーは納得できずに解散を反対した。この血みどろのような戦いにも価値はあったからだろう。  一度戦って勝利を得れば、いろんな人達に称えられ、認められる。みんなで戦って勝利を得ればいいだけの事なのだから運動会で一等賞を取るより、コンクールで金賞を取るより、簡単でその栄誉は大きい。貰える報酬金も桁違いで、この世界で手に入る物なら買いたい物はほとんど手に入るだろう。戦闘によるスリルと高揚感、冒険心を掻き立てる国々、ダンジョンや洞窟。仲間との絆、さまざまな人達との交流。それは普段の学校生活では手に入らないモノが多いように思える。  竜二は納得させるためにウィルスの進行によって心も身体もディアブロになりかけているのだと話した。それは本当の事だった。竜二はどうか分からないが、ウィルスによって身体の変化が起き始めた。メンバー達の瞳が日本人には無い色に染まり始めた。そして勇輝にも変化があった。右の瞳は青になり、左は赤くなった。下手をすれば元の世界で生活できる状態では無くなってしまうのは事実なのだ。  メンバーの反応はさまざまだった。激昂するもの、涙を流すもの、沈黙するもの、しかないと同意するもの、これで良かったと賛成するもの……  かつてのディアブロメサィアのメンバーは去り、残された依頼をこなすのみ。戦わなくても勇輝達が立ち上げたギルドがモンスター退治の依頼を完遂してくれる。  ――そうだこれで終わるんだ。もう戦わなくても自分達の代わりはいくらでもいるのだ。  そう考えると少しだけ安心できた。なのにこの悲しい気持ちは何なんだろう? 本当なら嬉しいはずなのに……  森の先にはこの世界では存在しない西洋風の大きな白い洋館が建っていた。  鉄格子の門、電灯、花壇の隅にあるベンチ、噴水、周囲には木製の電柱、古びてはいるが、バンゲアの西洋風な中世時代を彷彿とさせるデザインや技術ではない。恐らくは日本ではないが、外国にあった物がバンゲアに流れ着いたものだろう。 「うじゃとうじゃといるな」  そして洋館の庭には得体の知れない者達が徘徊していた。身体が腐った人間達が歩き回り、駆ける首なしの騎兵、飛び回る動く翼の生えた石像、浮遊する足の無い骸骨、二足歩行する人狼。陽気なハロウィンのように当たり前のように存在していた。  その光景は見慣れているはずなのに恐怖で震えが止まらない。 「勇輝、今度は臆病風に吹かれたか?」 「だ、大丈夫だよ!?」 「あたしもちょっと怖いかも……」  巴の発言に舌打し、怖いとかで戦えるのか? と、独り言のように小声で呟く竜二。 「勇輝! 巴! マジックフォースを全快にして一気に突破するぞ!」 「うん!」 「分かったよ!」  武器に備わったオートフルート機構を勇輝達は起動させ、魔法を発動させた。 【マジックフォース!】  勇輝達が同時に唱えた魔法によって周囲が光に包まれて空間がテレビの砂嵐のような状態となる。  マジックフォースとは固有結界を作り出す魔法だ。つまりは唱えた術者が有利になる環境の世界を作り出す事ができる。ほとんどが術者のアレンジだが、自分の能力を向上させ、敵を弱体化させるという点では基本的な効果は同じだ。  光と砂嵐が晴れると共に新たな空間が現れる。夜空に浮かぶ太陽、夕焼けの地平線、タールとマグマ、キラキラと光る反射光、この世のモノとは思えない大地が広がる。 「先行するよ!」  先に仕掛けたのは巴だった。手足にマグマを帯びた巴が神速の速さで拳を突き、蹴りを放ち、腐った死体のグールや飛び回る石像ガーゴイルを吹き飛ばしていく。  闇を帯びた馬に跨る大剣を持った四体の首無しのデュラハンが迫ってくるのが見える。  マグマの地面を踏みしめ、構える勇輝。勇輝達の固有結界のためか、地面のマグマに触れても熱さを感じない。  背後には巴がいる。