喧騒に包まれた教室に、一人の白衣男性が入ってくる。何か台のようなものを押していて、その上にはもくもくと煙のたつ物体……液体? の入った容器が乗せられていた。  チャイムが鳴り終わって、白衣男性――氷室先生は、出席簿でばんばん、と机を叩く。 「はい、チャイム鳴ったよ、座ってー」  しかし、その声に威厳など感じられず、皆は「なんだよ氷室ちゃん、また液体窒素?」などと揶揄している。  そんな光景を、窓際の一番後ろの席でぼんやりと観察している人間がいる。宮里祐樹だ。 (今日は何をやらかすんだか……)  以前はドライアイスにラーメンを突っ込んで、大騒ぎになった。小火でも起こったのではと、消防車まで駆けつけてくる始末だった。 (あれで相当、校長に絞られたというのに……)  氷室は、確かに最強だ。悪い意味でも、良い意味でも。 「せんせー、今日は何を入れるんですかー?」 「せんせー、教科書進めてくれなきゃ受験できません」 「教科書は各自読む! わかんないところがあったら聞きに来なさい!」  理科の授業は氷室の独壇場だ。ショウステージと言っても過言ではない。 「さて、今日は液体窒素にこれを入れます」  出てきたのはお玉と皿。その上に乗っているのは―ー麻婆豆腐。 「これでうまくいったら、次は餃子だからなー」 「先生……」「なに? やりたい?」「いえ……」宮里はぐるりと教室を見渡し、「みんな、引いてます」と言った。