狐の嫁入り  それはお天気雨の日だった。人間達はこう呼んだ。狐の嫁入りと。  文字通り、これは妖狐達の結婚の儀を行う知らせだった。 「リア充爆発しろおおおっ!?」  千年以上生きていて、未だに彼氏募集中の妖狐であるわしへの嫌がらせらしい。  ここ縁結び神社では学生カップルが集まり、イチャイチャラブラブと男女がくっつく、ふしだらな交流場所となっていた。  そんな光景を樹の上で見下ろすのが日課となっていた。その中で一際目立つ神社裏でバカップルらしき男女が見えた。  その男女は頬を染め、何やらおどおどしており、何かを言いたそうにしていた。  これは間違いなく告白に違いない! そうと分かれば縁結びの神として二人の恋を邪魔するしかない。 「しかし……この姿じゃ面妖じゃのぉ。人間の巫女にでも化けて邪魔するかのぉ」  人間の目から見れば、只の狐でしかなく、この姿で喋れば化物と罵られるだけだろう。  木の葉を額に付けると、煙を上げて巫女服姿の金髪女性へと変身する。 「ふむ、これで完璧じゃ」 「鶫(つぐみ)……お前の事が……」  箒を持ち、ゆっくりと男女カップルに近づく。 「こほんっ!? 境内の掃除したいのじゃが……」 「ご、ごめんなさい!?」  逃げて行く鶫という少女。  猪突猛進のごとく駆けてくる少年に手を掴まれた。 「な、なんじゃっと!?」 「好きだああああっつ!?」 「その……相手は行ってしまったのじゃが」  ぺたりと腰を落とす少年。 「そうか……」  そのままうつむく少年。  まさか言う前に拒否られてしまうとは、ここは空気を呼んで様子見るべきだったかもしれぬな。 「…………」  気まずい空気。今回はわしのせいではないのだが…… 「まあ、気を落とすでない。人間の女など何処にでもおる!」  肩を叩くと、顔を上げてこちらを向く少年。 「何だそのアクセサリー?」  不思議そうに自慢の狐耳と尻尾を触る少年。 「は、流行りなのじゃ!? 萌え文化に遅れまいと、神社でも躍起になっているのじゃ」 「まあ、良いや。あんた名前は?」 「鳥居玉藻(とりいたまも)じゃ」 「俺は若宮除夜(わかみやじょや)だ。頼む! 短い間で良い! 俺の彼女になってくれ!」  手をとる除夜という少年にわしはどぎまぎしていた。なぜならば、わしは彼女になってくれなど、言われた事がないからだ。 「なんじゃっとおおおっ!? お主! 鶫という少女が好きではなかったのか? 見損なったぞ! 女なら誰でも良いのか!」 「ち、違う! 誰でも良いって訳じゃない。玉藻なら可愛いし、その鶫に焼餅を焼いてもらいたいからさ」  頬を染める少年に嘘をついているよに思えぬが……逆に困る反応じゃ。 「なんじゃと……」 「失礼なのは承知だ! 頼む! この通り!」  頭を下げる除夜。 「フフフッ……良いじゃろう。わしが恋人になってやろうぞ」 「良いのか!?」  まさか協力をするフリをして恋の邪魔をしようとはまさか思うまい。  そしてわしは除夜が通う学校に来ていた。 「しかし、まさか学校に来てくれると思ってなかったが」  学校は校長をそそのかし、簡単に入学できた。焼餅を焼かせて除夜を本当にわしの者にしてしまえば破局させられるのだ。 「まずはこんな風にだな」  除夜の手を繋ぎ、肩に顔を寄せる。 「おいおい!? 大胆すぎだろ!?」  周囲の生徒達が驚きの表情をし、何かを話し合い、または嫉妬の念を向ける。 「除夜君!? 私に告白しておいて……いきなり彼女を作るなんて……!?」  鶫がわなわな肩を震わせる。 「まあ……成り行きでな」 「分かったわ……貴方がそーいう気なら私も好きな人ができたもん」  思ったより楽勝に破局しそうだ。思わず笑みが零れる。 「好きな奴って……誰だよ?」 「私……貴方の事が好きだったの! 女同士だけど私と付き合ってください!」  そう言って告白をされたのはわしだった。