「テレビの向こうはゲームの世界でした。」 2008.07.25. A.M.8:30 「ふ、わああぁぁぁ」 身体を起こして、大きく伸びをしながら欠伸を漏らす。 暁人は重い目を擦りながら起き上がった。 ふと、自室とは違う雰囲気に首を傾げる。 ・・・・ああ、そうだ。俺の部屋、今兄貴が占領してんだ 事の発端は昨日の夜にさかのぼる。 昨夜帰ってくるなり、まあ世間で言う不良の兄に部屋を貸せと言われ、部屋を追い出された そしてその兄は彼女と二人、暁人の部屋で一夜を明かしている。 理由は勿論、部屋が汚すぎるから。 部屋を見渡しながら、確かにと数回頷く。 でも、いつもこっちに連れ込んでんじゃねえか ふと首を傾げると、腕を組んで考えてみた。 彼女と二人、要するに男女が同じ部屋で共に一夜を明かす。 ・・・・あ、何か腹立ってきた 男女が一夜を共に過ごす。 それがどういう意味合いを持つかぐらいは、さすがにわかる。 そう、たとえいくら生まれてきた年数と同じだけ恋人がいなくても。 腹立ち紛れに、兄が大切にしているゲーム機を蹴り飛ばした。 け、と吐き捨てて、兄に昨夜、投げるように壁にかけられた制服に手を伸ばす。 そして、はたと気付く。 これは学ラン、冬用の制服だ。 今は7月下旬、暑いわ。 しかもご丁寧にアンダーシャツは持って来てくれていなかった。 溜息を吐いて、仕方なくそれに腕を通す。 ピッチャーは肘が命、肘が命、と自分に向かって言い聞かせる。 暁人は高校2年生、通っている高校の野球部エースピッチャーである。 ただいま甲子園への切符を賭けた県予選の真っ最中。 暁人の高校野球部は所謂強豪で、過去数回甲子園出場。 その数回の中でたった一回、優勝を果たしたことがある。 そして今年も、毎年のことながら決勝まで残った。 明日はいよいよ、運命の決勝戦の日。 今日もきっとスパルタだろう、と暁人は気合を入れた。 「さー、今日も頑張りますかー」 制服を着ながら、返事を求めず呟いた。 もう一度大きく、腕を伸ばしながら欠伸を漏らす。 「携帯とー、タオルとー、ユニホームとー、グローブとー。あとはー」 水筒と弁当 そう思い出して溜息を吐いた。 水筒は自分で用意するからともかく、後者を世に言う母親、というものに作ってもらったことがない。 暁人の本当の母親は、暁人が8歳になった頃に病気で亡くなった。 ぼやけた記憶の中、母はとても優しい人であったことをぼんやりと覚えている。 そして父が兄と自分のためにと、選んで結婚したのが今の母だ。 その母親がまあ、見事なほどに自分と兄と気が合わない。 そしてその母親と、父親との間に生まれた弟とも気が合わない。 世間から嫌われる不良の兄、野球しか取り得のない暁人。 有名私立校に通う、成績優秀運動神経抜群な優秀な弟、世間体を気にする母親。 気が合うはずねえよなぁ と小さく心の中で呟き、溜息を吐いた。 制服のボタンを留めながら、視界の端に何か白いものが映った。 暁人は訝しげにその方向を見る。 その先には、兄曰くバイトして買ったテレビが置いてある。 そのテレビの画面から生えるようにして伸びている。 白い、手。 「ぎゃあああああッ!!!!」 暁人は思わず叫んで後ずさった。 怖い、怖すぎる。 「ちょっ、な、さささ、サダコォォオ?!!」 顔面蒼白で、暁人は叫んだ。 心臓は痛いほど早鐘を打っている。 そのとき、テレビから伸びる腕が、何かを探るように、 動いた。 「ちょ、ま、無理ィイ!!俺こーゆー心霊関係無理なんだってェェエ!!!」 半泣きになりながら、暁人は必死に唯一の逃げ口であるドアに縋りついた。 しかしいくらドアの取っ手を押しても引いても、開かない。 それどころか、ドアノブががちゃがちゃと音を立てて回るだけで、びくともしなかった。 「ヒィィイイ!!!」 暁人は泣きながら、テレビに振り返った。 手は未だに何かを探っているように動いている。 ・・・・あ・・・・綺麗な手だなー 女の人の手かなー?などと暢気に考えた。 