結界の力でだいぶスピードが落ちているはずなのに騎兵だからか思ったよりもデュラハンの動きが速く感じる。  勇輝はデュラハンが赤い光に包まれているのに気づく。 「オーバードライブ!?……時間を早めているんだ」  浮遊する六体の骸骨のワイト達の手には杖が握られていた。既に次の魔法の詠唱が始まっている。オーバドライブの魔法で恐らくはデュラハンの動きを二倍速にしてるのだろう。  それでもたいした相手ではないが、ここを突破されるような事があれば向かって来る敵に集中している今の巴の状態では負傷する可能性は十分に有り得る。  凍てつく空気を感じ、勇輝は咄嗟にイージスエクスのオートフルートを起動させる。  気づけば、ワイト達が魔法、アイシクルエッジを放っていた。 「リフレクトシール!」  勇輝に向かって無数の氷柱が当たるかと思いきや、光の魔方陣を帯びたイージスエクスによって全て弾き返る。反射した無数の氷柱はワイト達に弾き返り、一瞬にして周囲を氷漬にし、氷塊と化す。  その刹那、風圧と共に厚い金属の刃が勇輝の顔面に迫る、 「……やっぱり戦わなきゃいけないんだね」  そして気づけば囲んで切り伏せようとする四体のデュラハン。  勇輝の身体は厚い金属の刃によって真っ二つになるはずだった。だがその刹那、光を帯びた竜の翼を羽ばたかせ、飛翔して軽々と避ける。  勇輝のイージスエクスの爪の先端部分が二股に分かれる。 「ホーリーライト!」  イージスエクスの二股に分かれた爪の間から光が収束する。  勇輝が一体のデュラハンに叩きつけると、光に包まれて閃光を放つ。  光が晴れると共に現れたのは煙を上げた四体のデュラハンは無傷かと思われた。その刹那、勇輝がくるりとイージスエクスを回すと、闇を帯びた馬は消え、大きな音を立ててデュラハンは鎧のみを残してバラバラになった。  百合枝によれば、デュラハンは鎧の金属とタンパク質が結合してしまっている状態だという。デュラハンの本体は鎧そのものだといってもいい。 「……ごめん」  パッキーン!?  氷が割れる音が聞こえ、ワイトが居た場所へと向く。  砕ける氷。それを粉々に粉砕したのは竜二の黒い大剣であるラグナニグルだった。  落ちる無数の氷の破片と共に竜二が歩み寄ってくる。 「竜二!?」 「ごめんと言っておきながら酷い事をするんだな」  歩む寄る竜二が皮肉めいた笑みを浮かべる。 「やらなきゃ……巴がやられていたかもしれないからだよ!」 「そうやっていつもお前は偽善を振りまくな! 認めろよ。人殺しだってな」  その刹那、鮮血と共に竜二の腹からオレンジ色の光を帯びた狼の爪が生えた。 「竜二!?」  それはワーウルフの爪だった。竜二の腹はワーウルフの爪によって貫かれていた。  本来なら結界の効果と防具の性能と竜二の竜の皮膚によってワーウルフの爪が貫く事は有り得ないが、身体がオレンジ色の光を帯びている事から恐らくは魔法のパワーによって強化していたのかもしれない。 「ああ……痛いなぁ!」  振り向きざまに切り払う竜二に咄嗟に避けるワーウルフ。  ワーウルフの胸にも鮮血は散るが、わずかな赤いスジを作るのみで、たいした傷は与えていない。 「離れて! ボクが!?」 「フン……ライフジャッジメント!」  竜二が指を鳴らすと、ワーウルフの胸が青い炎に包まれる。  ウオオオゥン!? と、鳴き声を上げるワーウルフ。  竜二の手にも同じ青い炎が燃えている。  めらめらと燃える青い炎の中からドクドクンと動く心臓が現れる。 「死ね!」  青い炎に包まれた心臓を握りつぶすと、雄叫びを上げてワーウルフが倒れた。  竜二が使ったのは即死魔法だった。二分の一の確立で相手を死に至らしめるが、マナの耐性が強ければさらにその確率が低くなる。 「早く手当てしないと!?」  