乗っ取り ========================================= 【六月三日】  どうしよう。あたし、嘘ついちゃったよ。  他の人のホームページなのに、自分のだって言っちゃった。  でも……大丈夫だよね。バレないよね、それがあたしの嘘だ、なんて。  だって、あそこって管理人のプロフィールもなかったし、掲示板もなかった。日記はついてるけど、最近あんまり更新されてないみたいだし。  だいたい、真奈美の奴が悪いのよ。  なによ、えらそうに。ちょっと先生にホームページ作りを誉められたからって、いい気になって。あれぐらいのイラストなんて、ネットにはいくらも描ける人いるじゃない。  それにあたし、知ってる。  真奈美は、タグを自分で書いたって言ってるけど、あれ嘘。前、同じグループの佐藤とか、真理とかと話してるの聞いたもの。親戚に、ホームページ製作の仕事をしている人がいるんだって。で、その人にお母さんが頼んでくれて、真奈美のホームページって、ほんとはその人がお金もらって作ったもんなんだって。  それ聞いて、最初はあたしも、お金出して作ってもらおうかなあって思った。ネットで探せば、そういう人っていくらもいると思ったから。でも、みんなすごく高くて、あたしの小遣いじゃとてもムリ。もちろん、お父さんやお母さんには、そんなの頼めない。  お父さんもお母さんも、あたしになんて興味ないしね。それに、あたしが何かほしいものがあって頼んでも、買ってくれたためしがないし。  うん。だから、いいよね。これぐらいの嘘。  大丈夫。バレたりしないよ。 【六月九日】  バレたりしない――そう思ってたのに。  なんかちょっとヤバイ。 「毎日更新してたのに、ここのところ、止まってるのね。どうしたの?」  学校で会うなり、真奈美の奴に訊かれた。 「あたし、ホムペの方のアドにメール入れといたんだけど、読んでくれた?」  佐藤にはそうも訊かれたし。 「あ〜、ごめん。ちょっとパソコンの調子が悪くて……。そいで、更新も止まってんの。メールもまだ見てないんだ。ごめんね〜」  そう言って、ごまかしておいたけど。  だいたい、ケータイのメルアド教えてあるのに、なんでホームページの方のメルアドに送るかな。やっぱ、怪しまれてる?  もしそうだったら、どうしよう? もう、嘘だったって言っちゃおうか。  ……ううん。だめだめ。そんなこと言ったら、これから卒業まであいつらにずっと苛められる。まだ二年半もあるのに、冗談じゃない。  そうだ。あのホームページの管理人に、メールしてみたらどうかな。  ホームページをあたしに下さいって。だって、管理人は自分で作ってるんだろうから、つまりあれはタダだと思うし……管理人は新しいのを作ればいいんだもの。  あたしって、頭いい! そうしよ。 【六月十日】  何これ。管理人が事故で死亡って……嘘でしょ?  そんな……何かの冗談よね。  だってこれ……どうしたらいいのよ。あたし……あたしは事故になんて、遭ってない。どこも怪我もしてないし、元気だよ。  だから、明日も起きたら学校へ……だめよ! 行ったら、真奈美たちにあたしが嘘ついてたって、バレちゃう。そうだ、学校休もう。そうしたら……。  ううん。だめ。どっちにしても、バレちゃう。  どうしよう。どうしたらいいの?  だいたい、これなんなの? 本当なのかしら。もしかしたら、何かの悪戯?  ……あ!  もしかしたら、あたしが嘘ついてること、管理人にバレてて、それであたしを困らせるために、こんなことしてるのかも。  だって、そうよ。佐藤がホームページのアドレスに、メール送ったって言ってた。それが、あたしのことを教えるもので、管理人がそれを読んでたとしたら……。  そう。そっちがその気なら、あたしだって……。うんと脅かして、管理人からいっそほんとにホームページを奪ってやる。どっちみち、ちょうだいってメール出しちゃったし、それがちょっと、方向転換しただけよね。  でも、あたし、絵なんか描けないし……。  あ、そうか。それは今の管理人にやらせればいいのよね。そうそう「副管理人」ってことにして。それで、日記と掲示板を新しくつけて、あたしはそっちの書き込みだけすればいいのよ。  よおし。じゃあ、メールを書くわよ。 「そんなことしても、そのサイトはあなたのものにはなりませんよ」  え?  部屋には誰もいないはずだったのに、急に後ろから声をかけられて、あたしはびっくりしてふり返った。 「あんた誰? どこから入って来たの?」  目の前にいたのは、黒いスーツに黒い帽子、黒いサングラスのすっごく怪しげな男。あたしはぞっとして、机の上のケータイを握りしめた。 「な、なんなの? あんた! ケーサツ呼ぶわよ」 「どうぞご随意に。でも、警察に通報するのは、私の話を聞いてからでも、遅くはないと思いますが」  おちつき払って言う男に、あたしはますます怖くなる。こいつ、本当になんなの?  もしかして、ヘンシツシャ? それともユーカイハン? 