そう考えると、些か恐怖が薄れた。 恐々、近寄ってみる。 「な・・・・ナイストゥーミートゥー」 片言発音で、手を握ってみた。 一瞬の間、 次の瞬間、痛いほど腕を引っ張られた。 「ギャアアアア!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいィィイ!!!」 必死で抵抗しながら、ドアに向かって叫んだ。 顔面真っ青で目を見開き、恐怖に涙が浮かんでいる。 「兄貴ー兄貴ィイ!!ヘルプ!ヘルプミー!!マイブラザー!!助けてェエ!!!」 向こう三軒隣まで聞こえるほどの声で叫んだにも関わらず、無反応。 もう兄じゃなくてもいい、誰だっていい。 誰だっていいから、助けて。 「ぎゃあああ!!実は兄貴が楽しみにしてたプリン食べたの俺です───ッ!!親父───!!罪擦り付けてごめんなさいィイ!!」 つーか20過ぎた不良のくせに、プリンなんて食ってんじゃねえよ!! そう心の中で叫ぶと、更に強く腕を引っ張られた。 手の持ち主もイライラしてきたのだろうか、腕がちぎれそうなほど痛い。 「ギャアアア!!世界中のプリン大好きな不良に謝ります!!ごめんなさいィイ!!助けてぇえ!!!」 叫び虚しく、ずるずるとテレビに引きずり寄せられる。 「ていうか、何でこんな綺麗な手してんのに、こんなに力あるんですかァア?!!」 ぎゃあぎゃあ喚くのに、あのムカつく母親も、気に障る弟も無反応。 一瞬不思議に思うと、後頭部がテレビに触れた。 「ヒィイイッ!!おおお俺なんか食っても美味くねえよォオ!!!」 引っ張られた右腕が、テレビの中に吸い込まれた 「ギャアアア!!い、井戸に引きずり込まれるぅぅう!!!」 頭のどこかで、あれ?違う?などと思いながら、必死で抵抗した。 しかし虚しく、更に引きずり込まれる。 既に右半身は引きずり込まれていた。 「ぎゃああああッ!!この際誰でもいいから、助けてェェエ!!!」 何故か、右半身が冷たい。 まるで水に浸かっているようだ。 そうこうしているうちに、段々とテレビに引きずり込まれる。 「ヒッ、ギャアアアアッ!!!」 長く尾を引く悲鳴と共に、暁人はテレビに引きずり込まれた。 ・・・・っ水?!! 息苦しさに、思わず空気を吸おうと口を開いた。 しかし夏なのにかなり冷たい水が喉に流れ込んでくる。 一瞬、意識が遠のいた。 握っている手は一生懸命自分を水中から引き上げようとしている。 暁人は頭上の光に向かって、自由な左手をかいた。 水面が見え、暁人は更に強く水を押す。 「ぶっ・・・・はあっ!はあっ!!げほっげほっ」 空気を胸いっぱいに何度も吸いながら、暁人は喉に流れ込んだ水を吐き出す。 「ぜーっぜーっ」 自由な左手で口元を拭った。 髪からぽたぽたと水が滴り落ちる。 辺りを見渡してみた。 色とりどりの花、青々とした樹木、光を反射するほど白い壁が続いている。 「ど・・・・どこだ・・・・ここ・・・・」 ぜーぜーと肩で荒く息をしながら、掠れる声で呟いた。 ふと、右手が未だに握られていることに気付いた。 目の前に人の気配を感じる。 暁人はやっと目の前を見た。 そしてその目の前に、人がいた。 なんともまあ、東洋人離れした美しい女性だ。 美麗なその顔は驚きに呆け、グリーンの瞳は真ん丸に見開かれている。 暁人は驚いて目の前の女性を凝視した。 目の前の女性もまた、驚いたように暁人を凝視している。 傍から見れば、手を握り見つめあう二人は、随分と滑稽に見えた。 暁人は此処が何処か、まだわかっていない。 暁人は呆然と、目の前の女性を見つめる。 女性は、その大きな瞳を瞬いた。 無言が流れる。 先に我に返ったのは、暁人だった。 「あ、あの・・・・」 恐る恐る声をかける。 瞬間、女性ははっと我に返った。 胸元に手を突っ込むと、鈍く光る何かを暁人に突きつけた。 切れ味のよさそうな、ナイフだ。 「ギャアアアアッ!!!」 「き、貴様何者だ!!」 暁人の喉元にナイフを突きつけて、女性は鋭く叫んだ。 