ずっと君のことをみてたよ。 体育のあとの休み時間。移動と着替えの分だけ休みが短くて、とくに運動したあとにそれはないんじゃないかと、密かにずっと思っている。 冬の寒い中、校庭での体育のあとだ。動いて暖まったからか、ジャージを脱いでるやつも結構いる。銘々に教室へ戻る奴らがぞろぞろしている廊下、ジャージの上下は着たままの品川を見つけた。ジッパーも半分くらい上げてる。浜松町と何やら話しながら歩いている。俺はぴっちりジャージを着たままウィダーインゼリーを吸う新橋の横で、それを後ろからぼーっと眺めていた。振り返ってほしいような、振り返ってほしくないような。 教室に戻ったら俺の席は一番前だから、後ろの席の品川を見ることはできない。席替えなんてものがないクラスだ。たぶんこの先も。だから俺が品川の後姿を眺めることができるのは、体育や移動教室のときだけ。だから、なるべく品川のことを見てる。気づけばいいのにと、声になんて出さないけど。 後ろからだと、ゆるいカーブを描く眉、ひかえめな口元、通った鼻筋、優しい目、何ひとつ見ることはできないが、俺はこうして後ろから見ているのがけっこう好きだ。上品な栗色の髪が、ちょうど射し込む午後の光に透けていた。きれいだな、と思った。 体育のあとの教室は、いつもの休み時間の倍はにぎやかだ。俺の左隣は恵比寿で、その後ろ、品川の隣は渋谷。だいたいこの辺はいつもうるさいけど、体動かして暖まったからか、とくに騒がしい。一番前なのに、いつも先生が来ても平気でうるさいのはちょっと尊敬する。 「東京、次なんだっけ」 「数学ですよ」 予鈴が鳴った。まだ着替え中の奴らも教室の中には若干名。右隣、廊下側の席、着替え終わって持参の水筒で水分補給中の東京に訊く。東京に訊けばだいたいのことは一発だ。 数学ということは、あの先生は教室に来るのがいつも少し遅い。もう少し、話していられる。 「体育のあとの数学って眠気誘うよな」 「少しね」 「品川も授業中寝たりすんの?」 東京の後ろ、有楽町と品川の会話に、何の気なしに混ざる。 「"も"って、田町、全然授業中とか寝ないじゃん」 少し笑いながら、品川が言う。俺の真後ろだから当然かもしれないが、見られていたことにどきっとする。授業中は寝ないのが当たり前です、と言う東京(さすが、学級委員)にも、品川はやはりどこか上品な笑いで返した。 そんなこんなで案の定予鈴をだいぶ過ぎてから先生が来たけど、おいおい、また恵比寿が教壇で死角になるからって最前列真ん中で堂々とスマホいじってる。正直視界に入るこっちが緊張する。……せめて、品川がこの位置だったら、黒板見るふりして横目で見ていられたのに。 次は芸術科目だから移動教室。その前にトイレ行ってたら教室の電気は消えて、いつのまにか人もいない。これなら向こう着いてから行くんだったかな、と思いながら、後ろのドアから入る。 「あれ、田町どうしたの」 「品川、」 一番前の自分の席へ向かおうとすると、教室に一人、まだ人がいたのに気づく。品川だった。 あ、いま、教室に二人だけだ。 気づいた矢先、ちょうどタイミングよく、吹き込んできた風にカーテンが舞い上がって翻る。移動の時に窓なんか開けたら、帰ってきたとき寒いのに、誰だよ。どこか冷静に、そんなことを考えてる自分がいる。そういえば、先生が教室を出る間際に換気だ換気、って開けてたような気がする。品川は、寒いね、って、やっぱり控えめに笑ってた。 品川は友達だし、みんなでいるときには平気なのに二人だと何を言えばいいのかわからない。普通に、一言、二言で早く教室を出なきゃならないのに。 俺と品川は身長差がほとんどないから、目線も同じ。でも、品川のほうが細い。真正面から見て俺は、やっぱりきれいな顔だなーとか思ってた。なんていうか、色素も薄くて、儚くて、かわいい感じで。 「トイレ行ってたら遅くなった」 「知ってる」 「え?」 「田町のことみてたから」 「……え?それって、」 どういう意味?の言葉が、口の中で絡まって。 「どういう意味だろうね」 くすりと笑って、遅れるよって机に出しっぱなしの俺の教科書と筆箱を渡してくる。アリガト、と言ったのもぎこちなくて、それでも俺はやっぱり、教室のドアをくぐる品川を見てた。