僕は3分後に死ぬらしい 「貴方はあと3分で死ぬわ」  誰もいない放課後の教室、憧れの女の子に突然そう言われた。 「え?」 ちょっと待ってくれ。これはどういう事だ? 今日はいつもと同じ一日だった。  彼女、一之瀬綾香とはいつもと同じように一言も口をきく事もなく、いつもと同じようにただ憧れて見つめるだけで一日はすぎた。それなのにこれはどういう事だ?目の前で一之瀬綾香は黒く長い髪をかきあげる。 「聞こえなかった、貴方はあと3分で死ぬのよ」 「ちょ、ちょっと待って!なんの話?!」  僕はようやく声を出して問いかけた。すると一之瀬さんは美しいアーモンド形の瞳を少し細めた。 「その理由まで私が教えないといけないの?少しは自分で考えてみたら?」 「か、考えるって言われても……本当にこれはなんなの?僕をからかってるの?それとも君は預言者とか占い師だとでも言うの?」 「グチグチうるさい人ね。私が真実を口にしてるんだから、黙って受け入れれば良いじゃない。そんなんじゃ彼女の一人も出来ないわよ」  その言葉に心臓がズキンとした。憧れの少女に、初めての会話でそんな事を言われてしまうなんて。  そう思いながら、僕は彼女の言葉の意味を考えていた。  僕があと3分で死ぬ。普通で考えればそれはありえない。僕は病気でもなんでもないし、事故で死ぬにしても、ここは学校の教室だ。一緒にいる一之瀬さんは無事で、僕だけが事故に遭うとは思えない。いやあるのか?! 「何も言わないのね。つまらない人ね」  言うと彼女は机の中からシャーペンを取り出し、カチカチと音を立てて芯を出したりしまったりして弄んだ。  僕はその時思い出した。彼女は確か漫画研究部に所属している。  おそらくこれは想像力豊かな、彼女の遊びなんだろう。突拍子もない事を言って、その反応を見るという。  いうなればおとぎ話で王様が面白い話をする人間を集めて、退屈しのぎをしているのと同じだ。そう思うと僕は彼女の求める面白い「答え」を言ってポイントを稼ぎたいと思った。 「あの、もしかして僕は夢でも見ているのかな?今のこの瞬間が夢の世界で、現実の僕は病院のベッドの上で眠っている。つまりここは臨死状態の僕が見ている夢で、あと3分したら、現実の僕はベッドで死んでしまう。そう言う事?」 「ありきたりの答えね。一昔前の漫画で見るような話だわ」 彼女はつまらなそうに呟くと、机の中から消しゴムを取りだした。彼女の手元にシャーペンと消しゴムが揃えられた。 「えっと、じゃあ、もしかしてこれは過去の出来事じゃないのかな?」 「過去?」  ちょっと興味を持ったように彼女が僕を見た。僕は少し大げさに腕を広げて言う。 「つまり、これは前世の記憶の映像のような物で、現実の僕は新しい生まれ変わりの世界を生きているんだ。そしてあと3分たったら、僕は目覚めて、生まれ変わり後の世界の、僕の実態に戻る。するとここにいる僕は前世の僕で、それは死んでしまったのと同じ意味になる」 「今度は複雑すぎてワケがわからないわ」  どうやらこの答えもお気に召さないようだった。  彼女はまたもつまらなそうに、今度は机の中から定規を取りだした。  僕は目線を変えてみる事にした。 「じゃあ、君が言う事が本当だとして、僕が実際に夢でもなんでもなく、あと3分で死ぬとしよう」 「あともう、2分ね」 「……」  あっと言う間に時間がすぎていた。 「……で、その2分後に僕が何故、死ぬかだけど、あいにく僕は健康体なんだ。病気で死ぬとは思えない。でも絶対に死なない保証もない。突然のショック死位はあるかもしれない。で、どんな状態になったらショック死するかを考えたんだけど、もし君がここでいきなり裸になったら僕は!」 「セクハラで訴えるわよ」 「すみません」  僕は素直に謝った。  彼女は呆れたように僕を見た後で、机の中から紙を取りだして机に置いた。 「えっと、じゃあ事故って可能性だけど、もしかして突然飛行機が落ちてくるのかな?ここは校舎の4階だから、それ位しか死因が思いつかないんだけど」 「私が突き落しても良いのよ」 「その冗談笑えないよ!」  僕が叫んだら彼女は初めて笑った。そのあどけない顔にドキリとしてしまう。 「フフ、しないわよ、そんな力技。私、無駄な労力かけるの嫌いなのよ。それに漫画道具以外の重い物なんか持てないもの」  僕は次の案を考えた。一体どんな答えなら彼女は満足するのだろう。 「あと1分ね」 「え?」  もうあと1分?  僕は思った。この3分が終わったら、彼女は帰ってしまうのだろうか?せっかく初めて会話ができたのに、そしたら彼女と僕はそれっきり?それは淋しすぎる。このまま彼女と仲良くなりたい。その為には彼女の気に入る答えを言わないと。 