巴も竜二に駆け寄ってくる。 「竜ちゃん!? 大丈夫!?」 「かすり傷だ」  強がってはいるが、竜二の胸には今も血が滴り落ちている。とてもではないが、大丈夫な傷ではない。 「今日は引き返した方が良いよ……私じゃたいした回復魔法とか使えないから」  巴が傷に触れると、竜二の腹部が赤い光に包まれる。  フレイムヒールだ。火のマナによってダメージを受けた皮膚を熱で焼き、傷の炎症を取り除き、細胞の活性化を促す。ただ、下位魔法のため、出血と傷をわずかに埋める程度しかできないだろう。 「そうだよ。こんな傷じゃ……」 「これだから甘ちゃんは……行くぞ!」  竜二が指を鳴らすと、元の景色へと戻る。竜二が倒したワイトで最後だったのか、モンスター達はいなくなっていた。 「待ってよ竜ちゃん!?」  洋館に向かって駆ける竜二。それを追いかける巴。  そして勇輝は先行する竜二と巴の後に付いていた。  勇輝は竜二に少しだけ嫉妬を覚えることがある。巴は気遣ってはくれるものの、竜二の後に付いて、自分を待ってくれないのだ。  もし、竜二がいなかったら巴は……けれど、それは考えたくはなかった。いつもそれが現実になりそうな気がしてそれは怖かったからだ。  竜二が手にかけると、洋館の扉は容易に開けることができた。  洋館に足を踏み入れると、明かりが灯されていないのか、真っ暗な闇が広がる。 「これはこれは可愛いお客様だ」  男性の声が聞こえた。  そして指を鳴らす音。その音のタイミングで燭台とシャンデリラに一斉に火が灯り、入ってきた扉が閉まる。 「と、閉じ込められた!? それにこの感じ、マジックフォースなの!?」  周囲の景色が歪んで見える。ロビーに敷かれた赤い絨毯から、飾られた絵画、鎧、壷、タペストリーの壁紙からマナで構成された偽者だ。押し潰されるような圧迫感からマジックフォースに捕えられてしまったのは間違いない。恐らくは竜二と同じように指を鳴らす事によってフルート詠唱を行ったのかもしれない。 「慌てるな馬鹿」  ロビーには赤い絨毯が敷かれ、絵画や鎧、壷などが飾られていた。  コツコツと足音を立てて、大理石の階段を降りて来たのは黒マントを羽織った白髪の若い青年だった。  容姿端麗で、鼻が高い顔立ちからは外国人なのだろう。 「まさかディアブロメサィアがこんな幼子だったとは想像もしなかった」  竜二に不敵な笑みを向ける青年。 「悪いか?」 「これは失礼。私はレスター。この館の主だ。以後、お見知りおきを……君達の名前を教えていただけないかな?」 「お前に名乗る名などない」  レスターを睨むように見据える竜二。  この世界において名前は魔法に大きく影響される。敵に名前を知られる事で、マナの抵抗力が弱くなってしまう。すなわち、名前を知られるという事は生死に関わることにも繋がる。  それでも勇輝達の名前は武勲を立てる事でほとんどの人間に知られてしまっている。もちろん偽名を使っているものの、工作兵によって探られ、敵対意思を持つ王国では賞金首として名前が載っているくらいだ。 「君はリュウジと言っていたかな……そこのお嬢さん、綺麗な君の名前を教えていただけるかな?」 「巴です」  赤くなって答えてしまう巴を睨む竜二。 「どれも偽名だ……教えてやる義理はない!」 「まあ、いい。君達は戦いにおいては神童ということかな? しかし、君達はモーツァルトのようにはいかない。その人並み外れた力も大人になればいずれは衰える。そうは思わないかね?」 「何が言いたい?」 「その力も必要と無くなれば、ただの化物としてしか見なくなる。この世界の人間とはそういうものだ。そうなる前に私達と共にその力を有効活用した方が良いとは思わないかね?」 「ククククククッ!? ハハハハハハッ!? なかなかお前、良い事を言うな」  大笑いする竜二に勇輝は不安な表情で見る。 