「そそそ、そんなもん持ってたら銃刀法違反で捕まりますよ!!」 「じゅうとう・・・・?何だそれは!魔術か?!」 「ギャアッ!!」 女性は激昂したようにさらにナイフを突きつけた。 その端麗な表情は真っ青で、冷や汗が浮かんでいる。 「貴様!私に何の呪いをかけた?!」 「呪い?!俺そんな電波な人間じゃありませんッ!!」 真っ蒼になってがたがたと震えながら暁人は必死で首を横に振る。 女性は用心深そうに暁人を上から下まで眺めた。 奇妙な男だ 女性は暁人の格好を見て思った。 黒の質の良さそうな服に身を包んでいるが、このような服は見たことない。 因みに暁人が着ているのは、学ランである。 「あ、あの・・・・」 暁人を眺めていると、暁人が声をかけた。 女性は煩わしそうに暁人を見る。 池の中でびしょぬれで突っ立っている暁人は、曖昧に笑って視線を落とした。 その視線の先を、追う。 しっかりと握り合った、女性と暁人の手。 「・・・・ッ!」 女性は勢いよく暁人の手を振り払う。 暁人を睨むその顔は、真っ赤になっていた。 可愛いなぁ、と暁人は思った。 そこで暁人はやっと、女性を見ることができた。 フリルがふんだんにあしらわれた、豪華な服を着ている。 世界の教科書で見た、貴族の女性が着ていたドレスに似ている。 女性の容姿は、東洋人離れというよりむしろ西洋人のようだ。 白い肌、通った鼻筋、グリーンの瞳に、金色の髪。 形がいいであろう薄い桃色の唇は、強く引き結ばれている。 意志が強そうな鋭い瞳で、暁人を睨んでいる。 「(めちゃくちゃ美人だ・・・・)」 知らず知らずの内に、暁人は女性に見とれていた。 女性は居心地悪そうに身を捩る。 そのとき、 「フォーラン姫!いかがなされました?!」 「ひ、姫?」 叫び声のような声と共に、男が二人走って来た。 男の言葉に、暁人は素っ頓狂な声を上げる。 二人の男は、西洋風の銀の甲冑を見に纏っていた。 その手には槍と盾がしっかりと握られている。 「貴様何者だ!」 「どうやってこのアルティメティカ城に忍び込んだ?!」 「ヒィッ!」 槍の刃先を突きつけられ、暁人はまた悲鳴を上げる。 両手を上げて、恐る恐る男二人を見上げる。 男たちも、西洋人の顔つきだった。 鋭い目で暁人を睨み下ろしている。 な、何なんだよ・・・・姫とか城とか、わけわかんねぇ・・・・っ がちがちと震えながら、暁人は男たちを見上げる。 女性は、じっと暁人を見つめている。 「答えぬか!!」 さらに槍を突きつけられた。 答えろと言われて答えたところで、誰が「テレビに吸い込まれたらここにいました」なんて信じてくれるだろうか。 ああ、このまま俺は槍で突き殺されてしまうのだろうか。 短くてあっけない人生だった。 もっと生きたかった。 あ、走馬灯と現実逃避していると、 「何事だ?」 凛とした、低い声。 女性と男たちがはっとした表情で振り返る。 よく辺りを見渡していると、まるで城のような建物が目の前にあった。 暁人が立っているのはどうやら庭の池のようで、辺りには見たこともない花がたくさん咲き誇っている。 美しい城の回廊に、豪華な衣装と王冠を頭に載せた男と女が立っている。 「お、王様!王妃様!」 「お父様、お母様」 慌てて男二人が跪く。 女性が驚いたように呟いた。 もう暁人は、ついていけなくなった。 姫と城の次は、王と王妃ときたものだ。 「は!何やら怪しい者が」 そう言って二人の内の一人の男が暁人を乱暴に池から引き揚げた。 凄い力だ。 掴まれた腕が痛い。 王と呼ばれた男は暁人を見て、大きく目を見開いた。 「あ、あなた・・・・まさか・・・・っ」 「勇者は水の中より現われるであろう・・・・予言書の通りだ・・・・っ」 王妃の言葉に、王が頷く。 暁人は呆然と、二人を見つめる。 「フォーラン、そのお方を謁見の間までご案内しなさい」 「お、お父様?!」 王の言葉に、女性が声を上げた。 男二人も驚いた表情を浮かべている。 「わかったね?」 