「ねえ、目線を変えてこんなのはどうかな?一之瀬さんは僕が死ぬと言ったけど、本当は君の方が死んでしまうんだ。君にとっては、僕が死んでも自分が死んでも同じ無に還るから」 「却下。今までで一番つまらないわ」 「ごめんなさい!」  僕は平謝りしてしまった。彼女は机の中からインクを取り出して机に置いた。あれ、インク? 「ねえ、岡田君」  呼ばれて僕は顔を上げた。彼女が初めて僕の名前を呼んでくれた事に気付き、胸が躍る。 「貴方の命はもう1分を切ったわ。このままでいいの?」 「え?」  呆けたように見つめる僕の前で、一之瀬さんは机からカッターを取りだした。そしてそのカッターの刃を出したりしまったり、キチキチ音を鳴らしながら手で弄ぶ。 「貴方はもう死ぬのに、人生に思い残した事はないの?言いたい事、したい事はないの?もうすぐ死んじゃうんだよ。良いの?」  一之瀬さんがわざとらしい仕草で腕の時計を覗きこんで見せる。もしも僕が本当に死んでしまうのだとしたら。  死んだら、 「残り時間、あと10秒を切ったわ9…8…7……」  僕は一之瀬さんにもう会えなくなってしまう。 「4、3」 「一之瀬さん!」 「2」 「僕は君が好きです!」 「イチ……」  僕達は見つめあった。長い長い沈黙。  カチコチと動く時計の秒針の音。ドクドクと動く僕の心臓の音。  僕は生きている?  そう思った時、一之瀬さんが微笑んだ。 「ああ、良いね!良い答えだね!」 「え?」  困惑する僕に一之瀬さんは楽しそうに笑う。 「そうよ、それ!そういう答えを待っていたのよ」 「え、え?」  ついていけない僕に一之瀬さんは顔を寄せる。 「暗い顔して、すべてを諦めたような顔で毎日をすごして、そんなんじゃつまらないでしょう?でも死ぬと思ったら、勇気が出た。人間死ぬ気になればなんだって出来るって見本ね。でもなかなか良いでしょう?死ぬって思ったら告白だって怖くない。良いよ、最後にそうやってパーって花火みたいに気持を打ち上げるの、それってすごく良い!気に入ったわ!」  僕はどうやら彼女の望む答えを言えたようだった。 「あの、それってもしかして、僕の告白オッケーってそういう事?」  僕が緊張しながら聞くと彼女は微笑んだ。僕はすごく嬉しくなった。やった、上手く出来たんだ!そう感動したが、僕は気付いた。  彼女は答えが気に入ったと言ったが、もしかしてこれは彼女が求めた正解ではなかったのではないかと。 「フフ、君が私の彼氏か、ちょっと頼りないけど、でも合格だからね。良いよ」 「あ、うん、ありがとう」  僕はまだ信じられない気持で彼女を見つめた。 「じゃ、早速部活のみんなに紹介しましょう」 「え?」  呆けている僕の背を彼女は押した。 「私、漫画研究部に在籍してるの。だから今から部室に行くわよ」 「ええ?!」  僕は驚いたが嫌な気はしなかった。そして彼女が手に持った荷物を見てハっとした。  彼女の手にある物。シャーペン、消しゴム、定規、紙、インク、カッター。これは漫画を描く道具だ。  そしてその瞬間、彼女が求めていた正解が分かった。  彼女の持つあの紙は漫画の原稿用紙だ。 「あと3分で死ぬ」  あの原稿用紙には僕の死ぬ姿が描かれていたのではないか?彼女の用意した答えは、漫画に描かれた僕の死。  それが本来の答え……。でも一之瀬さんはそれをボツにした。僕の告白という答えを気に入ってくれたから。漫画に僕の事を描く位だ、もしかしたら、僕達は両想いだったんじゃないか?  そう思うと彼女と廊下を歩きながら、僕の胸はドキドキした。  僕が横を見ると一之瀬さんと目があった。すると彼女は微笑む。 「フフ、本当はね、違う答えを用意してたんだよ。最後にこのカッターを使おうと思ってたんだけどね」 「え?」  僕は彼女の右手にあるカッターを見た。それは漫画を描くために使うカッターでは?  いや、でも3分後にそのカッターで僕の首でも刺せば、確実に僕は3分後の死に直面していただろう。  彼女の用意した答え。それは僕の殺人計画。彼女は僕を殺すつもりで、最初から僕に近づいて……?  僕は彼女が抱える原稿用紙が気になった。あの中に答えはある。  あの中に僕の姿が描かれていれば、そうすれば……。 「あ……!」  突然、僕は閃き、最後の答えに辿り着いた。  あの紙には漫画ではなく、僕の似顔絵が描いてあるんじゃないか?  その紙に彼女がカッターで切りつける。そうすれば僕の死の完成だ。  3分後の僕の死。 「あ、あはは……」  僕は自分の回答に笑った。きっとこれが正解。いや、違うか、これはもう正解ではない。正解はもう口にしている。 「一之瀬さん、好きだよ」  廊下で僕が再び言うと、彼女は真っ赤になった。  この彼女の顔が答えを証明している。