「私なら、あなたをそのサイトの管理人にしてあげることが、できますよ」  男は、びっくりしているあたしにはおかまいなしに、そんなことを言う。  どうして、あたしがこのサイト――って、ホームページのことよね? それの管理人になりたがってるって、わかったんだろう?  あたしは男を、もう一度よおく眺めた。  たしかに怪しい恰好だけど、でもヘンシツシャでもユーカイハンでもないみたい。  それに、もしそうだとしても、何かされそうになったら、窓から顔出して、大声で叫ぶとか、ケータイでお母さんか友達を呼ぶとか、すればいいんだ。  うん。そうだよ。大丈夫。  あたしは、ケータイをもう一度、ぎゅっと握りしめて言った。 「ほんとにできるの?」 「ええ、できますよ。……ここに、サイトの譲渡証明書があります」  うなずいて、男はあたしの目の前に、一枚の紙切れを広げてみせる。 「ジョートショウメイショ?」 「つまり、あなたにサイトを譲りますと示した書類です」  男は言いながら、あたしにその紙切れを渡した。  紙切れには、びっしりと文章が印刷されていたけれど、難しい漢字と言葉が一杯で、正直、あたしにはどういうことが書かれているのか、よくわからなかった。  最後のところには、手書きの名前とハンコが押されている。 「それは、あのサイトの管理人の署名です。その下に、あなたが署名捺印すれば、OKですよ」 「名前を書いて、ハンコを押せばいいってこと?」 「ええ」  問い返すあたしに、男はにっこり笑ってうなずいた。  何か変。……でも。  あたしは、うなずくと机の上にその紙切れを置いて、ボールペンを手にした。 + + +  退院の祝いだと言って差し出された花束を受け取り、大沼亮子は笑い返した。 「ありがとう。……いい香りね」  礼を言って、そっと花束に顔を埋める。 「でもほんと、奇跡よね」  花束をくれた友人の、篠原美香が小さく笑いながら言った。 「あんな大事故で、当人はまったくの無傷。おシャカになったのは、ノートパソコン一台だけ、なんてね」 「ええ」  亮子も、うなずいた。  そうなのだ。彼女はバスに乗っていて事故に巻き込まれ、病院に搬送された。それが、三日前の六月七日のことだ。が、奇跡的にまったくの無傷で、念のために検査入院していて、今日退院したのである。  医師と警察の話では、たまたま彼女がノートパソコンの入ったカバンを所持しており、それを胸元に抱いていたため、被害はパソコンが破壊されるだけで済んだのだという。もしもそれがなかったら、彼女は強い衝撃をそのまま受けて、即死していたかもしれないとも言われた。  ちなみに、事故は路線バスに大型トラックが、バスの側面に衝突するというもので、ちょうど亮子が座っていたあたりに、トラックが突っ込んで来たのだった。  体に異常はなかったものの、彼女は意識を失い、病院に搬送された。だから、目覚めた時には、病院のベッドの上だったのだが――その間に、奇妙な夢を見た。  夢の中に、黒ずくめの男が現れ、言ったのだ。 「あなた、助かりたいですか? 助かりたかったら、この書類にサインして下さい」  差し出された書類には、自分のサイトとハンドルネームを誰かに譲るというようなことが、書かれている。相手の名前の部分は、なぜかモザイクがかかったようになっていて、読み取れない。  彼女は夢だと思ったから、あっさりとうなずいた。 「いいわよ」  そして、男が差し出したボールペンを受け取ると、それにサインし、求められるままにハンコを押した。さすがは夢で、ハンコはいつの間にか、上着のポケットの中に入っていた。 (おかしな夢だったわよね。サイトも何も、私はサイトなんて持ってないし、ネットもまだ始めていないのに……)  夢を思い出して、亮子は小さく笑う。  そう。彼女の変わりに大破したノートパソコンは、友達にゆずってもらったもので、彼女はこれからインターネットを始めようと考えていたところだったのだ。 「何?」  美香が、彼女の笑いに気づいて、怪訝な顔で声をかける。 「ううん。なんでもない」 「そう。……でも、命が助かったとはいえ、パソコン、もったいなかったわね。サイトとか、これからどうするの?」 「サイト?」  美香の言葉に、今度は亮子の方が怪訝な顔になった。 「あれ? 亮子ってイラストのサイト持ってなかったっけ?」 「持ってないわよ、そんなの。だいたい、あのパソコンもやっと森山さんにお古を譲ってもらって、ネットもこれからだったのよ」  笑って返す亮子に、美香は首を捻る。 「そうだったっけ?」  まだ怪訝な顔の彼女に、亮子は笑った。 + + +  六月七日。ちょうど、亮子が事故に遭ったころだ。ある地方都市でこんな事故があった。  留守番をしていた小学校四年生の少女が、自宅に突っ込んで来た大型トラックに衝突され、即死したのだ。  三日後の六月十日。亮子が退院したその日、少女の両親と友人たちによって、少女が運営していたイラストサイトのトップに、少女の死を告げる文章が掲載されたという――。 2005.6/初稿