わしの手をとって頬を染めているのだ。その反応にわしは困ってしまう。 「なんだと!? わしはメスなのじゃ!? なぜわしが人間の女と付き合わねばならぬ!?」 「友達からで良いんです! 貴方が気に入らなかったら私、諦めますから!」 「玉藻は俺の彼女だぜ……そんなの承知する訳ないだろ」 「良いだろ。試しに付き合ってやるのも良いじゃろう」 『どういう事だよ。鶫とどうしてお前が付き合うんだ?』  小声で言う除夜にわしは耳打ちをして返答する。 『焼餅を焼かすチャンスなのじゃ。鶫は同性愛者と見せかけて逆に除夜を嫉妬させるつもりじゃろ。ここはわしが二人をくっつけるように仕向ける、わしを信じるのじゃ』 「本当ですか玉藻さん?」 「ただし、除夜とわしと三人でデートをするという事が条件じゃ」 「マジか!? 玉藻と付き合えるなら本望だ!」 「本命は鶫じゃろう」  こつんと頭を叩くと、笑顔の除夜。  本当に嬉しそうな反応のような? 気のせいか……こやつは…… 「デートと言えば、遊園地じゃろう!」 「すっごくベタだな」 「玉藻さん。何で三人なんですか? 私の事、嫌いなんですか!?」  演技とは思えぬ悲しげな表情。まさかいきなりも、焼餅を焼かせにくるとはのぉ。 「このデートによってわしの恋人役を決めたいと思う!」  クックックッ……わしの辛口審査で破局させてやるかのぉ。  だが、二人は思ったよりも手強く、じぇっとこーすたーやお化け屋敷、みらーはうすなどのわしの苦手とする分野を楽しそうに遊んでしまうのだ。 「大丈夫か玉藻? 顔色悪くないか?」 「大丈夫じゃ……問題ない!?」  その時だった。鶫が急に膝を落とし、苦しそうにお腹を押さえながら荒い息遣いとなった。 「まさか鶫!? あの病気がまだ!?」 「なんじゃと!?」 「大丈夫だから……まだデートを……」 「大丈夫だって言ったから付き合ったんだ……なのに何でだよ!?」  強く言いながらも、優しく抱き締める除夜。 「……焼き餅を焼かせて見たかったの……だって私、子供を産めないの……子宮ガンなんだもん……大家族夢見てたのに……一人も子供ができないの……酷いよね?」 「子供が産めなくたって良いじゃないか……一緒にさ、二人だけでも愛し合える……」 「振ったのに……私の事、好きになってくれるんだね……でも、これだけは譲れないの……私は子供を産むのが夢……だから手術は受けない」 「何を言ってるんだ鶫? お前が死んだら……誰を愛せば良いんだ!」 「そうね……もし、馬鹿な私が死んだら……狐の玉藻さんと付き合って」  その言葉にどきりとした。 「わしが人間に恋をするはずがないではないか!? 人間同士で付き合えば良いのだ!」 「だって玉藻さんはいつも狐の姿で除夜君を見ていたもの……嫌いなはずないよね?」  気づかれていたのは最悪の誤算だった。 「ぬうっ!? 誰か救急車を呼ぶのじゃ!? 貸すのじゃ!」  除夜から携帯電話を奪い、救急車を呼んで、わしは野次馬に紛れて逃げるように去った。  これでもう除夜や鶫と会う事もないじゃろうとそう思っていのだ。  だが、違った。  除夜は何度も縁結び神社に運び、何度も訪れた。  そして数ヶ月が経ち…… 「……鶫は死んだよ……」 「そうか……」  その言葉に思わず答えてしまった。  そして気づけば除夜に抱かれていた。 「約束通りに告白する……お前が好きだ!」 「馬鹿者が! そんな約束など……」 「違う! 約束だからとかじゃなく……一目見て本当に好きだと思ったんだ。ずっと思っていたんだ……」 「馬鹿者が……馬鹿者が……馬鹿な人間め」  そう言いながらも、熱いキスを交わしていた。長く……長く……そして除夜に九尾の尻尾を絡めて……  どうやらわしはこの人間が、好きらしかった。  晴れのはずなのに雨が降っていた。  そう……これは狐の嫁入りじゃ。