「竜二、本気なの!?」 「そうだ! 我々は同じディアブロだ。我々を化物と罵ったバンゲアの人間を思い知らせようではないか!」 「残念だが、それはできない。先に依頼金を受け取ってしまったからな。それにお前をぶっ殺した後の宴の料理やお酒が楽しみなんだ」  ラグナニグルを構え、ゆっくり歩む寄る竜二にレスターは顔をしかめる。 「ここは紳士的に話し合おうではないか。戦いだけが解決策ではないと思うのだがね」 「お前が先にマジックフォースを仕掛けた時点で、話し合いの余地などない!」  足を止めない竜二に巴が前に出る。 「竜ちゃん。話し合いですむならレスターさんと話そうよ。戦わずに解決するかもしれないでしょ」 「ボクもそれで解決するなら賛成だよ」 「お前らはとことん甘ちゃんだな」  呆れたように言う竜二。 「ここでは話というのもなんだ。紅茶でもいかがかな? 紅い紅い紅茶をね」 「遠慮させてもらう。生憎、俺はコーヒー派なんでな」 「残念……ではそこのお嬢さんはどうかな?」  青年が指を鳴らすと、周囲に赤い花びらが舞う、強烈な花の香りが充満する。  匂いで頭がくらくらする。これは誘惑の魔法……恐らくチャーム。 「駄目だよ巴!?」  目が虚ろになった巴がゆっくりとレスターへと向かう。 「惑わされるな!」  巴を強引に引っ張り、平手打ちをする竜二。 「……ご、ごめんね。惑わされちゃった」  虚ろだった巴の表情からすぐに明るい色に戻っていく。 「レディに手をあげるとはジェントルメンとしての端くれにもおけないな」 「俺の巴を惑わした事を後悔させてやる!」 「俺の巴って……竜ちゃん私……」  その竜二の言葉に戸惑う巴。 「呆けるな小僧ども! 闇に飲まれて朽ち果てるがいい! シャドウサーヴァント!」  レスターが指を鳴らすと、勇輝達の影から無数の獣達が襲いかかる。  勇輝達は避ける事もできずに影の獣達に爪で裂かれ、牙を突き立てられ、鮮血が舞う。 「さすがだメサィアだ。この魔法で死なないとはな……だが、動くことはもはやできまい」  レスターの言う通り、動く事は全くできなかった。無数の影の獣達に身体のあらゆる部分に牙と爪を突き立てられ、のしかかられている状態だった。動けるはずがない。  レスターが竜二に歩み寄り、滴る血をすくい取り、余裕の笑みを浮かべてそれを舐める。 「どうかね? 考え直して我々の仲間に……」 「ククククククッ!? ハハハハハハッ!?」 「何が可笑しい?」 「お前が馬鹿で笑ったのさ! 余裕こいて俺に近づいたのは間違いだったってことだ! グラビディフォース!」  竜二のラグナニグルの狼のような口が開き、黒い光が周囲を包み込む。 「馬鹿なこれは!?」  強烈な衝撃波と共に空間に大きな歪が生じ、壁や床、あらゆる物を粉砕していく。  鮮血と共に吹き飛ぶレスター。周囲の空間に亀裂が入り、一瞬にして光を帯びた欠片のような物がガラスのように崩れていく。  竜二のマナにマジックフォースが耐えられなかったのだろう。空間の歪みが消え、元の洋館だと思われる景色に変わっている。  床に倒れ伏すレスター。身体は血塗れで、纏っていた黒マントはボロ雑巾のような有様だった。 「形勢逆転だな」  ゆっくりと歩む寄り、ニヤリと笑う竜二にレスターは憤怒の形相となる。 「貴様ああああっ!?」 「いい加減に……死ねよ!」  鋭利な爪を突き立てようとするレスターに竜二はラグナニグルを突き刺す。  ピシッ!?  亀裂が走る音が洋館に響く。  竜二のラグナニグルによって鮮血と共にレスターの胸が貫かれた……だが、同時にガラスの割れる音が鳴り響いた。  絶望の表情で倒れるレスター。同時に竜二の胸からガラスのような破片が飛び散る。 「えっ!? まさか竜二!?」 