「っ・・・・わかりました」 有無を言わせない強い口調に、女性はドレスを持ち上げて一礼する。 王は暁人ににこりと微笑んで、踵を返す。 それに続こうとした王妃が、振り返った。 「あと、そのお方に何かお召し物を差し上げなさい」 王妃はにっこりと微笑んで、優雅に王の後を追った。 「はい」 女性が差し出すものを、暁人は困惑したように見る。 綺麗な服だ。さらさらしている。シルクだろうか。 ハイネックの動きやすそうな服だ。 「それ脱いで」 そう言って、女性は学ランを指さす。 機嫌悪そうな彼女に、暁人は慌てて学ランとアンダーシャツを脱ぐ。 女性が顔を反らしているうちにズボンを脱いで、渡された服のズボンを履いた。 慣れない履き心地に、違和感を感じる。 受け取った服を着ているうちに、女性はさっさと暁人の学ランをメイドに渡した。 部屋を見渡す。 女性が案内した部屋は、客間のようだった。 しかし、なんて豪華な。 大きな木製の扉をくぐると、目の前に暖炉があった。 座り心地のよさそうな大きなソファ、難しそうな本が並んだ本棚、天蓋の付いた大きなベッド。 しかしテレビどころかエアコンもコンポも何もない。 「あ、あの、ここはどこなんですか?」 恐る恐る女性に声をかける。 暁人の言葉に、彼女は驚いたように振り返った。 「あなた、本当にここがどこか知らないの?」 「ど、どこでしょう・・・・?」 曖昧に笑って首を傾げると、女性は興味深そうに暁人を眺める。 「ここはアルティメティカ王国のアルティメティカ城よ」 「あ、あるてぃめてぃか・・・・?」 そんな国、地理で習っただろうか。 聞き慣れない国名に、暁人は首を傾げる。 「私はこの国の第一王女のフォーランよ。まだ姫だけどね。あなたは?」 「め、名城暁人です」 「アキト?変わった名前ね」 そう言って、女性、フォーランは笑った。 その笑みに、暁人の胸が高鳴る。 本当に、綺麗な人だ。 着替えが終わると、フォーランはまた暁人をどこかに連れて行く。 「ねえ、アキトはいくつ?」 「俺?俺は17」 「じゃあ私の方がお姉さんね。私は18よ」 「18ッ?!」 暁人は思わず悲鳴のような声を上げた。 まるで見えない。 大人びていて、「女性」だと思っていたのに。 「何よ。見えないって?」 「い、いや・・・・大人びてたから・・・・」 暁人の言葉に、フォーランは嬉しそうに笑った。 その笑顔に、また胸が高鳴る。 「ここよ」 そう言って、フォーランは大きな扉の前で立ち止まった。 天井にまで届くのではないかと思うほどの大きな扉だ。 他の扉とは違い、装飾が細かく美しい。 フォーランは扉を叩く。 「お父様、お連れしましたわ」 「入りなさい」 王の言葉と同時に、扉が勝手に内側に開いた。 鎧を着た男たちが、恭しそうに扉を開いている。 玉座に座っている王と王妃の前まで来ると、王は嬉しそうに立ち上がった。 「よくお越しいただきました。お名前は?」 「め、名城暁人です・・・・」 「アキト様、素晴らしいお名前ですね」 にっこりと笑った王に、暁人は恥ずかしくなった。 少し背の低い、太っているというよりはがっちりしている男だ。 口元に蓄えられた髭がよく似合う。 「申し遅れました。私、このアルティメティカ王国国王のトボルと申します」 「王妃のベクシーです。アキト様」 王、トボルは王冠を外すと暁人に向かって頭を下げた。 王妃ベクシーも立ち上がって、暁人に向かって一礼する。 暁人は、困惑している。 周りに控えている家臣(多分)や衛兵(多分)は、王と王妃の姿にざわめいている。 フォーランも驚いた表情で暁人に振り返って、「あなたどこかの王子?」と囁いた。 フォーランの言葉に、暁人はぶんぶんと首を振る。 「あなたが現れる日を、心よりお待ちしておりました」 そう言って、トボルは両手を暁人に差し伸べる。 「我らが伝説の勇者よ!」 トボルが、嬉しそうに叫ぶ。 周りいた人間が、一斉に目を見開いた。 「・・・・・・はい?」 暁人は、素っ頓狂な声を上げた。 (サイト掲載作品・加筆修正中:未完結)