「竜ちゃんまさかテトラクリスタルを!?」  テトラクリスタルとはこの世界、バンゲア行き来する鍵のような物だった。それが壊れたとなれば…… 「馬鹿な……壊れただと!?」  竜二の懐から黒い立法三角形のクリスタルが宙に舞う。  それは宙にフワフワと浮かび不規則に回り、虹色の光を帯びる。 「勝手に起動してる? どうして?」 「まずい……ここから離れろ!」  竜二が叫んだ時には既に遅かった。虹色の光が勇輝達を包み込む。  虹色の光が晴れると同時にテトラクリスタルが弾け散った。そこには勇輝、巴、竜二、そしてレスターの姿さえいなくなっていた。  勇輝は虹色の光が晴れたのを確認する。だが、目を凝らしても真っ暗闇でしかない。  けれど、勇輝にはなぜか懐かしい感じがした。むわむわとした生暖かい空気、機械油と鉄が混じったような匂いがするこの場所を…… 「まずいとこに来たな」  竜二の声が聞こえる。 「竜二、近くにいるの!?」 「巴! 竜二! すぐここから出るぞ!」 「待ってよ竜ちゃん!? 竜ちゃんが何処にいるか分からないよ!?」 「勇輝、サンライトを使え」 「うん……あれ? マナの干渉が弱いのかな? オートフルートの詠唱起動時間が遅いのは何でだろう?」  イージスエクスのオートフルート詠唱がなかなか起動しない。本来なら数秒で起動するものなのだが、人工物などに囲まれた建物内などでは精霊の力が弱い為にマナの干渉がなかなか得られず、無駄に詠唱に時間がかかり、魔法の効果が薄れる事がある。さらに光が届かない場所となれば、マナの力は皆無に等しいかもしれない。 「当たり前だ。ここが何処か分かっていないのかお前は?」 「待って! ゆ〜君のサンライトより私のフレイムの方が早いかも」  巴がフレイムを唱えて、掌に火柱を上げる。 「巴!? すぐに火を消せ!」 「フハハハハッ!? 私は生きているぞディアブロメサィアの小僧ども!」  コウモリの翼を生やしたレスターが巴の目の前に迫る。 「きゃあああっ!?」  思わず火を消してしまう巴。  ドカッ!?  重い物で殴ったような音が聞こえた。 「と、巴!? 大丈夫!?」 「やっぱり点けろ!」  と、竜二の声。 「どっちなの!?」  と、巴の不安の声が聞こえる。  思わずどうやら竜二がレスターをラグナニグルで殴った音だったらしい。 「じゃあ、明かりを点けるよ。サンライト!」  勇輝のイージスエクスから一つの光弾が放たれる。  放たれた光弾は数メートル先でふわふわと浮かび、周囲を照らす。 「竜ちゃん……ここって? まさか……」 「地下鉄!?」  照らされた光によって露になったのは無数のコンクリートの壁と柱、線路だった。 「貴様らあああっ!」  立ち上がるレスター。その刹那、警笛と共に光を放ちながら向かって来る鉄の箱。  電車だった。レスターが振り向いた時には……  グシャッ!?  その巨大な鉄の車輪に踏み潰されていた。 「出口を見つけろ! あーなりたくなかったらな!」 「竜ちゃん。そんなこと言ったって、この暗さじゃ……」  線路を跨ごうとしている巴。 「巴! 後ろ!」  後ろに放たれた光に気づき、勇輝は叫ぶように言う。 「えっ?」  駆ける巴がスロモーションのように見えた。バランスを崩し、前のめりに倒れる巴。  絶望的だった。線路に倒れた巴に高速で迫る列車、ぶつかるまでの距離は一メートルもなかった。 「ちっ!? 相変わらず手間がかかる女だ!」  飛び込む竜二。列車はスピードを緩めることなく……  グシャッ!?  粘着質なものを潰したような音と共に多量の鮮血が勇輝の身体を染めていた。 「そんな……竜二……巴ええええええええっ!?」  巴と竜二だったものを踏み潰していく列車が一瞬にして真紅の炎に包まれる。  それは全ての終わりを告げるレクエイムだった。